6.騎士団長バスター
そして俺たちは3時間くらいかけて街の中を隅々まで捜索したが、未発見の野良クエストを見つける事は出来なかったので仕方無しに、地に這い蹲って落ちてるお金を拾う事にしたのであった。
「ありました、花瓶の下に銅貨が1枚!」
「・・・これで、96グランか、時給30円、これで今日を凌ぐのはキツイな・・・っと、そろそろ15時か」
中世風の世界観ゆえに時計が無いので、俺は日の傾きから大まかな時間を予測して小銭拾いを切りあげた。
「15時になると何かあるんですか?」
「ああ、騎士の修練場でな、騎士との腕試しが開催されるんだ、それに勝てば賞金が出る、対戦する騎士は日替わりで、強い騎士から弱い騎士の当たり外れがあるんだ、無論、これも報酬が貰えるのは先着順だが、だがまぁ、挑戦しないにしても、情報収集の場になる」
修練場は戦闘マップに出られない現状における唯一戦闘の出来る区域だ、故に、実力者の選別やギルドの選定の大きな判断材料になるだろう。
現状としては上位のギルドが挑戦権を独占し、ソロや弱小ギルドが参加出来る幕は無いものの、ギルドに加入しようと考えるならば絶対に無視できない催しだ。
もし仮に誰も倒せない騎士を倒したならば、その人材をどこのギルドもこぞって欲しがるだろう。
また、そういう人間とはフィールドでアイテムの奪い合いになったとしてもケンカしない方が得だ。
故にここでの情報収集はデスゲームに於いての死活問題に直結するし、仮に報酬を得る事が出来なくても、積極的に参加したい催しなのである。
まぁいままでは〝おつかい〟で半日拘束されてたし、この催しがあるから〝おつかい〟を人目につかずにこなせた訳でもあるんだがな。
今は事情が変わったので、今日は久々に様子を見に来たかったのである。
俺はさわりだけまとめて、そんな風にモモに説明した。
「そうなんですね、勉強になります」
修練場には1000人、いや2000人くらいはいるだろうか、今日の食い扶持を探している人間や、稼げずに独房に入っている人間を除けば、ほぼ全員がここに集結していると言ってもいいのかもしれない。
そして今では戦う順番も上位ギルドの内で談合がされているのか、闘技場に立った騎士に対して、一人のプレイヤーが名乗りを上げる。
「我こそは【勇者】ツチノコ、手合わせ願いたい」
「私は王国近衛騎士団騎士団長、バスター、了解承った」
騎士団長、最初はヒラの兵士から始まって今は騎士団長クラスまで上り詰めたのだとしたら、これがこの修練場における最終ボスなのだろう。
日替わり故に法則性があるかは不明だが、騎士団長クラスならば、解放フラグによって解放されるのが自然なゲームの習わしだと思う。
俺が見てない内にずいぶんと進展していたのだと思いつつ、やはりソロでプレイする事の情報格差のようなものを感じた。
そしてプロゲーマーツチノコと騎士団長バスターの決闘は、「いざ尋常に、初め」の合図で火蓋を切った。
「そなたは受けが得意のようだからな、こちらから参ろう」
そう言ってバスターは人間を超越する速さでツチノコに斬りかかった。
俺はギリギリ目で追えたが、その速度はツバメに匹敵するようなものであり、普通の人間なら見失う程の速度だ。
ここで俺は、小さな白い白球を追いかけていた経験が生きたという実感を得るが、しかしそんなバスターの攻撃を真正面から綺麗に受け止めたツチノコの姿には、流石に驚かずにはいられない。
ツチノコは驚異的な反射速度でもって人知を超えたバスターの攻撃を華麗に捌ききり、そして隙を見ては反撃する程の余裕を見せつける。
ツチノコは明らかに人外であるバスターと互角に渡り合っていたのだ。
その一連の攻防がひと段落着くと観衆は声を上げて、拍手で両者を褒め称える。
そして舞台の熱が冷めて再び静寂を取り戻すと、両者は仕切り直した。
「見事だ、騎士団長である私と渡り合うとは、流石は【勇者】、こちらも本気を出さざるをえないようだな」
「今までは小手調べってか?、いいぜ、てめぇが本気で来るっていうなら、その本気ごと、俺がぶっ倒してやるよ」
バスターは着ていた鎧を脱いだ、それらは重厚な鋼鉄製であり地面に置くとその反響音は鐘のように響いた。
着脱可能な全ての鎧を取り払ったバスターは、今度はさっきの三倍の速さでツチノコに肉薄する。
バゴォーン!!!!
