37.命の消耗
「クソっ、ノルマは一人50体くらいか、どれだけやってもキリがねぇ、前衛は何してるんだ!」
聖女護衛部隊をしている『ペインキラー』のエースとなったカントンがそんな風に声を上げた。
戦闘開始から30分は経過しただろうか、敵の突撃は勢いを止める事無く、二陣、三陣と波状攻撃をかけて来て、容赦無くこちらの戦力を削ってくる。
皆が死にものぐるい、生き延びることだけに集中して戦っている中でカントンのその疑問はここにいる全員のほぼ総意と言っていいような言葉だろう。
ジリ貧の防衛戦には希望が無い。
故に、前衛をしているギルドが早く敵の大将首を仕留めてくれなければ被害は益々拡大し、最悪全滅してしまう。
戦況の推移は非常に単調なものとなった、敵は【聖女】を狙って突撃し、味方はボスであるタルタロスを狙って突撃するという、互いの王を狙って攻撃する、まるで将棋のような殴り合いの戦争だ。
そして数万人がひしめく平野では味方の状況を把握する事は適わない故に、俺たちはただ祈って目の前の敵を振り払う事しか出来ない。
そんな歯がゆさから、このままでは全滅するという焦りは恐らく後衛側の人間の全員が感じていた筈だ。
不幸中の幸いと言えるのが魔剣+チートバフの効果ならば、タイマンに限り敵を無傷で撃破出来るだけの上乗せがあり、そして後衛側には俺を筆頭にサポート職の人間も多くいる為に局地的に多対少の状況で敵と戦闘する事も可能だったという点だ。
その反対に攻めている前衛は、少対多の不利な戦闘を強いられている訳であり、後衛からのバックアップが満足に受けられない都合上、消耗により多くのプレイヤーが死亡している事がほぼ確実だが、この状況になった以上、それも仕方の無い事だろう。
俺たちは万全の準備をしていたし、作戦だって普通のネトゲなら周到過ぎる程に細かな作戦を立てた。
そもそも少人数のバスケやサッカーと違い、大人数戦闘に於いて重視されるのは戦術では無く、敵を誘い込んで孤立させたり兵站を破壊して撤退させたりみたいな戦略であり、そういう戦略が役に立たないボス戦に於いて正面戦闘を強要されたならば犠牲が出るのは当然の事なのだ。
ただ、俺はこの局面が理不尽だとはあまり感じない。
なぜなら前情報どおり魔剣が特攻武器として設定されており、そして人斬りNPCで予習していれば、敵の攻撃も完璧に回避可能なモノだったからだ。
懸念されるのは物量差によるスタミナ切れだが、これも余計な動きをせずに最小限の動きに留めれば、殆ど消耗せずに敵を倒す程度には、こちらにはチートと言えるだけの加護があった。
だから俺はただ一人、周りが一人、一人と脱落していくのを横目にしながら、無心で刃を振るい続けていたが。
戦いの中で先の戦況予測をして、このままでは物量差によって俺の命も危なくなると判断し、ペインキラーのリーダーであるオルトにある提案をした──────────。
「ごひゃくさんじゅういち!、ごひゃくさんじゅうに、 !、ごひゃくさんじゅうさんごひゃくさんじゅうよん!!、ごひゃくさんじゅう・・・うぉっと!?、ごひゃく・・・ええと、今いくつだ!?」
「今ので536だよ、ふーん、それが一億の名剣の力か、こりゃキルスピードじゃ敵わないね、よし、勝負の内容を変えようか、雑魚狩りで競っても仕方ないし、ボスを先に倒した方が勝ちって事でいいかな」
「ああ、オレも数を数えながら戦うの、頭がパンクしそうで正直参ってたんだ、そっちの方がシンプルでオレも助かる」
「それじゃあノワリン、ここからは競走だ、健闘を祈るよ」
そう言ってレインは今まで背中を預けていたノワを置いて包囲を突破する。
ノワとレインは部隊の先陣を切って戦っていたが、二人は完全に包囲されており、ボスにたどり着くのは千の肉壁を突破する必要があり、容易では無い。
それは二人が敵から最大の脅威として補足されて、孤立するように戦力を割かれている為であるが、仮にそれを知っても知らなくても、二人は構わずに突撃し続けるだろう。
前回の戦闘からひと月という期間は、それだけ二人の欲求不満を募らせるだけの間隔であり、そして、ノワはそれ以外にも剣を握る理由があったのだから。
(────無限に力が湧いてくる、勇気は三千倍だ、今なら誰が相手でも負ける気がしない、敵の動きがスローモーションみたいに全部見える、これが、団長との〝絆〟の力・・・!!)
ノワは鬼神の如く二刀を振り回す。
武神に遭えば武神を切り伏せ、剣豪に遭えば剣豪を圧倒する。
その暴力の化身のような姿を見たレインは、一つ上の位階に達したノワの勢いに戦慄し、思わず目を奪われる程だったが、圧倒されてもレインは冷静に戦局を分析していた。
(・・・さて、ボクらは分かりやすい囮として動いている訳だけど、誰がボスにたどり着いてくれるかな)
レインは最初から雑用も遊撃もする気は無かったので、元々ノワをけしかけて突撃する予定だった訳だが、それによりボスから脅威と見なされて遠ざけられてしまったのは誤算だった。
敵は一人の将によって万の軍隊が手足のように動き、脅威度の高い相手に的確に戦力を分散させている。
これは一人一人がプレイヤーで自己保身の自我を持っている意識の統一なんてできるべくも無いプレイヤー側が戦わされるにしてはあまりにも不条理な相手だったが、しかし、その機械的な合理性にこそ活路があった。
それを理解出来る人間がいれば、この戦いは間もなく終結するし、いなければ不毛な消耗戦で自分以外の多くが死ぬだけ。
レインにとってはどちらも等価値の話なのだから、わざわざ自分のお節介を人に説明する事はしなかった。
そしてレインの思惑通りにそこから戦局は一気に加速していくのであった。




