19.出走、億千万の大レース
「おいおい、悪魔の馬が初めてゲートに入ったぞ、今まで乗りこなせた者のいない悪魔の馬が、初めてレースに出走する、これは大荒れの予感だぜ」
悪魔の馬デビルマツカゼがゲートに入った事により、会場はかつてない波乱を感じ、どよめいていた。
「騎手はキリトか、まぁオッズも高くて二番人気だし、納得ではあるな」
ノワはキリトのなりきりプレイヤーとして知名度があった、それ故に悪魔の馬との組み合わせに多くのプレイヤーは期待し、オッズは高められていたのである。
「ダイホンメイ、ジスウドミ、モウコダマシイが手堅いかと思ったが、こりゃレースはどうなるか分からないな、かつてない名レースの予感がするぜ」
そして会場は喧騒の中に微かな緊張感が伝播し、出走時には全ての観客がレースに注目し、静まり返った。
──────────ガシャン。
「さぁゲートが開かれて各馬一斉にスタート、先頭争いは1番カミカカゼトッコウと9番ダイホンメイが飛び出したぞ!!、ダイホンメイ、大逃げか?、ハナを取ってもペースを緩めること無くぐんぐんと差を広げていく、二番手との差は10馬身差以上開いているぞ!?、これで最後までペースは持つのか?」
「おい、止まれ、止まれってこのバカ馬!!、このままじゃスタミナ切れしちまうだろうが!!」
そう言ってカントンが必死になって手綱を握ると、そこでようやくダイホンメイは一息入れて、スタートダッシュの全力スプリントを終えたのであった。
「・・・どうやら悪魔の馬の威圧感に錯乱し、〝かかり〟になってしまったようだな、まぁ、馬番の時点でそれなりのリスクはあった訳だしこれは仕方ない展開だろうが、ここからどうなるか」
俺はそこで後ろを振り返る。
マツカゼはゲートが開いたにも関わらずに出遅れていて、そしてまともに走る気はなく、なおも暴れ馬のように飛び跳ねて、ノワを振り落とそうと蛇行している。
馬力は明らかに飛び抜けている馬だったが、まともに走る気が無いのも明らかなので、この調子ではゴール出来るかも怪しい所だが、威圧感だけでダイホンメイの足を削ってくれただけでもナイスアシストだろう。
俺の目的はモモが賭けた2番ノルカソルカをアシストして三着以内、可能なら1着でゴールさせる事。
そもそもノワの勝利なんて期待してないのだから、今の時点でも十分な戦果だろう。
このレースは右回りの2500メートルで、終盤のコーナーが下り坂になっており、最終直線が上り坂というどっかの漫画で見たような設定だったが、恐らく有名なレースなのだろう。
2500メートルは長距離に分類されるレースらしいので、ペース配分に気をつけつつ、終盤に一気に捲る展開が理想的だろうか。
俺は終盤までノルカソルカの後ろについて馬群の後方から、展開を伺いつつ様子見に徹したのである。
「さぁレースも終盤、最終コーナーに入って残り800メートル!、先頭は依然としてダイホンメイ、後続との差は少し縮まって7馬身だが、後続は追いつけるか、一斉に鞭を入れてダイホンメイを追いかける、ナカヤマの直線は短いぞ、おおっと、ここで1番カミカゼトッコウ、ここでダイホンメイにぴったりくっついた、ダイホンメイ、振り切れるか!?」
「へへっ、テメェのウマは悪魔の馬に怯えてスタミナが残ってないんだろう?、優勝は俺が頂いていくぜ」
そう言ってカミカカゼトッコウの騎手、ヒデは鞭を入れてロングスパートをかけようとする。
しかしどれだけ鞭で叩いてもカミカゼトッコウはダイホンメイを追い抜く事は出来なかった。
「おいどうした、突っ込め、突っ込めよ!、なぁ!、突っ込めって言ってんだよっ!!」
「へっ、俺のダイホンメイはテメェのヘボウマとはモノが違うんだよ、テメェはそこで沈んでいけ!!」
そう言ってカントンはダイホンメイを操ってカミカカゼトッコウにタックルをかますと、カミカカゼトッコウはそれで転倒して倒れた。
「うおおおおおおおお!!!靖国万ざあああああああああああああい!!!」
カミカカゼトッコウ、離脱、残り9頭。