受け止めたツチノコは吹っ飛ばされて、場外ギリギリまで転がるが、ツチノコは辛うじて踏みとどまる。
しかし、そこにバスターは容赦なく追撃をいれて、ツチノコに一撃を見舞った。
「ぐあぁっ!!」
決着。
驚くほど呆気なく、本気になったバスターはツチノコを撃破した。
やられたツチノコに仲間らしき取り巻きが駆け寄った。
「チックショウ、いきなりガー不で殴ってくるとか、初見殺しもいい所だろう、こりゃ、まだまだ解析が必要そうだな」
「そうだね、通常時の攻撃が20Fくらいなのに対して、本気時の攻撃は10F切ってた、あんなほぼモーション無しのクソ技に反応出来ただけでもすごいよ」
「でも動きはかなり直線的で突き技は使って来ないから、多分間合いを見切れば回避は可能になりそうだ、そこからどうやって反撃するかだけど」
「それなんだがな、戦ってみた感じ、奴はほんの僅かだが右手側の反応が鈍い傾向がある、多分それがこのボスの弱点の手がかりなんだと思う」
「OK、じゃあ俺は右手側を重点的に攻めて弱点探るわ」
そんなミーティングをわざわざ大声でした後に、またまたツチノコのギルドのメンバーから二の矢が放たれた。
「我こそは『UMA捜索隊』副団長、アニャルマック、お立ち会い願う」
「我こそは王国近衛騎士団騎士団長、バスター、承った」
そしてアニャルマックはバスターの攻撃を捌こうとしたが、アニャルマックは一撃で粉砕されて退場する。
殆どが瞬殺だった為にこの日100人近い人間がバスターに挑んだが、誰もバスター相手に5秒以上生存する事は叶わず、バスターを解析する事は叶わなかった。
そして日が暮れて修練場は店じまいとなった。
俺たちはそのまま、暗くなった夜道を小銭を探しながら歩いていく。
普段なら夜でも開いてる店はあった筈なのだが、万引きや無銭飲食といった犯罪が横行するようになってから今では夜間に出歩く人間すら殆ど居らず、まだ日が暮れて間もないにも関わらず、街は静寂の中にあった。
まだ開店しているのは、騎士の御用達で無銭飲食が不可能な酒場と宿屋くらいのものだろうか。
こうなっては野良クエストを探す所の話では無いだろう。
「・・・流石にもう、クエストとかは無いですよね」
「・・・そうだな」
こんな状況で出歩いていては見回りをしている騎士や連合軍の人間に咎められて面倒を被る事になるだろう、故に、殆どのプレイヤーは宿に篭っているし、出歩くというのはつまり自分の残金が尽きたと告げているようなものだった。
教会に行けば保護してもらえるという話も聞いたが、教会の甲斐性は極わずかであり、10人も泊まれば食事が足りなくなる有様らしいから、今からいって快く受け入れて貰えるとも思えない。
俺は既に、どのタイミングでモモに解散を告げようか悩んでいたが、しかし、明日になれば10万グランを稼ぐ女を見捨てるというのもまた、口惜しい事だった。
俺はモモに施すべきか否かを悩んでいると、モモは唐突に声を上げた。
「あ」
そう言ってモモは駆け出していく。
俺は黙ってついて行った。
「猫ちゃんです、野良ですかね?、わぁゲームの中なのに手触りが凄く気持ちいい、まるで本物みたい」
と、モモは野良猫に駆け寄っていくと猫を撫で回して戯れる。
人懐っこい設定なのか、猫はモモに撫でられる事に喜んでいるようだ。
「へぇ、すごいな、作り込みのあるゲームだと思ったけど、仕草まで本物みたいだ」
そう言って俺も猫に触れてみようと手を伸ばした。
すると。
「キシャアアアアアアア!!」
猫は俺の手に噛み付いて逃げ出した。
「な、てめぇよくも、許さねぇ!!」
俺は怒りのままに猫を追いかけると、モモも付いてくる。
「ダメですよ、動物虐待はいけませんよ、きっと驚いただけです」
