41.悪魔の正体
私は奇跡なんて信じない、でも、救いとは得がたいもので、もし人が救われるような事があるならば、それは一つの奇跡なのだろう。
そんな風に私は、目の前の光景を、鮮烈に、鮮明に、護持として、心に焼き付けたのだ。
仮面をつけた二人の男の内の一人が、トンネルの入り口で倒れている少女に刃を振りかぶる。
躊躇われる事無く行われる殺人、それは男が人の命をなんとも思わない殺人鬼である事の何よりの証左だろう。
人間の顔面にバットをフルスイング出来る人間が特異なように、デスゲームで人に刃を向けられる人間もまた、特異なものだ。
そんな人間を相手にするのはオウエモンと決闘するよりも遥かに怖かったが、恐怖は理性で上書き出来る事を、俺の体は知っていた。
俺は男の無慈悲な刃を両手で握った聖剣で受け止めた。
──────────ガキン
俺は男の一撃を受け止め切れずに後方に弾き飛ばされるが、それでも精一杯の強がりでもって少女に叫ぶ。
「さっさと逃げろこのウスノロ!!、じゃないとお前を囮にして俺が逃げるぞ!!」
そう言うと少女は我に返ったように立ち上がり、急いでトンネルの奥へと走っていく。
後には俺一人と、トンネルを通過しようとする複数人の仮面の男が残された。
「へぇ、女を逃がす為に殿になるなんて、結構泣かせるじゃねぇか、もしかして今の女、お前の彼女か?」
女を襲った男は面白い物を見たような弾んだ調子で気安く話しかけてくるが、俺は発作的にヤケクソが発症した半ギレ状態のまま男に言い返した。
「知らねぇよ!!、多分ネカマだろ、俺は別にあの女を助けたいとかそういう感情でここに来た訳じゃねぇ!!」
会話で時間を稼ぎつつ俺は状況を分析する。
案の定ノワは殺人鬼達と戦闘を繰り広げており、そしてレインの姿は見えず、残ったのは『生命の種』を献上して生き残った30人ばかりのプレイヤーと、拾えずに取り残された50人程度のプレイヤーだった。
この戦力では対抗出来る訳もなく、俺は状況打開の為に迅速に策を練る必要があった。
そんな俺の思惑の通り、男は俺に聞き返した。
「じゃあなんで逃げなかったんだ?、わざわざ自分から死にに来るなんて、お前は自殺志願者か?、それともあそこにいるヒーロー気取りの二刀流使いみたいに、俺たちに勝てるとでも思っているのか?」
「・・・いいや、俺は〝交渉〟に来たんだ、・・そうだな、俺と手を組んだら、お前らは攻略組に内通者を得て、これからも今日みたいな〝舞台〟をセッティングしてやるし、お前らに金と武器も流してやるよ、俺は20階層の【名匠】の在処を知っている、あそこの二刀流の男が持っている武器は【名匠】の作品で値段は1億、スペックは魔剣の3倍だ、どうだ?、悪くない取引だろう、でも俺を殺したらその情報は消えてなくなるぜ、だったら俺を生かして手を組んだ方が得だろう?」
取り敢えず時間を稼ぐ為に俺がそう言うと男は不可解そうに聞き返した。
「・・・だったらなんであの女を助けたんだ?、交渉するつもりなら見捨てても良かった筈だ、あの女を助ける意味なんて無いだろう?」
俺はそこで急いでロジックを組み立てて、破綻しない理由をこじつけて返答する。
「・・・いや、・・・俺があの女を助けたのは、・・・俺が信用を得る為・・・だ、逃げる人の流れの中で、1人だけ引き返す奴がいたら、・・・そいつは間違いなく疑われるだろう、でも、俺があの女を助けた事をあの女が他の人間に伝えれば、それだけで俺は大きな〝信用〟を勝ち取れる、・・・内通者には必要な資質だ、だから、俺があの女を助けた事は、俺が内通者になる為の布石だったんだよ!!」
俺が道化じみたおどけた態度でそう言うと男たちは納得したのかしないのか、顔を見合せた。
