「語られぬ記憶」
エルフの王国――静かな陽射しの下、穏やかな時間が流れていた。
激動の対話を終え、しばしの休息を得たユウトたち。
だが、その裏で、語られぬ想いが、二人の心に渦巻いていた。
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「ユウト、今日は何をすればいい?」
イリスは朝からそわそわしていた。
「んー、今日は王国の仕事もないし、のんびりしてていいよ」
「……のんびり、ってどうするの?」
「散歩でもしてこいよ。せっかくだし、エルフの街でも見て回れば?」
そう促され、イリスは一人で街へ出ることにした。
しかしその表情はどこか曇っていた。
「“生きてる”って……こういうこと、なのかな」
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一方、レオンは王国の鍛冶場を訪れていた。
「鉄の扱いが甘いな。熱が均一じゃない」
周囲の職人たちが感心する中、レオンは真剣な表情でハンマーを振るう。
彼は元・神聖帝国の騎士。
だが今は、自らの意志で剣を置き、“守るため”の力を磨いていた。
そんな彼の元に、ふらりとイリスが現れる。
「レオン、すごい……火を怖がらないの?」
「ゴーレムが“怖い”って感情を覚えるとはな。人間らしくなったもんだ」
「……よく、言われる。でも、よくわからない。
怖いって何? 悲しいって何? わたし、“生きてる”のかな……?」
イリスの問いに、レオンはハンマーを置き、じっと彼女を見つめた。
「お前は、自分でそう思うのか? “生きてる”って」
「わからない。わたしは創られた。でも、今は……ユウトが笑ってくれると、うれしい。
それが、ほんとに“わたし”の気持ちなのか、作られた感情なのか……自信がないの」
レオンは少し黙り、口を開いた。
「……昔、私には“救えなかった少女”がいた。
病気で、なにもできず、私はただ“神に祈ることしかできなかった”」
「……」
「けどある時、その子は言ったんだ。
“生きてるって、少しでも何かを感じることだよ”って。
喜びでも、怒りでも、悲しみでも、誰かを思う気持ちがあるなら、それはもう“命”だって」
「……それ、ほんと?」
「ああ。その言葉は、今でも私の中に生きてる。
そして今、イリス。お前が迷ってるってことは――すでに“生きてる”ってことなんじゃないか」
イリスの瞳に、ぽたりと涙が浮かぶ。
“涙”という感情の現れに、彼女は戸惑いながらも、自らの胸に手を当てた。
「……ありがとう、レオン。わたし、少しだけ……自分を信じてみたい」
その笑顔は、不器用で、でも確かに“自分のもの”だった。
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その夜、ユウトはイリスの報告を聞きながら、ぽつりとつぶやいた。
「レオンって……やっぱ、ただの脳筋じゃないんだな」
「ユウト、脳筋って何?」
「……気にしなくていい。
でも――お前が自分の気持ちで笑ったなら、それが“生きてる証”だよ、イリス」
「うん!」
それを聞いて安心そうに、少女は人間と変わらぬ笑顔で頷いた。