39.生還の余韻
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「きええええええええええええええええええ!!」
「せやあああああああああああああああああ!!」
決死の特攻によって【ペインキラー】の中に勃興した〝狂気〟は、次第に他の部隊にも伝播し蔓延して、気づけば殆どののプレイヤーが狂気によって修羅に入った〝死兵〟となり命を省みずにボスへと突撃する。
まるで大きな流れに絡め取られていくかのように、皆がボスへ向けて直進していた。
その自らの命を省みない突撃は、狂気という言葉でしか形容出来ない異常な光景であり、誰もが理性と正気を狂気で包み隠し、強大な敵へと夢中になって突き進んでいたのである。
そして敵兵は包囲する為に隊列を延伸していた。
それにより勢い盛んな死兵による多方面からの圧力により敵の防衛部隊は突破されて、名も知らぬ一人のプレイヤーが万軍のボス、タルタロスへの到達を許す事になったのだ。
「死ねえええええええええええ、オラァああああああああああああああああ!!!」
いや、それはカントンだった。
【ペインキラー】独立愚連隊隊長、カントン。
この地獄のような戦場を生き延び、単独で突破したのはそれだけで賞賛に値するが、この絶体絶命の鉄火場に於いて、生き延びる為に眠っていた才覚が覚醒する人間は少なくなかった。
カントンはボスの到達と同時にスタミナが切れて敵に囲まれるが、そこでカントンを緑色の光が包み込み、カントンは機敏に敵の斬撃を回避するのと同時に、【ペインキラー】の他の団員達がカントンをアシストするようにボスの護衛を切り払ってカントンに道を作る。
タルタロスはカントンを殺す為に必殺の速攻魔法を放ち、それはカントンを直撃するが、致命傷を食らったはずのカントンを再び緑色の光が包み込み、カントンは反撃にタルタロスに一撃を放つ。
それらは全て俺がカントンに放った《ヒール》だった。
「────────第三のヒールを以て命ずる、カントン、ボスを撃破せよ」
「方天戟スキルぅううううううう!!!、《蒼天月牙》ァアアアアアアアアアアアア!!!」
カントンの振り被った魔剣がタルタロスを切り裂き、そしてタルタロスの体は砕けて消滅した。
それと同時に『ボスが討伐されました』とシステムメッセージが全プレイヤーに表示された。
タルタロスが討伐された事により固有結界は解除されて元の石畳の広間へとステージが回帰する。
そして続くように『MVPギルド【霧輪組】、MVPプレイヤーTOP3【黒羽】【レイン】【ツチノコ】、ラストアタック【カントン】』とメッセージが表示されて、それはボス部屋の次の位階へと続くトンネルの隣の石碑に名前が刻まれたのであった。
MVPギルドになるのは初めてだったが、そこで初めて表示された『20階層の通行料を設定しますか?』というメッセージに対して【設定する】【部分的に設定】【設定しない】から【設定しない】を選択し、そこで全ての行程が終了したと思い、俺は一息ついて腰を下ろした。
戦闘時間は約1時間くらいだろうか、ボス戦に於いては少し長いくらいの時間だが、10階層の時とは違い休む間もなく絶えず戦闘が行われていたという点で、精神的な負荷と消耗はその倍は感じていた。
持久走の最後に全力スプリントをしたような展開だったのだから、精根尽き果てても仕方ない、次の階層へと繋がるトンネルが解放されたのにも関わらず通過しようとする者はおろか誰一人立ち上がる者すらいなかったのがこの戦闘の過酷さを物語っていた。
俺は不本意で不測事態であるMVPギルドになってしまった事すら気が回らない程に、ただ〝生き残った〟、その実感を噛み締めながら馬を召喚解除してその場にへたりこんだのだ。
そして正気になった一人のプレイヤーが地面に散らばった『生命の種』、死んだ仲間たちの最期の形見を見て、言ったのだ。
「・・・また、100人以上死んだぞ、どうなってんだよ、〝攻略組〟のボス戦は安全じゃなかったのか、こんだけ時間かけて準備して、それで100人以上死ぬとか、おかしいだろ・・・、こんなん続けてたら、100階層に行くまでには、ここにいる10分の1も残って無いじゃないか、こんなの・・・おかしいだろ!!」
正気に戻ってしまえば俺たちのやっていた攻略など、自分の命を投げ出して博打をする狂気以外の何物でも無かった。
命を命と思わないような冒涜的で軽率な作戦、無慈悲で不条理な命のやり取り。
こんなもの、実際の戦場では当たり前でも、ゲームとしては有り得ないものだ。
脱出不可能、大人数戦、そして他のプレイヤーを蘇生する間も無いような大激戦という条件の噛み合いの結果、ここに来てようやく皆、初めて体験するようなデスゲームの過酷な真髄をここにいる全員が余すこと無く堪能したのである。
中には泣き出す者、震える者、戦闘の余韻が抜けきれずに剣を放せないでいる者、呆然とかつて仲間だった欠片を眺める者、様々だったが、そこに共通しているのは、厳然にして純粋な恐怖の存在だ。
俺ですら、必ず100層に行くと誰よりも強く願っている俺ですら、こんな事はもう二度とやりたくないと思っているくらいに怯えているのだから。
だからボス戦が初めての者やリアルに帰還する理由が薄弱な者からすれば、こんな戦いは全く割に合わない話だろう。
だからここで〝攻略組〟を離脱したいと、そう宣言する者が出るのも自然な話だった。
「・・・俺、攻略組辞めます、ボス戦とかもう二度とやらない、こんなの、人間の死に方じゃありませんよ」
「自分も退会します、すいません、お世話になりました」
「無理っすキツいっす、ホントもう無理なんで、さようなら」
そう言って数名の人間がトンネルでは無く入口の方へと引き返して去っていく。
それを咎める事は出来ないし、気持ちも分からないでも無い。
でもこのゲームの安全とは、後方に引き篭って何もしなければ得られるような単純な物では無い。
なぜならどんなプレイヤーにもレベルアップを唯一約束してくれる『生命の種』としての価値がある。
プレイヤーキルには強敵エネミーのレアドロップなんかより遥かに有用な価値があるのだ。
攻略が難航すればする程に、前線のプレイヤーは下層のプレイヤーを目の敵にして、その命を狩るようになる事は明白だ。
だからこのゲームには安全地帯など存在しない、食事をしなければ餓死するし、金を稼ぐ為にはフィールドに出る必要がある、恐らくNPCも、治安によっては容赦なくプレイヤーを殺害するような設定になっているだろう。
だからここで離脱したからと言って自分の身が安全になるとは限らない、ただ、この最低で最悪の体験をしなくても済むという偽りの安寧を得られるだけの話だ。
そんなの、ただの現実逃避と変わらないものだ。
だからここで逃げる事を否定する気は無いが、だが逃げても無意味な事に、逃げる方が苦しくなる事に、やがて彼らも気づくのだろうと、俺はそんな彼らの煤けた背中を呆然と見送ったのだ。