「どうする、隊長に紹介するか?」
「・・・まぁ追撃はほどほどでいいって話だし、確か【霧輪組】は連合軍と敵対するギルドらしいし、ここで殺すのも陛下の機嫌を損ねるかもしれねぇ、隊長の意見を聞くのが無難だろう」
隊長、陛下、誰の事を指すのかは分からないが、取り敢えず上司に会わせてくれるようであり、俺は仮面の男に囲まれながら、彼らの上司らしい男の前に引き連れられた。
「隊長、交渉したいという奴を連れてきました」
「ふぅん、交渉ねェ、一体どんな取引をしようと言うんだい、生殺与奪を握られてる君が、僕に何をもたらし、何を求めるというのかねェ」
仮面の男達の後方に控えていた隊長格らしき男。
俺はその男を見た時、強烈な既視感を感じた。
初対面では無い、なのだとしたらこいつは、どこかで会った事のある人間という事になる。
痩せ型で、細長い体型の、派手な白い服を着た男。
こんなキテレツな格好をした人間は1度見たら忘れない存在感があるが、だが俺は確かに、目の前の男に既視感を感じたのだ。
男の金色の瞳が、俺を値踏みするように見据える。
そこで俺は唐突に、以前記憶に定着させた名前を呼び覚ました。
この間の攻略会議に初参加した人間、唐突にその記憶が頭に引っかかったのだ。
「ピータン…ミウラ…ラスコ…、確か今日のボス攻略に来てなかったのは、『ライムライト』の、ラスコ・・・?」
記憶の中に漠然と残っていたラスコの顔と、目の前の道化師のような男を見比べてみる。
瞳の色、体型、色んなものが別人のように偽装されて変装しているが、身長や骨格的なものは同じだ、それで目の前の男は確かにラスコなのだと、俺はそこで確証を得た。
俺がそう呟いた事で目の前の男は目の色を変えて、冷徹で背筋が凍るような微笑を浮かべた。
「・・・へぇ、僕の正体に気づくんだァ、中々の観察眼を持っているねェ、キリヲくん、流石、あの方が目をかけるだけの事はあるねェ」
「・・・あの方?、俺の知ってる奴か?」
「さぁね、僕も正体は知らない、陛下は僕らを導き、そしてこの世界を裏から支配する、影の王様さァ、その陛下が君を、「絶対にこの手で殺したいリスト」に入れてるんだァ、だから僕には君に話せる事は無いさァ」
「・・・絶対にこの手で殺したいリスト、か…」
ミスリードを含めても、そんなリストに俺をぶち込む心当たりなんて三人しかいない。
・・・いや、このリストにぶち込む人間の心当たりが三人もいるという方が適切か、くわばら。
四人目がいるのかは分からないが、そう考えたらこの場での交渉は成功する余地があるだろう。
俺はラスコに舐められないように気丈に振舞って交渉内容を話した。
これが俺の仕事、この交渉役こそ、俺の団長としての本領発揮なのだから、ここで頑張らないと俺の存在価値が無いだろう、そう自分に言い聞かせながら殺人鬼を前に、一世一代の大芝居を始めたのである。
「それじゃあ早速交渉だ、・・・俺は、はっきり言って攻略組が嫌いだ、どう足掻いても非効率的なボス戦しかしないし、こんなん毎回続けてたらいつかは全滅する、だったらゲームクリアを目指す上でなら、100層を目指すよりも、5000人殺した方が安上がりだと今回のボス戦で悟った、だから俺は、可能ならば5000人の殺害ルートの道を常々模索していた、つまり、渡りに船って事だ、だから俺たちも、お前らの仲間に入れてくれ、俺たちは4人しかいないし、裏切る心配とリスクはかなり低い、それなのにこの階層のMVPギルドになっている、お買い得だ」
俺は相手の意見に同調するような姿勢で、従順さとメリットをひたすらにアピールした。
