4.デイリークエスト
デスゲーム開幕から一週間が経ったが、俺たちは未だにグランディス王国の城外に出られずにいた。
NPC曰く。
「殺人鬼が見つかるまで封鎖は解かれない」
そうだ。
それにより、プレイヤー達の間では、殺人鬼の発見がチュートリアルの解除条件であるという見解が広まっていた。
しかし、そこで1つの問題が浮上したのである。
チュートリアルを解除しなければ殺人が解禁されないなら、それでデスゲームが始まらないまま救助を待つという派閥と、さっさとチュートリアルを終わらせてゲームクリアを目指す派閥の対立だ。
ギルドが組織された事により、そう言った個人間の意見の衝突といったものが可視化されるようになり。
テンペの作り上げた1000人規模のギルド、攻略組改めて『愛と正義の連合軍』が主に犯人探しの反対派として探索者を取り締まり。
そしてビーター廃人の寄せ集めである『J0̸KERS』、有名YouTuberこってりやんがリーダーの『豚骨ぶらざーず』、格ゲーのプロゲーマーであるツチノコがリーダーの『UMA捜索隊』など、強豪的な雰囲気(とは言えまだ始まったばかりだが)のギルドが犯人探しを推奨していた。
全体の意見としては傍観、中立の、ギルド未所属の人間が圧倒的多数であり、ここではどっちつかずでいて、覇権を取ったギルドに後から加入しようと様子見している人間が一番多いか。
街の中では『愛と正義の連合軍』の構成員と犯人探しをしているプレイヤーの衝突もしばしば起こっていたが、しかし広大なマップに1万のプレイヤーがひしめく中で、犯人探しを止めるのは無理という結論になってか、連合軍は最終的に先んじて犯人を突き止めて、犯人を自分達で確保して監禁するという方針に切り替えたようだ。
連合軍の思想に反対するものは悪人だと脅し、手当り次第にプレイヤー達から協力を煽る様はかなり強引だったが、しかし、そこまでしてもこの1週間、誰も犯人を見つけられずに時間だけが過ぎていったのである。
俺もこの一週間惰性に過ごしていた訳では無い。
強豪 (そうな)ギルドのいくつかを周り、入団の交渉をした訳ではあるが、やはり未経験の新人をデスゲームで面倒を見るのは嫌なのか、それとも俺のコミュ力に問題があったのかは分からないが、全部断られてしまい、10件を巡った所で心が折れて、俺はそこでギルドに入る事を諦めたのであった。
心が折れた俺は、犯人探しで何かしらの手柄を上げればどこか拾ってくれるかもという漠然とした動機で、犯人探しに取り組んだのである。
犯人探しについて俺が知ってるのはこれだけ。
1.被害者はグランディス国王
2.死因は普通のナイフによる刺殺
3.殺人鬼が王国の外に出ることは不可能
4.国王が刺殺されたのは、勇者(俺たちの事)が召喚された後の出来事
5.国王の死体は時間凍結の魔法により保存され、王城には勇者は自由に出入り出来る
以上であり、正直、どうやって犯人を探せばいいのかさっぱりだった。
一度現場を見に行ったが、どこにでもいそうな普通のおっさんが何の変哲もないナイフで腹を刺されて横たわっているだけであり、手がかりになりそうなものは何も無い。
しかし、このまま何もしなくても変化は無いかと言われればそれは違う、勇者として召喚された俺たちには国王から僅かな支度金10000グランを与えられていたが、俺たちがここで生活する上で、それらは宿代や食事代として消費され、そしてそれは切り詰めて生活しても、普通に生活していれば10日で底を尽きる。
所持金が無くなれば武器を買うことは出来ず、そして満足な武器や防具を持たぬまま危険なモンスターのいるマップの外に出る事出来ないだろう。
