36.包囲消耗戦
「【聖女】様、聖歌の準備をお願いします!!」
ツチノコがそう指示を出すと一人の少女が頷き、戦場に響き渡るような凛とした歌声を響かせた。
「────夢の中、重なった、刃の逢瀬」
それはテクニックも声量も機械的に完璧なモモの歌声とは違い、こぶしやビブラートなどのテクニックは未熟なものの、勢いと迫力はモモを上回るような、テクニックではなく持ち前の美声を誇示するような歌声だった。
清楚なお嬢様系のアニメ声で、和ロックの二つ目の聖歌を歌う歌声は、それもプロの水準に十分達しているような美声であり、そのあまりにも鮮烈で明朗な美声に、鳥肌を覚える程に聞き惚れたのは俺だけでは無いだろう。
そして聖歌の効果により自動でフィールドに三味線をベースにした伴奏が鳴らされるのと同時に、二つ目の聖歌の効果である「刃こぼれ無効」「仰け反り無効」「刀剣無敵貫通効果付与」「刀剣聖剣属性付与」と言ったチートバフが付加される。
これにより折れかけていたプレイヤー達の闘志が再び燃え上がり、両者雄叫びを上げて激突する。
「よっしゃ、大将首は貰った!!」
「くっ、早いっ!!」
敵の先鋒である武蔵が二刀を構えてツチノコに突撃する。
ツチノコは武蔵の勢い盛んな突撃により後方に吹き飛ばされて、そこから一気に陣形が崩されてしまい、こちらの後方部隊まで敵がなだれ込んで来る。
敵は勢い盛んな数万の兵士であり、その怒涛と押し寄せる突撃を受け止めるにはこちらの戦力ではどうしようも無いくらいに戦力差があった。
武蔵を先鋒とした軍団の突撃によって陣形が一気に瓦解する、そう思われた矢先。
「二刀流のエネミーは初だ、燃えてきた、団長、背中は任せた!」
「いいねいいね、プレイヤーより機敏に動いてくるじゃん、やっぱボス戦はキリ番に限るね、ノワリン、どっちが多く狩れるか勝負しよう」
「乗った!、負けた方が有り金全部渡すって事でいいかな」
「いいね、それくらいのリスクが無いと燃えないよねぇ、それじゃあ、最高の殺戮ショーを始めようか!」
そう言って二人の命知らずはたった二人で武蔵の突撃を受け止め、そこから敵軍を押し返して行った。
そしてたった二人の突撃は瞬く間に敵軍に囲まれ孤立無援となり、こちらからは救出不可能となる。
「っておい、独断専行した挙句にいきなりピンチになってんじゃねーよ!!、いくら武器が強いからってもっと冷静に戦わないとこの物量差だとスタミナ切れで終わるだろうが!!」
このゲームにはスタミナという如何ともし難い戦闘時間の制限がある。
ヒールをかければ回復出来るものの、俺がヒール出来る範囲にも制限があり、当然敵軍に囲まれて孤立している相手にヒールを届かせる事は不可能なのだ。
これは本当になんとかしないとヤバい状況なのだが、当の本人達は全く気にした素振りもなく二刀流とナイフで数多の英霊たちと正面から斬りあっている。
チートバフの効果か、こちらの攻撃は当たりさえすれば致命傷を与える事が出来るようであり、二人は秒速でキルレートを稼いでいる訳だが、そもそも敵の戦力が桁違いであり、その快進撃もスタミナ切れで終わるのは明白だった。
俺はいかにして救出するかを考えつつ、周囲の様子を観察すると。
「よし!!、今だ!!、あの二人に続け!!、たった四人のギルドに貢献MVPを取られたら恥だぞ、行くぞお前ら!!、突撃!!」
そういってツチノコが自身のギルドである【UMA捜索隊】を率いて包囲されているノワとレインの救出に向かう。
ツチノコの50人近くのパーティーメンバーはほぼ全員が魔剣を装備しており、敵に攻撃を当てるのに難儀しているものの、一発当てればほぼ致命傷を与えられる事から魔剣と聖女によるチートバフの効果は絶大であり、1000人対数万の戦いにも綱渡りだが勝機が感じられた。
しかし敵は圧倒的物量差を活かして隊列を延伸していき、戦場が無限の広がりを持つ開けた荒野である都合上、それらの陣形の延伸は数が多い方が少ない方を包囲するという形で戦況は推移していく。
気づけば俺たちは後方部隊まで全体で敵に包囲されていて、そして各自がそれぞれ敵兵と戦い、当初のギルド毎に前衛をスイッチするという方針が完全に破綻していた。
各ギルドはそれぞれのメンバー同士をスイッチする事でスタミナ切れを回避している訳だが、少人数のギルドや後衛のギルドなんかは手練の強敵エネミーである英霊の突撃を防ぐ事もままなず、何人かはそれで死亡してしまっている。
幸いではあるが、聖女役である少女の所属が一番の大所帯である【ペインキラー】である為に、そこの守りだけは他よりも戦力に余裕はあるものの、やはり【聖女】にはヘイト値を上乗せする効果があるのか、その分敵からの攻撃も集中していて守りは磐石とは言えなかった。