「でもさ、何か悪いことして噛み付くならともかく、何もして無いのに噛み付くのっておかしいだろ!、あいつ、俺が近年稀に見る態度で優しく接してやったのに、それを跳ね除けたんだ、絶対に許さねぇ、三味線にして食ってやる!!」
「三味線は食べ物じゃないですよ〜」
と、路地裏の角を曲がった所で、俺はそいつに出くわした。
「ラッキー、本日5匹目、うーん大量、ってあれ、もしかしてこれ、君たちの獲物だった?」
と、俺たちが追いかけていた黒猫は、一人の少年によって踏みつけにされていて。
そしてその猫は首を折られて虫の息だ。
「ひっ──────────」
モモが戦慄して絶句する。
俺も相応にショックだったが、獣を狩るという行為もまた金策になるだろうと想定していたので、こういう光景に出くわす心構えは出来ていた。
故に俺は冷静に、中性的な容姿の少年に言い返した。
「ああそいつは俺たちの獲物だ、獲物の横取りはマナー違反だろ、その猫を路地裏まで追い込んだのは俺たちなんだし、半分くらいは分け前を貰ってもいい筈だ」
「早い者勝ち、と言いたい所だけど、猫狩りは追い込みが一番難点だからね、ま、挟み撃ちに出来たのは君たちのおかげでもあるし、分け前は譲るよ、肉と皮、どっちが欲しい」
少年はそう言って猫を踏みつぶすと猫は消失し、少年は戦利品を得たようだ。
この口ぶりからして少年は熟練の猫ハンターらしい、肉と皮、どっちが値打ちがあるのかは分からないが、道具屋が店じまいして今からの売却が叶わない以上、胃袋を満たしてくれる肉の方が速攻性があって助かるか。
いや、それよりも。
「・・・だったら、金に立て替えて渡してくれないか?、どうせ複数狩ってるなら明日売却する手間も変わらないだろう、だったら金で渡してくれた方が、俺たちは助かるんだが」
「ふーん、お兄さんたち、無一文なんだ、って事は飯無し宿無しだね?」
少年は値踏みするように不躾な視線でこちらを観察する。
「・・・だったらなんだよ、言っとくが、金がないからって犯罪を手助けするつもりとかは無いぞ」
「あはは、別にそんな事頼まないよ、それよりいい提案があるんだ」
「提案?」
「ボクと一緒に、猫狩りのグループを組まないかい、さっきも言った通り、猫狩りは追い込みが手間で一人だと効率が悪いからね、三人でなら、きっと今よりもっと効率的に狩りが出来る、報酬は山分けでいい、食事と宿も提供しよう、どうだい兄さん」
「無理ですそんな、猫ちゃんを狩るなんて…」
モモからして見れば猫を狩るなんてありえない話だろうが、俺からして見ればありえないくらいにオトクな話だ、故に即答した。
「乗った!!」
「なんでですか!!罪もないかわいいだけの猫ちゃんを狩るなんてそんなの、そんなの絶対有り得ません!!、キリヲさんの事、信じていたのに!!」
「うるせぇ、こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際に生きてんだよ、それなのに猫1匹でピーピー騒ぐんじゃねぇ!!、俺の言う事が聞けないなら──────────失せろ!!!」
「──────────っ!!」
俺が強い言葉でモモをぴしゃりと窘めると、モモは涙目になってこちらを睨んだ。
俺は負けじとモモの目を睨み返して言い放つ。
「それにな、なんも罪も無いとか言うけどな、人間だって、アメンボだってミジンコだって、生き物はな、他の生き物を食らうっていう〝原罪〟を背負って生きてんだよ!!、生き物は他の生き物を喰らうことでしか生きられないんだよ、お前まさかヴィーガンか!?、仮にヴィーガンだとしても、ワクチンとかは動物実験や生き物由来の成分で作られてるし、着ている服やランドセルだって動物の皮から作られているんだよ!!、そんな生き物が他の生き物の命を使って生きてるって現実から目を背けて!!猫がかわいそうだから生かそうとかいうエゴ、認められる訳ねぇだろ!!。
