ポンコツ君と初恋相手
机が泣いている。
日の光が劇場のスポットライトのように、机だけを照らしているからだ。佐野孝之は机を不憫に思った。中学生の勉強机として教室に置かれているだけなのに、窓から差し込む光が無理矢理輝かせようとしている。泣いてしまうのも無理はない。
光に照らされている机を眺めていると、幼少期の頃を思い出す。
あの日は曇りだった。雲の割れ目から日の光が顔を覗かせ、授業で折り紙を折っていた孝之を照らした。先生の折り紙を折っていくスピードについていけず、半泣きになっているところにスポットライトが当たったのだ。
周りの視線が集まり、孝之はパニックを起こした。
号泣している孝之を見て、一人の園児が言った。
「孝之くん、泣いちゃってカッコ悪いね」
孝之は折り紙を破いた。
「もうやらない! おうちに帰る」
すると、隣に座っていた園児の鶴田ひかりが立ち上がり、棚から折り紙を一枚持ってきた。
「もう、泣かなくて大丈夫。私、全部分かるから最初から一緒にやろう」
「……ありがとう」
「泣くことは恥ずかしいことじゃないからね。私もよく泣いているし」
「うん……」
誰も歩幅を合わせてくれないなか、彼女だけが合わせてくれた。鼻が高く切れ長の目でクールな顔立ちをしているが、にっこり笑うと優しい表情をする。
その日、孝之は生まれて初めて、家族以外の人を好きになった。
日の光はまだ机を照らしている。
「なぁ、孝之。あの机、なんかエモいな」
クラスメイトの清水力が後ろから気怠そうに言う。
「エモくなんかないよ。きっとあの机は泣いている。役目を果たせていないのに、変に目立っているからね」
頬杖をついたまま振り返ることなく、孝之も気怠そうに返した。
「はぁ? たまに訳が分からないことを言うよね。孝之は」
「机も俺も、理解されたいなんて思ってないさ。だから、唯一の理解者として、泣くことは恥ずかしいことじゃないと机を励ましているんだ。心の中で」
「へぇー、なんか難しいな。まぁ、深く考えるの苦手だし、どうでもいいや。それより、あのエモ机もそろそろパートナーの顔を拝みたいんじゃないかな。いつになったら学校に来るのかね。鶴田ひかりは……。もう中学三年だぞ」
「大丈夫、いつか拝めるさ。机も君も」
「孝之、会ったことあるのか? 鶴田に」
「会うも何も、俺の初恋相手さ。幼稚園からのね」
「へぇ~、エモいね」
机が泣いている。スポットライトはもう無くなっているのに泣いている。きっと机としての役目を果たせていないからだ。大丈夫、彼女が歩幅を合わせに来てくれる。もう少しの辛抱だ。
鶴田ひかりが学校に来ることは一度もなかった。