第11話 異世界で初めて人と交流してみた
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1章が書き終わりましたので第29話まで毎日1話ずつ公開していきますのでよろしくお願いします。
「……やっぱり、信じられない」
焚き火の火がぱちりと弾ける音の中で、リュカがぽつりと呟いた。
さっきまで震えていた彼の声には、ようやく少しだけ落ち着きが戻っていた。
手当てを終え、温かい食事を口にし、お茶を飲み終えた頃になってようやく、彼は周囲をじっくりと見渡しはじめた。
「ここが、“魔物の森”だなんて……」
火に照らされた拠点の風景は、確かにこの世界では異質だったのかもしれない。
小屋、整った水路、食料の貯蔵と道具類。
そして、その隣でお茶を飲んでいる猫耳と犬耳の二人——いや、二匹?
「魔物の森で人が暮らしてるだけでも信じられないのに……“魔族”と一緒に、しかもこんな穏やかに……」
リュカは何度も頭を振っていた。
その反応も無理はない。
「シエルとダイチは、魔族じゃないよ。たぶん、元は……普通の動物。でも、何かが起きて、この姿になったの」
私は少しだけ考えたあと、そっと赤い石を手に取った。
掌にのせ、意識を集中する。
すぐに、石の中から淡く熱を帯びるような感覚が伝わり、小さな火花がぱち、と跳ねて焚き火に火をつけた。
「……うそだ…魔法なの?」
リュカは目を見開き、言葉を失った。
「“魔石”って呼んでる。赤は火、青は水。触れてるだけじゃダメみたいだけど、集中すると使えるの」
「まさか……本当に、魔法……?」
彼は硬直したまま、呆然と石を見つめていた。
「でも、私たちも詳しい仕組みはよく分かってないの。使えるようになったのも、ほんの最近だし」
私は笑って肩をすくめた。
リュカはようやく視線を戻し、今度はまっすぐこちらを見てきた。
「……すごいです。信じられない」
そう言った彼の声は、少しだけ震えていた。
きっとここに来るまで、どれだけの不安と恐怖があったんだろう。
「村では、どんな暮らしをしてたの?」
問いかけると、リュカは少し迷ってから、静かに語り始めた。
「……今の村は、ひどい状況です。干ばつが続いて、畑はほとんど枯れかけてて……水も足りてません。
それに、最近になって魔物が出るようになって、畑も家畜も荒らされて……」
言葉を切った彼の目が、一瞬険しくなった。
「しかも、領主の兄弟たちが争ってて、自分たちのことしか考えていないみたいだし。税もどんどん重くなってて……」
その言葉に、私は目を細めた。
この森とそう遠くない場所で、そんなことが起きているのか。
「それで、調査に?」
「はい。村の若い人たちで組を作って、魔物の森の様子を見に行くことになって……でも、途中ではぐれて……」
リュカは膝を抱えて、うつむいた。
「本当は、すごく怖かったです。でも、誰かが行かないと、村はどうにもならないから……」
私は、そっと彼の肩に手を置いた。
言葉は、かけなかった。
森の中の暮らしは、危険と隣り合わせだった。
でも、リュカの話から見える“外の世界”は、別の過酷さがあった。
「ありがとう。君のおかげで、少し外のことがわかった」
そう告げると、リュカは目を見開き、そっと微笑んだ。
「……助けてくれて、本当にありがとうございます」
──
翌日、リュカの足はまだ本調子ではなかったけれど、なんとか自力で歩ける程度には回復していた。
私はシエルとダイチを連れて、森の入り口近くまで彼を送ることにした。
道中、リュカは何度も振り返り、名残惜しそうに拠点の方を見ていた。
「戻ったら、みんなに伝えます。“森には人が住んでる”って。それに、“魔法を使う女の人がいる”って」
私は苦笑した。
「変人扱いされるから、私たちのことは話さないことが身のためよ」
「ふふ、でも本当のことです」
そう言って笑うリュカの顔は、出会ったときとは別人のようだった。
森の入り口に着く頃には、もう日は傾いていた。
私は最後に、軽く頭を下げた。
「気をつけて帰ってね、リュカ」
「はい。また……会えますか?」
「……きっとね」
リュカが去ったあと、私はしばらく森の入り口を見つめていた。
風が草を揺らし、木々がささやく。
「きっとね……か……」
以前の私なら、絶対に外界の人間と関わろうとはしなかっただろう。
なぜかふと出たその言葉に、私自身が少し驚いた。
この世界に、人間がいた。
それだけのことなのに、どうしてこんなにも心が揺れるのだろう。
私は静かに息を吸い、背を向けて、拠点へと歩き出した。
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。そちらでは先行公開中ですので続きが気になる方は是非ご覧ください。