終盤が始まって僅か10秒で1頭離脱した訳だが、ダイホンメイとカミカカゼトッコウが争っている隙に後続から次なる刺客がダイホンメイに肉薄する。
「ザクザクザクザクザクゥ!!」
「負ける気せぇへん地元やし!!」
人気上位馬のジスウドミとモウコダマシイ、スペックではダイホンメイに僅かに劣るものの、気性難である事を除けばかなりの強豪馬であり、その豪脚による圧倒的な加速は7馬身近い差を一気に詰めてダイホンメイに並びかけた。
本来ならば一位を狙うようなウマでは無いものの、ダイホンメイの足が削られているのをみて両者好機と判断し、ここで勝負をかけに来たのである。
勝負はこの三人の三つ巴の戦いになると、誰もがそう思った事だろう、それはオッズ通りのレース展開であり、3頭は横並びで最終直線、ゴールまで残り300メートルの登り坂に突入する。
「さぁ三頭横並びで最終直線に突入、ライバルを蹴散らし勝利の栄冠を勝ち取るのはどのウマか、一斉に鞭を叩いてスパートの体勢に入った、ダイホンメイ、ジスウドミ、モウコダマシイ、三者1歩も譲らないデッドヒート、残り300、さぁどのウマが抜け出すか注目だ──────────おおっとここで、黒船襲来!!、悪魔の馬がまっ正面からから競りかけて来たああああああああああああああ!!!」
「な!?」
「ザクゥ!?」
「なんやて!?」
「はは、オレ気づいたんだけどさ、まともにレース出来ないなら、だったら全員ぶっ潰せばいだけだよな、そらマツカゼ、奴らを全員蹴っ飛ばせ!!」
マツカゼはレースに参加する事無く、絶えず暴れ狂っていたにも関わらずノワはそれに振り落とされる事無く乗馬し続け、そしてゴール付近に陣取って正面からライバルを潰す事を選択したのである。
悪魔の馬が並走する三頭に突進する。
「クソっ、なんだよあのバカ馬、おい!一時休戦だ、協力プレイだ、三人であの悪魔の馬に対抗するぞ!!」
「ザクゥ!」
「三人に勝てるわけ無いやろ、いてこましたるで!!」
悪魔の馬に対抗するべく、三頭は強烈なスリップストリームによる衝撃波を纏って悪魔の馬に突撃する。
1本の矢では脆くとも、三本の矢が合わされば、それは折れない矢となり強烈な矛となって獲物を刺し穿つ。
三者は悪魔の恐怖を超克して正面に突っ込んだ。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおいっけぇええええええええええええええ!!!!」」」
「駆け抜けろ!マツカゼ!!」
「両者激突!!、生き残ったのは──────────デビルマツカゼだああああああああ!!、悪魔の馬が三頭蹴散らし大番狂わせたあああああああああぁぁぁ!!!」
「そんな馬鹿な」
「キモォ」
「辛いです・・・」
ダイホンメイ、ジスウドミ、モウコダマシイ、離脱、残り6頭。
「どうどう、ようし、次じゃあ!!」
勝ち馬濃厚だった先団が潰されて、勝負は後方に控えていた5頭と悪魔の馬との最終決戦になった。
悪魔の馬の突進をくぐり抜けて、残り300メートルを走りきった者が勝者になる、それを理解してか、他の者たちも不用意な突撃は避けて、直線を前にしてそれぞれが息を入れたのであった。
各人の思惑とはつまり、先頭を走る誰かを囮にしてゴールに向かうこと。
それ故に各人が周囲を観察し、隙を伺っているという展開だ。
そして悪魔の馬はそこで自分の背に跨るノワを騎手と認めたのか、それとも三頭と激突したダメージの回復をしているのか、同じように動きを止めてこちらを伺っていた。
・・・最終直線は登り坂だ、仮に大外から迂回して逃げ切ろうとしても、悪魔の馬には容易く追いつかれて蹴散らされるだろう、故に各人は生半可な隙では出し抜けない事を悟り、注意深く隙を伺っているという訳である。
俺はそこで正面に陣取るノワに向かって、指を二本立てて口パクで「2番を勝たせろ」と合図を送った。
そしてそれに気づいたノワは頷き、マツカゼを操ってノルカソルカをぶっ飛ばした。
ノルカソルカ、離脱、残り5頭。
