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異世界でスローキャンプ生活を始めたら、なぜか女神として崇められてました  作者: 佐藤正由
異世界キャンプ生活 第2期

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第110話 異世界で“黒き火の真実”に触れた日

――体が、重い。


 森を抜ける途中、陽が落ちかけていた。

 視界が波打ち、思わず木にすがる。

 膝が折れ、全身の力が抜けていった。


「真希!?」


 ダイチが駆け寄ってくる。

 彼の肩に支えられながら、なんとか立て直す。

 息が荒い。けれど、汗が止まらないのは熱のせいじゃない。


「……魔力が……切れた、みたい」


 自分でも驚くほど、声が掠れていた。

 あの防壁――ほんの一瞬のはずだった。

 それなのに、まるで体の中から全部抜け落ちたような感覚。


 リゼリアが眉を寄せて、私の手に触れる。

「……流れが乱れてる。枯渇というより、吸われた感じ。魔石の反動かも」


 吸われた?

 そんなはずは――でも、確かに空っぽとは違う。

 “奪われた”という感覚のほうが近かった。


「大丈夫。……少し休めば、戻るから」

 私は笑ってみせたが、言葉はどこか空虚に響いた。


 仲間たちは無言で頷き、ペースを落として歩き出す。

 森の出口に見える村の灯が、いつもよりずっと遠く感じた。


 * * *


 村に戻った夜、焚き火を囲んだのはダイチだった。

 私は寝床に横たわったまま、彼らの声を聞いていた。


「真希が寝てる間に、俺が火を起こすよ」


 そう言って、ダイチは赤い魔石を取り出した。

 掌で軽く握り、息を吹きかける。

 焚き木に火を移そうとした、その瞬間――


 ぱち、と乾いた音。


 白いはずの火花に、黒の影が溶け込んだ。

 炎は一瞬で膨れ上がり、砂煙のような灰が舞い上がる。


「うわっ――!?」


 シエルが反射的に風の結界を張り、リゼリアが冷気をぶつけた。

 熱波がはじけ、焚き火台の周囲に黒い焦げ跡が残る。

 リリアナが駆け寄り、ダイチの腕を掴んだ。


「今の……なんだ?」


 息を切らせたダイチが、手のひらを見つめる。

 魔石に変わったところは見当たらない。

 ただ、その表面がどこか――静かすぎた。


「……魔力が、吸い取られていく感じがした。」


 私は寝床から身を起こし、声を絞り出す。

「魔石が……変わってる。どこかで、何かが……」


 言葉は最後まで続かなかった。

 頭の奥がぐらりと揺れ、再び視界が霞んでいく。


 ――黒い火。

 あの山麓の焼け跡と、どこか繋がっている気がした。


 * * *


 翌朝。

 森の外れで、シエルが訓練をしていた。


 真希の代わりに、彼女が“魔石の挙動”を確かめている。

 掌の上に水の球を浮かべ、風で形を変える――いつもの練習。

 だが、今日は様子が違った。


「……っ!?」


 水が弾けた。

 魔石の光が逆流し、シエルの体が後ろへ吹き飛ぶ。


「シエル!」

 リゼリアが駆け寄って抱き起こす。

 シエルは苦笑しながら息を整えた。


「平気。でも……おかしいの。魔石が、私の魔力を吸い取っている感じ。

 力は増してるのに、制御がきかない」


 リゼリアが真剣な顔で魔石を覗き込む。

「見た目は変わらないのに……魔力の流れが激しくなっているみたい」


 私は木陰からゆっくりと歩み寄った。

「“炎の影”の影響なのかもしれないわね。

 でも、リゼリアの言う通りなら、流れそのものが強まっている。

 魔力を“押し出す”んじゃなくて――“撫でる”ように意識してみて」


 シエルは真剣な表情で頷いた。

「撫でる……ね。やってみる」


 青い魔石を掌に乗せ、彼女はそっと息を吸う。

 空気がわずかに震え、淡い光が彼女の指先を包み込む。

 次の瞬間、水の球が静かに生まれ――

 ほんの少し魔力を増しただけで、勢いよく弾け飛んだ。


 ばしゃん、と音を立てて焚き火が消える。

 湿った灰の匂いが、冷たい朝の空気に溶けた。


「……できた。けど、すごく難しい。

 少しの加減で暴れ出すし、今までより魔力の消費は少ないのに、制御がまるで違う」


 彼女の声には、驚きと警戒が入り混じっていた。

 自分の中の魔力が別の何かに“導かれている”ような感覚――

 それが、いつもよりはるかに生々しく感じられたのだろう。


 私は静かに頷いた。

「手に余る力は、扱う側が飲み込まれるわ。

 これは偶然の変化じゃない。……ちゃんと使いこなせるようになるまでは、慎重にね」


 リゼリアが表情を曇らせる。

「……やっぱり、“炎の影”の影響かもしれない。

 この世界の魔力の流れそのものが、少しずつ変わってる」


 私は空を仰ぎ、遠く霞む山麓を見た。

「あの影――根っこの部分で、確かに繋がっている気がする」


 その言葉に、皆が息を呑んだ。


 * * *


 夕刻。

 リリアナの父――ゲイルを中心に、村の会議が開かれた。


 ハルピュイアのライラ、リゼリア、ダイチ、シエル、マーヤ、そして私。

 広場の中央に焚き火が焚かれ、焦げた跡の上に火が揺れていた。


「また“炎の影”に襲われたら、ひとたまりもないぞ!」


 ゲイルの低い声に、皆の表情が引き締まる。


「どうやったってあの魔力の前には、我々ではなす術がない。

 せめてあの膨大な魔力をどうにかできれば……」

 リゼリアが答えた。


 「ミスリル製の防具であれば、何とかなるかもしれない」


 その名に、場がざわめいた。

 オルディン。ドワーフの鉱山都市。

 ここから迷いの森を抜け、エルフの里リンデールを越えた山の向こう。

 少なくとも一週間はかかる険しい道のりで、魔物に遭遇する可能性も高い。


「でも、オルディンは遠いぞ」

 ダイチが腕を組む。

 ライラが翼を広げた。


「私が運ぶ。あなた一人くらいなら抱えて飛べる」


 短い静寂ののち、ダイチはゆっくりと頷いた。

「……オルディンのみんななら、協力してくれるはずだ!」


 ゲイルが静かに言った。

「頼んだ。この村を守るために……」


 焚き火がぱちりと弾け、火の粉が夜空に散った。

 それは、どこか遠い鍛冶場の火花のようにも見えた。


 * * *


 会議のあと。

 村の中では、意見が割れていた。


「“炎の影”は災いの獣。再び現れる前に討つべきだ」

「いいえ、あれは守り神よ。強い魔力によって正気を失っているだけ」


 リリアナの母・マーヤと娘の声がぶつかる。

 焚き火の光が二人の横顔を照らし、影を揺らした。

 ミナが怯えたように焚き火の後ろへ隠れる。


「……これ以上、何かを失うなんて思いさせたくない」

 リリアナが震える声で言った。

「だからこそ、確かめたいの。あの影が本当に敵なのかどうか」


 皆の視線が私に集まる。

 私はゆっくりと立ち上がった。


「……救えるかどうか、まだわからない。

 でも、確かめに行く価値はあると思う。

 “火”はもともと、命を守るものだから」


 焚き火が小さく揺れた。

 その炎の奥に、一瞬だけ黒い影が混じった気がした。


 私は目を細め、静かに呟く。

「……待ってて。今度こそ、あなたを見つけ出す」


 風が通り過ぎ、炎がひときわ高く揺らめいた。

 それは、約束の証のように。

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