「・・・10階層がゾンビ化によるまるで将棋のリスクマッチだとしたら、20階層はぶっ壊れ物量による消耗戦と言った所か、これは高レベルのプレイヤーでも少しでも判断を誤れば死ぬようなヤバい試練だ」
10階層は純粋に個人の戦闘力がモノを言う戦いであり、また、弱小プレイヤーでも時間稼ぎや後方支援という役割があった訳だが。
この階層では物量差によりほぼ全てのプレイヤーが総動員で前衛に立つ必要があり、そして高レベルのプレイヤーでも、孤立した味方の救援や、ボスであるタルタロスを倒しに無茶な突撃をすれば、物量に押し潰されてスタミナ切れで死ぬだろう。
つまり、冷静に戦力の消耗を見極めてリスクコントロールをする必要があるという訳だ。
「・・・それなのにうちの最高戦力二人は役割放棄して独断専行とか、本当に泣けるぜ・・・おい、モモ!!」
俺は無謀なバカ二人は自力でなんとかするだろうと見切りをつけて、モモに指示を出した。
「【聖女】の救援に向かうぞ、予備の聖女であるお前が近くにいた方が何かと都合がいい、聖女バフが切れたら一気に崩される訳だからな」
「え、でも、ノワとレインは・・・!?」
「あいつらは自分でなんとかするだろ、それにあっちに付いていったら俺たちじゃ身が持たない、だから【聖女】の救援に向かう」
そう言って俺は現在苛烈な攻撃を受けている聖女の方へと聖剣グランキャリバーを抜刀して駆け出す。
聖剣に【聖剣属性付与】の効果があるのかは分からないが、聖女のチートバフの効果により持っている聖剣は普段より軽く、そして白く光り輝いていた。
「ふんっ、せいっ、せやあっ!!」
「ぎゃああああああああああああ」
聖女を守るペインキラーの面々は、敵からの苛烈な攻勢により圧倒されて、じわじわと戦力を削られていた。
「こ、こんなの聞いてねぇぞ、俺は聖女を守るだけの簡単なお仕事だって聞いたからボス戦に参加したのに、こんな危険な戦いになるなんてっ!!」
1000人もいるから1人くらい逃げてもバレへんやろ、という出来心で脱走する兵士もぼちぼち現れる程に、ペインキラーの士気は最低レベルまで低下していたが、脱走しようにも部隊は包囲されており、そして敵は逃走を許してくれるほど寛容では無く、逃げ出した兵士は無様に背中を刺されて消滅する。
その光景を見て残ったもの達は腹をくくり、なし崩し的に聖女と心中する覚悟を固めるのだが。
「くっ、左翼がピンチだ、カントン君、救援頼む!!」
「悪い、手が離せねぇ、こっちもピンチだ、俺のスタミナ切れが近い、他のギルドから救援は出来ねぇのか」
「どこもギリギリだよ、後衛の【RotPrincess】さん達だって前衛に駆り出されてる程に、なんとか敵を倒して活路を開きたい所だが・・・いけない、このままじゃ押し切られてしまう──────」
防衛陣形の左翼、一番苛烈な突撃を受けていた箇所が破られて、円陣で護られていた聖女の下に一人の兵士が襲いかかった。
聖女の少女は歌いながら抜剣し、兵士の一撃を受け止めるものの、装備しているのが魔剣では無い少女はそれで吹き飛ばされて、それと同時に聖歌も途切れてバフが解除されてしまう。
「我が名は魏延、お命頂戴致す、ふんっ!!」
「きゃあああああああああああああああああああああ」
武将の無慈悲な刃に少女は耐え切れなくなって悲鳴を上げた。
迫り来る死の恐怖に役割を放棄した少女を咎めるられる者はいないだろう、それだけの絶体絶命なのだから。
しかし、それでも勇者は聖女の怠慢を許さなかった。
「──────────おいおい、悲鳴なんて上げてるんじゃねぇよ、チートバフが切れるだろうが、ほら、早く立って歌え」
俺は聖女を襲う武将を背後から突き刺すと、尻もちをついてる少女に手を差し出して早く聖歌を歌うように催促する。
しかし少女は腰が抜けたようにその場に尻もちついたまま、心ここに在らずと放心しているようだった。
・・・どうやら死の恐怖で頭が真っ白になったようだ、まぁ、仕方ないっちゃ仕方ないか、急に命綱無しでバンジージャンプする夢を見て、実は夢でしたと言われても実感なんて無いんだから。
仕方無しに俺はモモに指示を出した。
「こいつ気絶してるっぽいからモモ、予備の聖女であるお前が聖歌歌え、二つ目の聖歌、完璧に歌えるんだよな?」
「その予備の聖女って呼び方やめてくださいよ、私だってちゃんと聖女の勉強してるんですからね、完璧に仕上げた私の聖歌、聞かせてあげますよ」
モモが直ちに聖歌を歌う事で、チートバフはかけ直されて劣勢になった部隊は再び押し返す。
バフが途切れたのはほんの数十秒の間だが、チートバフはやはりチートなので、その間の弱体化だけで多くのプレイヤーが血祭りにされてしまった訳だが、まぁノワとレインはそれでも生きてると信じよう。
そして今度は敵がモモを狙って突撃にくる訳だが、俺はバゼルランドでの人斬り達との戦いの成果を見せるチャンスと思い、迫り来る武将達を聖剣で切り伏せて行くのであった。