「ってオイイイイイイイイイイイイ!!!、何やってんだよ、俺は2番を勝たせろって言ったんだよ、なのに何で2番を壊してんだよ、バカなのかお前はよ!!」
俺はそこで大声でノワに突っ込むと、ノワは「また俺なんかやっちゃいました?」みたいな態度で答えた。
「え?、勝たせろって意味だったのか、てっきりオレは「2番を破壊せよ」って、それで団長が1着とる段取りだと思ったんだが・・・っておわっ!?」
そこで命令された事にキレたのか、発作的に錯乱したのか分からないが、再び悪魔の馬が暴れ出す。
そしてそれを好機と見てか、他の馬は一斉にゴール目掛けて駆け出した。
俺も慌てて鞭を入れてゴール目掛けて駆け出した。
ヘイボンモブは余力も気力も十分、しかしラストスパートに少し出遅れてしまった、故にこれは4着かなと諦めのムードで必死に鞭を叩いた。
・・・いや、4着の入賞賞金200万ぽっちを貰ってもしょうがない。
どうせ負け確なら・・・。
そこで俺はある決断をした。
「さぁ、ここで一斉にラストスパート、先頭はラッキーチンチン、続いてタマニカツゼ、ゴーゴーコング、ヘイボンモブの並びになっております、なんとなんと人気下位の4頭による最終決戦、どのウマもオッズは30倍を超える高配当馬だ、応援にも熱が入るぞ、この波乱のレースを制するのは誰だ!!」
先頭を走るラッキーチンチン、その騎手であるプレイヤー、サイト、彼は棚ぼたで得られたこの幸運に、勝利の多幸感に包まれて、胸を踊らせていた。
「まさかライバルが全員脱落するなんてな、流石はラッキーチンチン、幸運の女神に愛された馬だ」
そう思って思いっきり鞭を入れて残るスタミナを使い切る勢いでスパートをかける。
残る馬は自分と大して変わらない貧弱馬ばかりだ、だからここから追いつける馬なんていない、そう思っていたのだが。
「な──────────」
この登り坂をペースを落とさずに登り切る馬が1頭だけ、存在した。
有り得ない、悪魔の馬以外にそんな馬力がある訳が無いと、サイトは自身に並びかけたもう一頭の馬を確認する。
それは──────────
「《ヒール》!!、第一のヒールを持って命ずる、ヘイボンモブ、疾走せよ、《ヒール》!!、第二のヒールを持って命ずる、ヘイボンモブ、激走せよ、《ヒール》!!、第三のヒールを持って命ずる、ヘイボンモブ、勝利の栄冠を掴み取れ!!」
ヒール、何の変哲もない回復魔法だが、スキルポイントやレベル経験値が貴重なこのデスゲームにおいては、習得者の少ない希少な魔法。
それをウマに使用する事によって俺はヘイボンモブのスタミナを回復させて、他の馬がペースを落とす中で一息で坂道を駆け上がる。
前回の闘拳大会の反省から、俺は今回はちゃんとルールを受付で確認して、魔法の使用が反則にならない事を確認していた。
本来ならば順位を覆せるだけの効果は無かっただろう。
でもこの瞬間だけには値千金の効果があった。
デスゲームならば普通は回復よりも自衛の為の手段である攻撃スキルを優先するべきだし、レベル1のプレイヤーでたった一つしか取れないスキルでヒールを習得する人間は稀なものだ。
でもそんな俺の奇特さが、この瞬間だけは他の全てを超越して俺を勝利に導いた、そういう話なのである。
「ヘイボンモブ、足色は衰えず、振り切ってゴール!!、1着はヘイボンモブ、4番ヘイボンモブだ!!、2着ラッキーチンチン、3着タマニカツゼ、大番狂わせ、最後の最後にヘイボンモブが脅威の末脚を見せつけてゴール!!、レースの脇役が今、長い苦難を超え主役に成り上がった、なんという名勝負、なんという決着、伝説的な名レースの勝者はヘイボンモブだ!!」
場内はその日一番の歓声に包まれて、俺は拍手で讃えられた。
これはリアルマネーでは無くゲーム内の通貨であり、そしてこれがプレイヤーのプレイするゲームだからだろう、思ったより罵倒や野次が飛んでくることは無く、俺は純粋に賞賛を浴びせられた訳だ。
そして俺は案内に従い退場し、1着賞金の1000万を貰って競馬場を後にしたのであった。




