「神の使徒、来訪」
――森の風が止まった。
その日、エルフの王都に“異物”が踏み込んだ瞬間だった。
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黒と金の聖衣を纏った男――名をカイゼル。
神聖帝国において聖女セラの直命を受ける“神の使徒”であり、聖術と剣を極めた裁定者。
「……ここが、創造の者が潜む場所か」
森を見下ろしながら、冷たい声で呟いた。
「セラ様はお優しすぎる。創造とは、神の領域。
模倣者には断罪を与えるべきだ」
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「神聖帝国からの第二使者が来た……だと?」
リリィが青ざめた表情で報告を受けていた。
第一使者であるレオンが報告を保留していたため、まさか直に“カイゼル”が現れるとは想定外だった。
「彼は……セラ直属の審問官。“神の剣”と呼ばれる男よ。
一度でも“神への冒涜”と判断されれば、対話も許されない」
ユウトは眉をひそめた。
「イリスの存在が、そこまで危険視されるってのか」
「創造によって生まれた“自我ある生命”は、帝国の教義では“偽りの命”とされている。
彼にとって、イリスは“神の意志を汚す存在”そのものなのよ」
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王宮の大広間。
カイゼルがエルフ王族と対面したその場に、ユウトとイリスも呼び出された。
カイゼルの視線が、まるで処刑を前にした罪人を見るように、イリスに突き刺さる。
「なるほど。見た目はただの少女だ。だが、その魔力構造……
完全な“人工魂”。世界の理から逸脱した、異物だな」
「やめろ、イリスは俺が――」
「黙れ、“創造の者”ユウト。貴様に言い訳の資格などない。
神の意思に逆らい、生命を模倣した――その罪は、魂の焼却に値する」
イリスは怯えながらも、一歩前に出た。
「わたしは……だめ、なの……? ここにいて、いけないの……?」
「お前は“魂を持ったフリをしているだけ”だ。所詮は偽りだ」
「――待て、カイゼル!」
そこへレオンが割って入る。
「俺が第一使者だ。報告を上げなかった責任は俺にある。
だが……イリスは、確かに“魂を得ている”。見た者ならわかる」
「レオン、お前までもが……神の教えに背くつもりか」
「……俺は、まだ“信じたい”。ユウトの力が破壊ではなく、守る力になると」
カイゼルはレオンを無言で見据え、そして冷たく言い放つ。
「では、お前ごと粛清する。これは審問の対象ではない。
これは――“神罰”だ」
カイゼルが聖剣を振りかざし、神聖術式が空間を包み込む。
その瞬間、ユウトの中で何かが弾けた。
「――やめろ!!」
声と同時に、空間が軋み、光が弾ける。
ユウトの足元から黄金の紋章が浮かび上がり、彼の手に“何もない剣”が現れた。
それは物質ではなく、“意志”で編まれた刃。
世界に存在しなかった、ユウト自身の“守る力”の形。
「イリスは俺が創った。だけど――だからって、消されていい理由にはならない!」
「“創造の意志”が……顕現しただと……?」
ユウトとカイゼルの力がぶつかる。
聖剣と意志の刃が交錯し、王宮の空間そのものが震えた。
そして、拮抗の末――カイゼルの剣が折れた。
「なに……? この力……神聖術式をも超える……?」
ユウトの手の中の“意志の剣”は、戦いの終わりと共に、ふっと消える。
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「……覚えておけ。創造の者。貴様はまだ、“存在を許された”に過ぎん。
次に神が沈黙し続ける保証は、どこにもない」
そう言い残し、カイゼルは姿を消した。
王宮に残されたのは、静かな緊張と――
ユウトの、はじめて“誰かを守るために使った力”の余韻だった。
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夜。
リリィとイリスが星空の下で並んで座っていた。
「……ありがとう、ユウト。あの時、すごくこわかったけど……あたたかかった」
「彼の力は、神をも超える可能性を秘めてるわ。でも……
その力の使い方次第で、この世界は変わる。きっと」
イリスはゆっくりと頷いた。
「わたし、ユウトの創った世界を……見ていたい」