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異世界でスローキャンプ生活を始めたら、なぜか女神として崇められてました  作者: 佐藤正由
異世界キャンプ生活 第2期

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第101話 異世界で“猫の少女”を救った日

 ――その日、リンデールの森はいつになく騒がしかった。


 木々のざわめきに混じって、鳥たちが一斉に羽ばたく音がする。

 リゼリアは弓を構えたまま、耳の先をぴくりと動かした。

 森を渡る風が湿っている。

 血の匂い――それも人のものではない。


「……リゼリア様! この先に……!」


 駆けつけた若いエルフが、木の根元を指さした。

 倒れていたのは、一人の少女だった。

 灰がかった銀の髪、耳の先が三角に尖っている。

 獣人――それも猫族の子だ。


 服は裂け、背中には爪でえぐられたような深い傷。

 手には何かを守るように小さな袋を握りしめていた。

 まだ息がある。だが浅い。

 リゼリアはためらわず抱き上げ、仲間に叫ぶ。


「運搬の準備を! 急いで治療所へ!」


 ――リンデールに獣人が訪れること自体は、もはや珍しいことではなかった。

 猫のシエルと犬のダイチが頻繁に往来するようになってから、

 里の者たちも少しずつ異種族への警戒を解きつつある。

 けれど、こんなふうに血にまみれて倒れ込んでくる者を迎えるのは、初めてだった。


 治療班が手を尽くすも、傷は癒えず、体温は下がる一方だった。

 エルフたちは薬草を煎じ、包帯を替え、温湿布で血流を促す。

 だが、どの薬も効かない。

 まるで体の中で何かが暴れているように、傷が閉じるそばから再び開いていく。


 リゼリアは唇を噛んだ。

 「薬では追いつかない……。これは、ただの傷じゃない」


 エルフの里に“再生”を司る力を扱える者はいない。

 癒やす力――治癒魔法を使えるのは、知る限り一人だけ。


 リゼリアの脳裏に浮かんだのは、真希という名の人間だった。

 白い光に包まれた手。どんな傷も、痛みも、やわらげていく不思議な力。


 夜更け、少女の呼吸が弱まるのを見て、リゼリアは決意した。

 仲間が止めるのも聞かず、杖と荷をまとめて言う。


「私、ベルデ村へ行きます。

 ――あの人、真希なら、何とかできるかもしれない」


 星を背に、リゼリアは森を後にした。

 白い月が高く、静かな夜の風が彼女の銀髪を揺らす。


 * * *


 ――翌日、ベルデ村。


 井戸のそばで鍋をかき混ぜていた私は、遠くから駆ける影に気づいた。

 見慣れたエルフの姿。

 リゼリアが、息を切らしながら駆け寄ってくる。


「真希、お願い! 助けてほしいの。獣人の少女が……ひどい傷なの!」


「落ち着いて。場所は?」


「リンデールの治療所に。手は尽くしたけど、薬も効かなくて……」


「わかった、すぐに行く!」


 私は治療袋を肩にかけ、シエルとダイチに声をかけた。

 二人の顔色が一瞬で変わる。


「猫族の子が……?」「行くぞ、真希!」


 三人はすぐに出発した。

 森を抜ける道は湿って滑りやすい。けれど、迷うことはない。

 かつて築いた道標が、月明かりを受けて静かに光っていた。


 * * *


 リンデールの治療所には、静寂が漂っていた。

 薬草の香りと血の匂いが入り混じる中、ベッドの上にはあの少女が横たわっている。

 傷口は黒ずみ、炎症では説明できないほど深い。

 爪痕というより、魔力の焼き付き――魔獣の攻撃にやられた痕だ。

 魔力が肉に残り、内側から組織を蝕んでいる。


 私は魔石を手に取り、光を透かして体の反応を確かめる。

 脈が弱い。けれど、まだ生きている。


「……これはたぶん薬や魔法の適性の問題じゃないわね。

 魔力そのものが、体の内側で暴れてる感じがする」


 私は息を整え、手をかざした。

 掌に淡い白光が灯る――治癒魔法。

 本当は、できるだけ使わないようにしている。

 その光が“女神の証”だなどと囁かれるたび、距離を感じてしまうからだ。

 けれど、今はそんなことを気にしていられない。


 光が少女の胸元を包む。

 焦げたような皮膚が、少しずつ色を取り戻していく。

 汗がにじみ、呼吸が荒くなる。

 それでも、やがて――かすかに指が動いた。


 まぶたが震え、金色の瞳がうっすらと開く。

 だが次の瞬間、その瞳が大きく見開かれる。


「……っ!」


 少女は布団を払いのけ、上体を起こそうとした。

 怯えた猫のように耳を伏せ、私とリゼリアを見比べる。

 目に宿るのは、恐怖と混乱――そして敵意。


「待って、落ち着いて!」

 リゼリアが一歩踏み出し、両手を広げた。

 「あなたを傷つけるつもりはありません。私たちは――」


 だがその声が届く前に、少女はさらに身を引いた。

 リゼリアの長い銀髪と尖った耳が、かえって警戒心を煽ってしまう。

 喉の奥から小さな唸り声が漏れ、背中の毛が逆立った。


 リゼリアは足を止め、そっと息を吐いた。

 「……ごめんなさい。私では、怖がらせてしまうだけね」


 その時、治療所の入り口から、シエルがゆっくりと姿を現した。

 同じ猫族のしなやかな動き。

 少女の瞳が一瞬だけ揺らぐ。


「大丈夫よ」

 シエルは低く、やわらかな声で言った。

 「ここは安全。あたしたちも、敵じゃない」


 少女の耳がぴくりと動く。

 その瞳に宿っていた敵意が、わずかにほどけていく。

 シエルが一歩近づくたびに、緊張が少しずつ薄れていった。


「……ね、怖くないから。痛いの、少し楽になったでしょ?」


 シエルの声は、焚き火のように温かく、穏やかだった。

 少女はその声に導かれるように、ゆっくりと瞬きをした。

 そして――安堵の息とともに、再び力を失うように崩れ落ちた。


「……寝たわね」

 シエルが小さく息を吐く。


「ええ、体が限界だったのよ。

 でも――命はつながった」

 私は彼女の額の汗を拭い、そっと頷いた。


 リゼリアが安堵の息をつき、窓の外を見る。

 夜風が林を揺らし、星が静かに瞬いていた。


 こうして――異なる種族の“絆”が、またひとつ芽吹こうとしていた。

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