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ポンコツ君と初彼女②

「明日台風が直撃か」


 孝之の父親である洋治(ようじ)が、スマホの天気予報を見ながらつぶやいた。


「じゃあ、行ってきます」

「おう、デート楽しんでこいよ」


 洋治は右の口角をあげて、ニヤリと笑った。


「うん、行ってきます」



 孝之は午後の一時に、待ち合わせ場所である遊園地の最寄り駅に着いた。

 約束の時間は午後の三時。初めてのデートで浮足立って、二時間も早く着いてしまった。付き合ったのは二ヶ月も前なのに、まだ一度もデートをしたことがないのだから当然だ。早く着くのに越したことはないだろう。

 プレゼントが入った袋を右手に孝之は改札を出た。三十メーターほど先にある手すりの奥には海が見える。頭上にはカモメも飛んでいる。

 孝之はその景色に向かって歩いていき、三段の階段に腰をかけた。そして二時間、ただ海を眺めながら、告白した時のことを思案する。

 あの時は、初めて女性にアプローチをされて、勢いで告白をしてしまった。好きという感情はそこまでないのにだ。高校に入ったら彼女を作りたい。中学の頃、漠然と抱いていた感情だ。ゆうこは彼女というアクセサリーなのだろうか。正直、自分でも分からない。ゆうこを好きかどうか分からない。彼女がいるという自分が好きなのだろうか。もし、そうだとしたら……いや、そうなのだ。怖い……。自分が怖くて怖くてたまらない。


 午後の三時になりスマホが振動した。

 ゆうこからだ。孝之はメッセージを確認する。


≪ごめん、部活が長引いて着くの五時になりそう≫

≪了解!≫


 孝之はスマホをポケットにしまった。そしてさらに二時間、ただ海を眺めた。

 午後五時、ゆうこが改札から出てきた。孝之を見つけるなり、手を振りながら小走りで近づいてくる。


「ごめん、お待たせ。待ったでしょ」

「ううん、今来たところ」

「ならよかった」


 孝之は右手にある袋をゆうこに見せた。


「これ、三日遅れだけど誕生日プレゼント。デート終わったら渡すね。それまで俺が持ってるから」


 ゆうこはこくりと頷き、「手ぇ、繋いでもいい?」と一言。


「うん」


 孝之は左手でゆうこの右手を優しく握った。恥ずかしさのあまり、ゆうこの顔を直視できない。


「じゃあ、行こうか」


 孝之が言うと、二人は遊園地に通じる橋へと向かって歩き始めた。身長が百八十センチある孝之に対してゆうこは百五十二センチしかない。そのため、並んで歩くとかなり身長差がある。手を繋がなかったら、周りから兄妹と思われてもおかしくない。

 橋を渡り、遊園地の門に着いた。二人はチケット売り場で、入場用のチケットを購入し、中に入る。


「遊園地なんて、何年ぶりだろ」

「俺は半年ぶり、なんなら中学の卒業旅行、ここだった。水族館は行ってないけど」

「え、ここなの? じゃあ、今日はおもいっきり私を楽しませてくれるんだね」

「な、何があったか、あまり覚えてないけど。ま、まかせて」

「頼りな。そこはまかせての方が、かっこいいよ」


 ゆうこに言われ、孝之は苦笑した。


 二人は海賊をモチーフにしたジェットコースター、海賊船型の大型ブランコ、フリーフォール、コーヒーカップ等のアトラクションを回ったあと、室内にある水族館に向かった。

 エイ、サメ、カクレクマノミ、チンアナゴ、サクラダイなどの魚以外にもコツメカワウソやホッキョクグマ、セイウチなどの動物もいて、あまり水族館にきたことのない孝之にとっては新鮮だった。