一応、支給品として木剣と木の防具は初期装備になっているものの、ビーター達が有り金叩いて銅の大剣などを購入している事から、木剣は戦える武器では無い。
野宿や断食すればいいと思うかもしれないが、野宿や断食も、《寝不足》《飢餓》などのバッドステータスが付与されて、それが積み重なれば死ぬという理不尽設計になっている為に、人間のルールを無視してゲームに没頭するみたいな事は出来ないのである。
つまり10日を過ぎれば、所持金を無くしたプレイヤーの中から、不摂生、餓死によって死ぬ人間が出てくるのかもしれない。
故に最初は犯人探しに消極的だった連合軍も、今は躍起になって犯人探しに勤しんでいるのである。
この犯人探しという工程は、必然的に多くのNPCやプレイヤーに声をかける事になるので、RPG初心者や、MMO初心者の人間にはかなり有り難い仕様だと、俺は思った。
犯人探しを通して、短期間でギルドの中での交流や団結が生まれているように見えるし、そして全員が同じ街で活動する事により他のギルドの人間の顔ぶれを確認する良い機会にもなったと思う。
・・・まぁギルドに所属してない俺は、その恩恵は無いんだがな。
それにギルドに所属していたらしていたで、恐らく別の問題があった。
今現在、俺の目の前で繰り広げられている事がそれだ。
「おい、このクエストは俺が見つけたんだ、お前らは失せろ」
「はぁ、そのクエストは俺たちが先に見つけて3日前からずっとキープしてたんだ、お前らはどうせ昨日俺がこのNPCから報酬貰ってる所みて横取りしようとしただけだろ、汚いぞ」
「おいおい、言いがかりはよしてくれよ、早い者勝ちだろ、そもそも独占はルール違反じゃないのか?、やっぱり自己保身しか考えないビーターはクズの悪人だったな」
「んだと!!」
「やるかぁ!!」
デイリークエスト
俺たちは毎日所持金を消費する訳であるが、金銭を補充する手立てが無いわけでもない。
街の中ではいくつかのNPCがお使いを頼んでおり、その任務をこなす事で、僅かだが報酬が貰えるのだ。
それがいつ発生するかは規則的なものから不規則なものまで様々だが、だが、規則的なクエストが軍団によって独占されるというのも、それは自然の流れだった。
現在ケンカしているのは、横取りした〝連合軍〟のメンバーと、独占していた『J0̸KERS』のメンバーだ。
こういう光景は、所持金というリソースが底を尽きそうになった今、至る所で頻繁に繰り広げられていた。
まだHPが保護されている為にケンカになっても何も起こらないが、これがもし通常状態になったならば、間違いなく殺し合いが始まるレベルの衝突が、至る所で起こっているのである。
MMOは有限な育成リソースの奪い合いであり、それがデスゲームならば狩場を巡っての殺し合いだって日常になるのだろうと、今の時点でも確信出来るくらいに、いい大人がこうして小銭を巡って争っているのである。
俺はそんな彼らを尻目に、目的地へと歩いていく。
陰キャの俺は、雑音もひとけも無い所を好み、そしてそこはこの街で唯一人が寄り付かない場所だった。
“貧民用共同墓地”
他にも王族、平民用墓地が存在し、そこではお供え物を盗んで売却する事で小銭が手に入るらしいが、ここには何も金目のものは無いと判断されて、今寄り付く物好きは俺だけだったのである。
ここで俺は、粗末な墓石の影に隠れて昼寝をする。
勿論、デスゲームの最中にのんびりと昼寝するほど豪気な訳では無い、別の目的があるのだ。
閑散とした墓地の土の匂いを感じながら、俺はじっと待ち続けていた。
日も暮れ始めた頃になってようやく、ひたひたと小さな足跡が聞こえた。
間違いない、彼女だ。
これで3日連続、それでデイリークエストという確信を俺は持った。