就活をした事がある訳では無いが、中学と高校の受験で面接をする為に、就活で使うような面接の指南書を幾つか読んでいたからこそ、相手が採用したくなるような言葉を的確に選んで発したのだ。
しかしそんな俺の昔取った杵柄は役に立たなかったようで、ラスコは興味無さそうに一つの質問を俺に投げかけた。
「なぁキリヲくん、君はさァ、人を殺すのは好きかなァ?」
「・・・・・・それは…」
どうやらラスコにとっては自分と同じ快楽を共有出来るか否かが仲間になる基準のようであり、俺に対しても利害で味方に引き入れるような事は無かった。
俺はそれにどう答えたものかと一瞬だけ自問し、偽っても本音で答えても正解になるとは限らないと思い、俺は一番最悪な答えを返した。
「・・・俺は、人を殺すのは嫌いだ、当たり前だ、そんな事が好きな奴なんていない、だから、俺は自分の妹をこの手で殺した時、とてつもなく大きな過ちを犯したと、罪悪感で体が震えた──────でも、同時に、大嫌いだった妹を殺した時に、自分を縛っている息苦しさから開放されるような、そんな確かな開放感を感じた、あの時感じた歓喜を否定するつもりは無い、だから端的に答えるなら、嫌いな奴を殺すのはきもちいいし、好きな奴を殺すのは気持ち悪い、それだけだ」
こんな主張、頭がおかしいとしか言えないが、俺は、究極的には、殺人を許容している。
正当防衛なら相手を殺しても仕方ないと思うし、人を殺した奴は死刑以外に償う方法は無いと思うし、仮に無人島で何の役にも立たない赤ん坊を100人抱える事になった場合は、自分の甲斐性に溢れた赤ん坊を、殺して食らうだろう。
俺はアリサを殺した経験から、この生き方を否定出来ないし、この思考に染まって生きている。
本質では好き嫌いではなく損得の殺人を許容しているという事だが、流石にそんな主張なんてドン引きされて然るものなので、俺は敢えて自分の思想に反する好き嫌いという言葉でラスコに意見を告げた。
殺したい程憎いやつなら殺してもいい、こういう主張の方が一般的だと思ったからだ。
ラスコは獣のように獰猛な瞳で、俺の目を覗き込むように見つめた。
「ふぅん、人殺しの目にしては随分とだらしない感じだけど、でも確かに、その気になれば100人でも1000人でも殺せるって目をしてるねェ、じゃあ君の本気、見せて貰ってもいいかなァ?」
そう言ってラスコは、逃げ遅れて殺人鬼達に囲まれている攻略組の残党を指さした。
俺が内通者になるならばこいつらの存在を抹消する必要がある、という話だろう。
さっきまでボス戦を一緒に戦った仲間だった存在に、俺は刃を向けられるのか?、一瞬だけ自問して答えは直ぐに出た。
・・・別に、やりたくてやってる訳じゃない、ただ、自分が生き残る為に必要だからとやらされてるだけだ、だから、〝生きる権利〟は、誰にも否定出来ないし咎められる謂れは無いだろう。
ここに取り残された時点で彼らの生還は絶望的であり、誰に殺されるかという順序の話だ、だから、俺が処刑人の役割を担ったとしても、俺が恨まれるのは筋違いだろう。
俺はそう理論武装して、取り残された攻略組の残党の所に歩いていく。
彼らはこの圧倒的に不利な状況の中でも懸命に勇気を振り絞り、自身を取り囲む凶悪な殺人鬼たち相手にボロボロの状態でも闘志を失わず、生き残る為に必死だった。
そんな姿を見て、救ってやりたい気持ちは確かにあった。
そんな彼らを突き放し引導を渡す事は、仮に正当防衛だとしても良心が咎めるような悪徳だろう。
そんな事を看過出来る人間は、犬畜生にも劣るような外道だけだと、つくづく思う。
・・・でも、この残酷なデスゲームに巻き込まれるよりも前から俺は。
命に、大した価値も敬意も感じていなかったのだ───────。