すぅぅぅ────────猫だってな、沢山罪背負ってんだよ、悪者なんだよ、ネズミを虐めて殺したり、蟻を踏みつけにして生きてんだよ、そんな罪深い猫を殺す事は悪じゃねぇ、寧ろ罪深い猫の魂を救う〝救済〟だ!!、もしお前がそれでも猫を庇い、猫の味方をするっていうなら、お前は善人じゃねぇ、偽善者でもねぇ、自分のエゴで他者を痛めつける悪人だ!!。
生類憐みの令って知ってるか?、他の生き物の命を尊重するって事はな、つまり人間の命を尊重しないって事だ、つまりお前は命を大切にしているようで、人の命を蔑ろにしてんだよ!!、だから人はな、自分のペット以外の動物の命に、感情移入しちゃいけないんだよ、ヴィーガンなんてクソ喰らえだ!!、そんな主張は、天国で一人でやってろや!!それでもお前が俺に逆らうっていうならば、もし俺がデスゲームから生還したら、俺がお前の家に猫の死体を送り付けまくってやるよ!!、お前の目の前で猫を殺して、皮をはいで、肉を貪り食ってやるよ!!、なぁモモ、一度だけ確認してやる、それでもお前は──────────俺に逆らうのか?」
俺は感情のままにまくし立てる。
この問題は簡単に結論が出せないくらいセンシティブだ、だから過激な感情論で説得するしかないからだ。
そして俺の〝本気〟を悟ったモモは、それに感化されてたじろいだ。
「うっ、うぅぅ・・・わた、私は、猫ちゃんが、かわいそうで、殺すなんて出来なくて・・・」
あまりにも極論過ぎるがデスゲームの中では反論のしようが無いポジショントークの正論に、モモは何も反論できずに泣き出してしまい、まともに会話できる状態では無くなった。
故に俺は、モモを逃がさないように、頭を撫でながら優しく諭してやる。
「お前が優しくて心が綺麗な女の子なのは俺はよく知ってる、そんなお前が猫を殺すのが辛い気持ちも良く分かる、でも、一つだけ答えてくれ
──────────お前はヴィーガンか?」
「・・・うっ、っヴィーガンじゃないです、お肉も、お魚も、大好きです、誕生日はいつも焼肉屋で、お肉をいっぱい乗せたビビンバを食べるのが、毎年の楽しみでした…」
「じゃあ、分かるよな、牛さんも、豚さんも、猫ちゃん・・・、猫さんも、皆、俺たちが生きていく為に必要な、〝お肉〟なんだ、好きとか嫌いとか、かわいいとかかわいくないとかで差別するなんて、本当はあってはならない事なんだよ・・・」
「ううっ、うううううっ、うわあああああああああああん!!、そうでした、その通りでした、私は今まで、いっぱい命を食べてきたのに、命を頂いてきたのに、その敬意を、忘れ、ただ、かわいい、かわいそうという感情だけで猫ちゃんに同情してしまいました、そんな同情なんて、ただのエゴで、差別で、殺したくないなんて、すごく、すごく自分勝手な理屈でした、世の中には私たちの為に、命を与えてくれる生き物がいて、私たちの為に、生き物を殺す人がいるのに、それに生かされてる分際でそれを否定するなんて、あってはならない事でした・・・っ!!」
「・・・賢い子だ君は、なら、そこまで分かったなら、何をするべきかはもう、分かったよね」
俺が優しい声音でそう囁いた。
そしてモモは涙を拭うと一皮むけたような表情で答えた。
「────────はい!!私はもう、命を区別したりしません、猫ちゃんだって〝お肉〟です!!だったら、私が頂いてきた命に報いる為に、私がこれからも生きていく為に、猫ちゃんの命を、───────頂きます!!」
「・・・という訳だ、俺たちは二人とも、君との協力を受け入れるよ」
「はい、私も、猫ちゃん狩りに参加します」
「あはは、君たち、面白いねぇ、うん、ボクも君たちの事、なんとなく好きになれそうだ、ボクの名前はレイン、よろしく」