7.猫バーグの味
「まぁ適当に寛いでよ、部屋は余ってるからさ」
俺たちがレインに案内されたのは、繁華街からやや離れた所にある貧民街の、くたびれた一軒屋の一室だった。
そこは汚物らしき悪臭が微かに漂い、カビ臭さとホコリが蔓延した最低と形容するに相応しい部屋であり、俺もモモも顔をしかめていたが、レインは気にしてないようにランプに明かりを灯した。
「なんだここ、空き家か?、それとも家賃払って借りてるのか?」
「ただの空き家だよ、ほら、最近何かと物騒でしょ、それで家主が死んだり家族の所に身を寄せたりして、放置されてる家がいくつかあって、そういうのを見つけて使ってるって感じかな」
スラムにはあまり近づかなかったから初耳だが、空き家を宿として利用出来るという事みたいだ。
「・・・なるほど、俺はNPCの家は不可侵設定されてたり宿泊不可だと思ってたが、意外と空き家に泊まったり出来たんだな」
「まぁ所有権が設定されている家は家主の許可が無いと入れないんだけどね、ここは空き家だから、誰でも入れるってワケ、ま、その代わり防犯セキュリティは無いんだけどね、でもまぁ宿代わりには出来るし、この辺の空き家は結構争奪戦になってるね」
どうやらレインは貧民街を拠点に活動していたらしく、その事情に詳しかった。
「貧民街って治安が悪そうなイメージだけどゴロツキとかに襲われたりとかは無いのか?」
「あんまり無いね、基本的に【勇者】は保護された存在だし、余程恨みを買う事をしないかぎりNPCは無害だよ、それに、もし襲ってきても正当防衛だしノーリスクだ」
「ふうん、なぁそれならプレイヤーがNPCを殺害する現場とか見たことあるか?、最近多発してるらしい殺人事件、俺はプレイヤーの犯行なのか、王様を殺した殺人鬼の犯行なのか、未だに半信半疑というか、本当にこのゲームでグラセフが始まってるのか確証が持てないんだ」
俺はスラムの治安について詳しいレインにそう質問した。
殺人鬼の捜索というミッションをこなす為にスラムとの関連性も知りたいと思ったからだ。
「その疑念は自然な事だね、でもボクは見てるよ、もう何度も、だって富豪NPCを殺せばその所持金の全てを奪える訳だからね、服だって奪える、動物と違ってNPCは死体が残るけど、それも隠せば見つからないし、1日経てば消える、保存の魔法をかけない限りね、死体の顔を焼けばこの世界にDNA鑑定の技術が無いから特定は不可能だ、故に既に完全犯罪は無数に行わているよ」
よほど多くの現場を見てきたようなそんな詳らかな口調であり、それほどこのスラムでは過酷な殺人が行われているという事だろう。
「・・・つまり、善人のプレイヤーはクエストなど正攻法で稼ぎ、そして悪人のプレイヤーはNPCをシバくことで稼いでいるっていう訳か」
「ま、略奪を行ってるプレイヤーが悪人と言えるかは分からないけどね、困窮した上での犯行かもしれないし、グラセフのつもりで18禁ゲームの流儀に則った上で正攻法で攻略しているつもりかもしれないし、それに普通に殺人をすれば目撃者に通報されて捕まる、だから普通のゲームみたいに短絡的な強盗殺人は出来ないからね」
「・・・そこまで詳しいって事は、お前、もしかして…」
こいつは色々と知っているようだが、流石に見てるだけにしては知りすぎている気がした。
俺の当然の疑問に対してもレインは平然と、そんな馬鹿なとでも言いたげに答えた。
「何?、ボクを疑ってるの?、でもNPC狩りで金策が出来るなら、わざわざ時給の低い猫狩りをする必要なんて無いよね?」
確かに時給の低い猫狩りをレインがやっていた事は一つの証拠として成立するものではあるが。
「それはそうだが、でも、だったらなんでそんなに詳しいんだよ」
「そりゃここは無法地帯の最前線なんだし、普通に生きてても犯罪と遭遇するってだけの話でしょ、それより焼けたよ、猫肉のハンバーグ」
そう言ってレインは素朴な黒い物体が乗った皿をこちらに持ってきた。
「これで熟練度3だし、そこそこの味にはなってるんじゃないかな、熟練度0の時はそりゃ食えたものじゃなかったよ」
熟練度、よくある料理を作る度に上がるステータスの事だ。
キッチンで調合する度に上昇ステータスであり、料理に手間がかからないのがこのゲームの仕様なのだ。
「へぇ料理スキルとかもあるんだな、それじゃあ頂きます」
俺は手を合わせて特に食欲を掻き立てない香りを漂わせる黒い肉の塊を口に運んだ。
その味は猫と思って食ったからか、警戒して食ったからか、意外と普通の味だった。
ほんのり塩気があって、汁気がある素朴な味。
そんな初めて食った猫の味は。
「うっ──────────普通に、不味いな、なんというか、獣臭さの中にゲロの味が隠れているような、腹が減ってても食べたくないような、食えないほどでは無いけど、不味いとしか形容のしようが無い、微妙な味だ」
あと一段階不味さの次元が上ならば吐き出すような微妙な味だが、味付けのおかげか熟練度3のおかげか、飲み込む事は出来た。
「食レポありがとう、ま、野良猫の肉なんてこんなもんだよね、もし美味しいなら、皆こぞって狩りまくってるだろうし」
そう言ってレインはハンバーグを一口で頬張り、一気に飲み込んだ。
味覚も忠実に再現されてるゲームではあるが、消化器官まではそうでは無いので、どんな不味い食べ物も腹に入れれば同じという点は有難いか。
「うう、猫ちゃん、頂きます 」
対照的にモモは、味わうようにしっかり咀嚼して猫バーグを平らげた。
食い方を見ていた感じ、こいつは結構育ちが良さそうな印象を受けたが、それは俺の育ちが悪過ぎるだけか。
俺たちはその後、それぞれ空いてる個室に泊まって一夜を明かしたのであった。




