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異世界でスローキャンプ生活を始めたら、なぜか女神として崇められてました  作者: 佐藤正由
異世界キャンプ生活 第2期

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第102話 異世界で“失われた村”の話を聞いた日

 夜が明けきらぬリンデールの森に、薄い霧が立ちこめていた。

 治療所の窓から差し込む朝の光が、かすかに白い壁を照らす。

 炉の火は小さくなり、空気は冷えている。

 エルフたちは夜通し薬草を調合し、眠らずに傷の手当てを続けていた。


 私は椅子の背にもたれたまま、まぶたを開けた。

 そのとき、かすかな衣擦れの音がした。


 ベッドの上で、猫族の少女がゆっくりと目を開けた。

 金色の瞳が揺れ、焦点を失ったまま宙を彷徨う。


「……ここは……どこ……?」


 囁くような声の直後、彼女の体がびくりと跳ねた。

 反射的に上体を起こし、耳が横に張りつき、尻尾がふくらむ。

 喉の奥から低い唸り声が漏れた。


 私は立ち上がり、両手を広げた。

「待って。大丈夫、敵じゃないわ」


 だが、少女の視線は鋭く私を射抜いた。

 その目に映るのは、恐怖と敵意――そして混乱。


「……人間……?」


 絞り出すような声に、リゼリアが一歩前へ出て静かに告げた。

「落ち着いて。ここはリンデール、エルフの里です。あなたを助けたのは――」


 その銀髪が光を反射した瞬間、少女の警戒がさらに強まった。

 耳がぴたりと横を向き、彼女はベッドの端に身を寄せる。


 リゼリアは足を止め、静かに息を吐いた。

「……私では、怖がらせてしまうだけね」


 その時、治療所の扉が静かに開き、シエルが入ってきた。

 同じ猫族――しなやかな動き、柔らかな尻尾の揺れ。

 少女の瞳がわずかに揺らいだ。


「落ち着いて、大丈夫。あたしたちは敵じゃない。あなたの味方だよ」

 シエルは声を低く、穏やかに言った。


 その姿を見て、私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

 いつもは茶目っ気たっぷりで皮肉めいたことばかり言う彼女が、

 この時ばかりは見違えるほど落ち着いていて――頼もしかった。


 その声に導かれるように、少女の耳が少しずつ正面に戻っていく。

 伸びていた爪が収まり、張り詰めていた空気がやわらいでいく。

 シエルはほっと息をつき、そっとベッドのそばに膝をついた。


 私は水を差し出した。

「無理に話さなくていいわ。まずは、少し水を飲んで」


 少女はしばらく私を見つめていたが、やがてゆっくりと手を伸ばし、水を受け取った。

 喉を潤し終えると、力の抜けたように息を吐いた。


「……ごめんなさい……」


「いいのよ。怖い思いをしたんでしょう?」


 その言葉に、少女の目が揺れた。

 やがて、両手を胸の前で握りしめる。

 その手の中には、小さな布袋が握られていた。


 私はそっと尋ねた。

「それ、ずっと握ってたわね。大事なもの?」


「……はい」

 少女は小さく頷く。

 「“願い石”です。村の祈りの印。家族の……記憶なんです」


 布の隙間から、磨かれた小さな丸石が覗く。

 淡い光を帯びたそれは、月の光を閉じ込めたように穏やかだった。


 私はその光を見つめながら尋ねた。

「……それ、魔石じゃないのね?」


 少女の瞳が一瞬、大きく見開かれた。

 「ま……せき……?」

 その声には、戸惑いと恐れが入り混じっていた。


 ――あ、知らないんだ。

 人間と獣人の間に流れる“常識の断絶”が、思っていたよりも深い。

 この世界で同じ言葉を話していても、同じ世界を生きているとは限らない。

 そう気づいた瞬間、胸の奥にひやりとしたものが走った。


 少女は小さく首を横に振った。

 「これは……私の村に伝わる石です。

  亡くなった人の魂が月へ帰ると信じていて……

  その旅立ちを祈るための石を、みんなが持っていたんです」


 その声は震えていたが、どこか誇りのような響きもあった。

 人間に怯えながらも、彼女の中には確かな“祈り”が生きていた。


 「逃げる前に、母が……これを私に託して。

  “生きなさい”って、そう言って……」


 その先の言葉は、涙にかき消された。


 私は黙って彼女の肩に手を置いた。

 リゼリアも、静かに目を伏せる。


「……村は、襲われたのね?」


 私の問いに、少女は小さく頷いた。


「夜でした。森の奥から、いつもと違う音がして……。

 いつもなら近づかない魔物が、群れをなして村に入ってきたんです。

 毛並みは黒く、目が赤く光っていました。

 体の中がわずかに光っていたようで――まるで何かを吸い込むように。

 爪も、硬い皮膚も、まるで石のようで……槍が通らなかった。

 戦ったけれど、まるで太刀打ちできませんでした。

 あの夜、村はあっという間に――」


 言葉の端が震え、少女は両腕で自分を抱く。

 「母が……私を外へ突き飛ばして……。

  振り返った時には、家が炎に包まれていました」


 静寂。

 リゼリアが小さく息を飲み、シエルは拳を握りしめた。


 私は胸の奥が締めつけられるのを感じながら言った。

「あなたの村だけじゃない。

 ベルデ村の周辺でも、あの頃――魔物の被害が急に増えた時期があったの」


 リゼリアが頷いた。

「森でも、異様に凶暴な魔物を見かけるようになりました。

 まるで、何かに追い立てられているように……」


「……同じ“原因”があるのかもしれない」

 私はそう呟き、少女に視線を戻した。

「今は無理をしなくていい。でも、いずれもう一度――

 あなたの村で、何が起きたのかを一緒に確かめに行こう」


 少女の瞳が揺れ、そして静かに頷いた。

「……はい。私は……リリアナといいます」


 その瞬間、リゼリアが窓を開けた。

 朝の風が入り込み、薬草の香りを運んでくる。

 霧が晴れ、木々の間から光が差し込んだ。


 私はその光の中で、リリアナの“願い石”を見つめた。

 月の記憶を宿すその石が、かすかにきらめいていた。


 その光は、消えたはずの祈りが息づいていることを教えていた。

 ――失われた村の祈りは、終わりではなく、新たな始まりだった。

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