ポンコツ君と友人①
大学一年の春、孝之は地元の居酒屋でバイトを始めた。
「オーダーです。ビール四丁にハイボール一丁」
「ありがとうございまーす」
オーダーが入ったので、孝之は皿洗いを途中でやめて冷凍庫からジョッキを四つ、洗い場の上にある棚から角ハイジョッキを一つ、取り出した。
ビールサーバーのノブに手をかけ、急いで人数分のビールを作っていく。しかし、一杯目でノブを手前に倒してしまい、黄色液体ではなく、白い泡を出してしまった。
失敗したジョッキをシンクに置き、冷凍庫からジョッキを一つ持ってきて、やり直す。ジョッキを傾け、黄色い液体を出していくが傾きが甘く変に泡立ってしまい、液体と泡の比率が半々のビールが出来上がった。
「ちょっと変だけど、いいか。次はもうちょっとジョッキを傾けよう」
そう呟き、急いで三人分のビールを作った。泡立てないように傾きを意識して作ったためか、液体が多くなり泡が二センチほどのビールが三杯完成した。
「ドリンクまだ?」
接客をしていた二個上の男性の先輩が様子を見にきた。
「おいおい、お前……これはなんだ」
あまりに不格好なビールが作業台の上に四杯並んでいるのを見て、先輩は啞然とする。
「ビールです!」
「知っとるわ。違くて、どうしてこうなった。一つは泡多すぎだし、他の三つは泡少なすぎるやろ」
「先輩に教えていただいた通り作ったらこれができました」
「教えた通り作れてないよ。バイトするの初めてなんだっけ?」
「はい、初めてです!」
「ならしょうがないか。あとでもう一回ちゃんと教えるよ。ちょっとトイレ行きたいから、俺が行ってる間にハイボール作っちゃって」
「はい、分かりました!」
作業台の下にある製氷機を開ける。角ハイジョッキに氷を目一杯入れ、炭酸を三分の一注ぐ。マドラーで軽く混ぜ、再び氷を目一杯入れる。最後にウィスキーを注ぎ込む。ハイボールの完成だ。
先輩がトイレから戻ってきた。
「できた?」
「できました」
「よし……。おいおいおいおい」先輩は琥珀色に光っているハイボールを見て信じられないという表情を孝之に向ける。「おま、お前さ、ハイボールがションベンみたいな色になってんだけど、炭酸とウィスキー逆にしたろ」
「あっ」
「あ、じゃねーよ。お前、これ出したら訴えられるレベルだぞ。マジでポンコツすぎるって」
「すみません」
先輩は色落ちした茶色い髪を掻きむしる。
「すみませんじゃねぇーよ。もういい、今日は帰んな。金曜日で忙しいしさ」
「えっ」
「あとは俺がやっとくし、店長にも伝えとくから。今日は帰って、また別の日にちゃんと教える。このままやると間違いなくお店の評価が下がるから」
「……はい、分かりました」
家を目指して街灯に照らされた夜道を、孝之はとぼとぼと歩いていく。春だというのに外はうすら寒い。まだ、冬の寒さが残っているみたいだ。寒さにやられて、余計に気分が沈んでいく。
今まで不器用だと周りから言われることはあったが、ポンコツと言われたのは初めてだった。
雄二は今頃何をしているのだろう。ガソリンスタンドの仕事は終わったのだろうか。会いたいな。そうだ、電話でもかけてみようか。
孝之は小学校、中学校の友人である中山雄二に電話をかけた。
〈もしもし〉
二回目のコールで雄二が出た。
「もしもし、雄二久しぶり」
〈おう、どうした?〉
「いやー、今日さ気分が沈んでるんだよね」
〈なんか、あったの〉
「バイト先でちょっとね」
〈そうか、じゃあ今からドライブでも行っちゃう?〉
「え、行きたい」
〈よっしゃ、十分後に孝之の家に行くわ〉
「おけ、待ってる」
雄二と初めて会ったのは小学校三年の頃、当時クラスでは紙飛行機が流行っていた。まだ、友と呼べる仲ではなかったが、休み時間になぜか雄二は紙飛行機を何度もこちらに向かって投げてきた。
背中に当たって落ちていく紙飛行機を、何度も拾いに来る雄二に対して次やったら怒るぞ、と忠告をした。だが、また投げてきたので孝之は床に落ちた雄二の紙飛行機を拾い上げ、その場で破いた。あまりの出来事に教室が静まり返る。
「それはねぇだろ。謝れよ」
雄二と仲の良い池谷京が怒鳴った。
「いやいや、俺は言ったよ。次やったらキレるって」
「だからって破いていいのかよ。限度があるだろ」
「知らないよ。忠告を無視したそっちが悪い」
「てめ……」
雄二が京の服を引っ張った。
「京、いいよ。悪いのは俺だから」
「だけど、やりすぎだよ」
「いいんだよ」
雄二はかけていたスクエアメガネを外して、孝之に近づいた。
「佐野くん嫌な思いをさせてしまって本当にごめんなさい」
素直に頭を下げた雄二を見て、意地を張っていた自分が馬鹿らしくなった。
「いいよ。俺も、大切な紙飛行機、破ったりしてごめんなさい」
孝之も頭を下げる。しばらく、沈黙が続いたあと、二人は同時に頭を上げた。
雄二の顔を間近で見たのは初めてだった。メガネを外した雄二は眉毛が濃く、目力があり、なかなかの男前であった。
「ペ・ヨン……」
雄二がボソッと何かを口にした。
「え、何?」
「ねぇ、佐野くん、俺たちと友達になってくれない」