「ママ、私、エリーゼだよ、今日もママとお話しに来たの、昨日もママに言われた通り、赤いリボンを付けてご主人様の帰りを笑顔で出迎えたら、ご主人様に偉い子だねって褒められたよ、でもねママ、私がご主人様の前でお歌を歌うと、ご主人様が悲しそうな顔をするの、ねぇママ、私、どうしたらいいのかな」
彼女の名前はエリーゼ、見た目は幼い幼女で貧民街で母親と2人で暮らしていたが、母を失い、自分の事を死んだ娘の生まれ変わりだと思ってる富豪の男に拾われたという設定のNPCである。
昼間に教会の告解室で富豪の男の悩みを聞き、そしてここでエリーゼに解決策を伝える事が、一連のクエストの流れだ。
俺はエリーゼに、老婆の声をイメージして話しかける。
この世界では声は〝イメージ〟に反映されるようであり、自分の声をイメージすれば自分の声が、女の声をイメージすればそれとなく老婆っぽい女の声が発せられるのだ。
「それより、エリーゼ、頼んできたものは持ってきたかい」
「うん、天国は寒いんだよね、ご主人様から要らなくなった手袋を貰ってきたよ、お供えしておくね、はいママ」
―【NPC】エリーゼから、高級皮の手袋(中古)が送られました―
俺は表示された画面のOKボタンを押すと、お供えされた手袋は消失し、アイテムはインベントリに収納される。
「ありがとうねぇ、お前は最高の孝行娘だよ、それで、ご主人様がどうしたって?」
「ご主人様がねぇ、私がお歌を歌うと悲しい顔をするの、ご主人様が好きな聖歌を歌ってるのに、私、何か間違ったのかな、ママ」
「それはきっと、ご主人様はねぇ、お前には聖歌じゃなくてもっと子供らしい歌を歌って欲しいと思ってるからだよ、「チピ・チピ・チャパ・チャパ!」、お前も知ってるだろう」
子役が歌って踊る現実の流行歌、昔流行った曲だが、どうやらご主人様の娘はその世代の子供だったらしい。
「うん、じゃあ今度はそれを歌って見ることにする、ありがとうママ、ねぇママ、またママに会いに来てもいいかな、ママは天国に居るのに、何度も呼び出すのは迷惑かもしれないけど」
「いいよ、可愛い娘の頼みだもの、何度だって聞いてあげるよ、でも天国も寒くて凍えると思ったら、今度はでっかいマンモスが暴れてて困ってるんだ、だからエリーゼ、次来る時は何か武器になるものを持ってきておくれ」
「武器、分かったよ」
「それとエリーゼ、お前がママとお話した事は…」
「うん…、二人だけの秘密なんだよね、誰にも言わないよ」
「いい子だ、さぁお行き、あんまりお使いを長引かせると、ご主人様が心配してしまうよ」
「うん、ママ、またね!」
そう言ってエリーゼは去っていく。
この調子なら恐らく、明日もこのクエストにありつく事が出来るだろう。
デイリークエストの相場は日当2000グランくらいらしいが、このクエストで貰えるアイテムは5000グランで売れる。
拘束は長いし、手間もかかるが、やはり隠れクエスト的な立ち位置である為か、報酬は破格であり、そして現在独占出来ているという点で、かなりおいしいクエストだ。
いつまで続くのかは分からないけれど、おかげで俺は、他のプレイヤーが資産を減らす中で一人だけ蓄財出来ている訳である。
初MMOという物珍しさでした半径1キロになる広大な街の探索と、陰キャであるがゆえの貧民墓地の占拠だったが、おかげで他の人間なら見逃すような幸運に恵まれたという訳である。
恐らく、こういう割のいいクエストも探せば他にあるだろうし、デイリーでも複数独占すれば大きな利益になるだろうから、そこまで大きなアドバンテージでも無いが。
だが、餓死の心配をしなくてもいいという余裕は、デスゲームの中にあって俺を大きく勇気づけてくれたのであった。