「揺れる忠誠、沈黙の報告」
エルフ王国の空気が、少しずつ変わり始めていた。
それは、銀髪の少女――イリスの存在が、この世界に「定着」してからのことだった。
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「森の魔力が……わずかに、ねじれている……?」
王宮の魔術師たちが精霊の泉を調べていた。
泉からあふれる魔力の流れに、微かな波紋のような歪みが現れている。
「これは、精霊の祝福ではない……むしろ、精霊たちが戸惑っている?」
――それは“創造された存在”であるイリスが、森の自然律に新しい軸を加えてしまったからだった。
彼女の存在は、神にも等しい“何か”の干渉。
それは、世界が持つ既存のバランスを静かに侵食し始めていた。
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「イリスは悪くない……でも、このままだと……」
リリィはイリスを見守りながら、胸中に複雑な感情を抱えていた。
イリスは今も変わらず無垢で、ユウトのそばに静かに寄り添っている。
だがその存在そのものが、世界を“変えてしまう”ものかもしれない。
「ユウト……イリスは、“本当に”あなたが創ったの?」
「ああ。意図せず……けど、たしかに俺の“力”の一部が、形を与えたんだと思う」
「なら、彼女のこれからも……あなたが導くつもりなのね」
「……ああ。俺が背負う。どんな結果になっても」
リリィは黙って頷いたが、心の奥に生まれた不安は消えなかった。
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その頃、使者レオンは一人、通信魔石の前に座していた。
セラに報告すべきか、否か――ずっと迷っていた。
「“創造の者”が人を創った――それが事実なら、神聖帝国の信仰体系そのものが揺らぐ。だが……」
ユウトの言動は、支配者ではなく、守ろうとする者のそれだった。
イリスもまた、ただの創造物ではなく、“感情”を持つ少女にしか見えなかった。
「……報告を遅らせれば、私は帝国の裏切り者とされる。
けれど、この目で“全て”を見なければ……納得できない」
彼はついに、通信を一方的に切った。
心の奥で、小さく呟く。
「……すまない、セラ様。もう少し、だけ……見させてください」
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そして遠く、聖都。
広大な聖堂の奥に、静かに佇む金髪の少女――聖女セラがいた。
神の声を聞く“唯一の巫女”であり、帝国最大の宗教勢力の象徴。
手元の聖水が、不意に波打つ。
「……来ましたね。揺らぎの兆しが」
部屋に控える神官が緊張した声を発する。
「セラ様、これは……!」
「ええ。創造の者――ユウトが、“新たな命”を生み出したのでしょう」
セラの声は静かだったが、その瞳には確かな興味と警戒が宿っていた。
「レオンは……まだ報告を上げていません。彼なりに、考えているのでしょうね」
神官がそっと問いかけた。
「指示を、お出しになりますか?」
「ええ。そろそろ、こちらから動く必要があります。
“創造”が善か悪か……見極めなければなりません」
聖女セラは立ち上がり、窓の向こう――遠くのエルフの森を想う。
「“神の真似事”がどこまで届くのか……この手で、確かめましょう」
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一方、エルフの王都では。
イリスは星空を見上げながら、ぽつりと呟いた。
「ユウト……わたし、この世界にいていいのかな……?」
「イリスは俺が創った。だからここにいて当然だ。
――どんな奴が何を言っても、お前の存在は俺が守る」
「……うれしい。でも、わたしがいることで……森が、ちょっとだけ苦しそうなの」
ユウトは一瞬言葉を詰まらせた。
だがすぐに、彼女の手をそっと取る。
「じゃあ、その森も“俺が治す”。できるか分からなくても、やってみる。
俺は創造の力を持ったんだ……なら、守ることだって、創れるはずだろ?」
イリスは初めて、少しだけ涙ぐんだ笑顔を見せた。