 水族館を回り終わり、自動ドアから外に出た。辺り一面はもう暗くなっており、台風の影響で強くなった風が周りの木々をしならせている。


「風も強いし、そろそろ帰ろうか。それに、ゆうこ明日も部活だもんね」

「うん。雨もポツポツと降ってきてるし、帰ろう」


 遊園地の門を出て、橋を渡っていく。


「今日は楽しかったね」


 橋の真ん中で孝之が言うと、ゆうこの足が止まった。


「どうしたの?」

「たか、話したいことがある」

「何?」

「たかはさ、私のこと好き?」

「え、もちろん好きだよ。どうしたの急に」

「今まで三ヶ月付き合ってきたけどさ、付き合ってから全然話さなくなったよね。学校でもLINEでも」

「え、話してるじゃん。学校では恥ずかしくて話せてないけど、LINEでは話してるじゃん」

「あれは、話してることにならないよ。付き合う前のほうがたくさん話してた」

「それは……」

「このまま話せなくなるのは嫌だから。友達に戻りたい。別れよう、たか」

「えっ」


 同時にポツポツとしてしたいた雨が力強い雨に変わって、二人を濡らした。


 あまりの出来事に呆然としている孝之の横で「私もこんなこと言いたくないよ!!」とゆうこが叫び、泣き始めた。

何が起きているのか分からない。これは現実か? 俺は初デートで彼女に振られたのか。

 夜空が泣いている、号泣しているようだ。風が強くなった、きっと鼻でもかんでいるのだろう。豪雨、今まさに心の中も豪雨だ。降りしきる雨が気持ちを代弁してくれているのだろうか。

 そして隣では、なぜか彼女が泣いている。

 なぜ君が泣いているんだい。泣きたいのはこっちだよ。これでは泣きたいのに泣けないじゃないか。カオスだ。

 孝之は大きく溜息をついた。

 

「とりあえず……雨強いから、走って駅まで行っちゃおうか。すぐそこだし、そこでちゃんと一回話そう」


 濡れないようにゆうこの後ろから覆いかぶさるようにして軽く抱きつき、そのまま走った。駅に着き、改札を通ってホームに設置されているベンチに座る。

 雨と涙でぐしゃぐしゃになったゆうこの顔を見つめ、「本気なの?」と孝之が口を開いた。

 ゆうこは静かに頷く。


「……分かった。じゃあ、これ」


 孝之はデート中も常に持っていた。プレゼントをゆうこに渡した。


「三日遅れだけど、誕生日おめでとう」

「ありがとう。もう、カップルじゃなくなっちゃったけど、学校では話そうね」


 ゆうこは孝之に笑顔は見せた。

 作り笑いでも最後は笑って終わりたいというゆうこの気持ちが痛いほど伝わった。


「うん、絶対話そうね」


 孝之も負けじと、ゆうこに笑顔を見せた。


「変な顔」

「うるさいよッ」


 二人で笑っているとホームにゆうこの乗る電車がきた。


「じゃあね」


 寂しそうな背中を向けながらゆうこは電車に乗った。ドアが閉まると、こちらに向かって手を振ってきた。孝之もそれに応えて手を振る。

 電車がゆっくりと動き始め、ゆうこはもう見えなくなった。それでも、電車が見えなくなるその時まで、孝之は手を振るのをやめなかった。



 帰り道、孝之は地下鉄に乗り換えるため、雨に打たれながら横断歩道の信号が変わるのを待っていた。

心が痛い。心の中の雨が、まるで針のようにチクチクと刺してくる。初デートで振られるなんて、本当に惨めで仕方がない。


「これ使いなよ」


 男性の声がした。左を見ると、大学生だろうか。金髪の男性が傘をさしてくれている。


「え、悪いですよ」

「いいの、いいの。僕は傘二個持ってるし」

「ありがとうごさいます」


 孝之が礼を言って素直に傘を受け取ると、男性はもう一個の傘を開いた。


「それにしても、みんなひどいね。びしょ濡れなんだから、傘ぐらい誰か貸してやればいいのに」

「お兄さん、本当にありがとうございます」

「いいってことよ。それより、なにかあったの?」

「えっ」

「こんなびしょ濡れで下向いてるから、なにかあったのかなぁってね。あ、嫌なら全然、無理に話さなくていいからね」


 信号が青になり、孝之と男性は一緒に横断歩道を渡り始めた。


「実は、さっき彼女に振られたんです。しかも初デートで。……惨めですよね」


 男性は優しく笑った。


「そっか、それで傷心してたんだね。まぁ、青年。生きてれば、色々あるよ。でも、振られたのは惨めなんかじゃない。むしろ、かっこいいと思うけどな。自分から振るんじゃなくて、振られたんだから。彼女は君ほど傷つかずに済んだんだからね」


 心の痛みがなくなった。男性は、ただ傘を貸してくれただけではなく、乱れた心にも傘をさしてくれた。


「なんか、スッキリしました。ありがとうございます」


 二人は横断歩道を渡りきった。


「ちょっと元気が出たみたいでよかった。気をつけて家に帰りな、青年。応援してるよ」


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