19.地獄の門
「これより、【愛と正義の連合軍】ボス攻略部隊による、10層ボス攻略戦を行う、この戦いの勝利の暁には、我々はこのゲームの覇権をとり、そして、このゲームに蔓延る悪人達への真の抑止力となるだろう、つまりこれは、正義の為の〝聖戦〟である!!、諸君、正義の為に戦う覚悟はあるか!!」
「「「「「サー、イエス、サー!!」」」」」
「総員、奮って戦うように!、我々には【聖女】の加護がついている!!、ここで無念に散った十傑のカマセスの部隊の犠牲に報いる為にも、必ず勝って!!、世界に!!、我々連合軍の存在を知らしめるのだ!!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」
俺たちは10階層のボス部屋の前で連合軍の団長であるテンペの演説を受けていた。
そこには連合軍のほぼ全戦力である1000人規模の人間が集まっていたが、士気は上々らしく、皆の目に闘志が滾っていた。
俺たちはそこで【聖女】となったモモを護衛する部隊として編成されて、ボス戦に臨む事になったのである。
「ふーん、随分と精強そうな部隊だね、これならボクらは必要なさそうな感じに見えるけど」
「・・・流石にこんな大人数で攻略するなら、10階層程度なら余裕そうだ」
今回は外様だがレインとノワも目立たないような変装をして部隊に組み込まれている。
指揮系統としては副司令であるオルトの麾下部隊である聖女護衛部隊の隊長となった連合軍二番隊副隊長のカントンの指揮下、ということになっている。
ま、カントンには最初から自由にやらせてくれと頼んであるので、こっちとしてはレインとノワの正体がバレないようにしつつ、ボスの攻略をつつがなく達成出来ればそれで任務成功と言った具合だ。
これまでの戦いからすれば明らかに過剰な戦力を抱えており、それでボス戦がどのように進行するかは気がかりだったが、保険としてレインとノワも呼び出した事だし何があっても命だけは守り抜けるだろう。
俺たちは未知の階層というプレッシャーに圧迫されながら、背中を押されるようにボス部屋の中へと入っていった。
──────────あとから知った事だが、鋼鉄出来た悪魔の意匠が掘られた扉には、ラテン語でこう書かれていたらしい。
「この門をくぐるもの、一切の希望を捨てよ」と。
ダンテの『神曲』の引用だそうだが、その意味を、俺たちはこれから知る事になるのであった。
中はこれまでのボス部屋よりスケールの大きい広大な広間であり、薄明かりだけが照らす暗闇はその辺際を隠し未知を増加させて、そして得体の知れないじめじめとした息苦しさを感じる部屋だった。
キィイイイイイイイイイイイイイ、ガチャン
「おい!、扉がしまったぞ、開かねぇ!!」
最後尾の男が扉の中に入った途端に、ボス部屋の入口である扉は自動的に閉められて俺たちは閉じ込められたようだ。
「狼狽えるな!、これは情報通りだ、カマセスの隊が一人の生存者も出さなかった事から恐らくボス討伐まで開かないものと見て正しいだろう、だが心配無用だ!、俺たちは万全の準備をしてここのボスを倒しに来たんだから、諸君、戦闘準備だ、第一種戦闘配置に着け!、警戒を怠るな!!」
テンペは浮き足立った団員を窘めるようにそう言って、戦闘の開始を告げた。
それに応えるようにオルトは、聖女であるモモに指示を出した。
「歌って頂けますか【聖女】様、我々を勝利へと導く、凱旋の聖歌を」
「はい──────────、すぅぅ、とーこーしえーの、あーいーをー、ささげー」
モモの聖歌は、それが【聖女】の力なのか、マイクも無しにフィールド全体に響き渡った。
それに合わせてどこからともなく伴奏も鳴らされる。
ありきたりな演出だが、やはりボス戦とはBGMあってのものだろう、軍隊が行進曲を鳴らすように、モモの歌はここにいる全ての人間の胸に、〝勇気〟という活力を漲らせたのであった。
そしてそれに合わせるかのように正面から〝敵〟が登場した。
「な──────────あれは、全滅したはずの、カマセス!?、生きていたのか?」
カマセスとは一週間前にここに突入して全滅した部隊の隊長の事だろう、簡素な鎧に身を包んだ男が、血まみれの剣を片手に部下たちとともにこちらに向かって来ていた。
「待て!!、様子が変だ、下がれっ!!」
しかしこちらに対して何の反応も見せない事を訝しんだテンペは、近づいてくるカマセスに無警戒に待ち構える先頭の男に警戒を促すが、それより早く───────。
「──────────死ッ」
「──────────え?」
宙に丸い物体が高く舞い上がった。
それは、何が起きたのかも理解出来ないまま死んだ、一人の男の頭部だった。
「っ、──────────戦闘開始ィイイイイイイイイイイ!!!、敵はカマセスの部隊、恐らく死霊術か何かで洗脳されている!!、洗脳に気をつけろ!!、異変を感じたら直ぐに報告するんだ!!」
「おいおいマジかよ、敵がゾンビとかやりにくいぜ」
「殺られた奴が敵になるって事か?、だったら被害は最小限に抑えないとな、総員、体力が減ったら直ぐに後ろとスイッチしろ!、無理はするな!!」
総司令官の命令から隊長格である十傑、ジーザスたちが部下にそれぞれ指示を出して迅速に連携を始める。
カマセスの部隊は約200人規模、1000人いる俺たちからすれば大きな脅威では無いが、敵が元味方のゾンビで死んだらゾンビにされると知ってか、戦闘は慎重で消極的な戦いとなった。
前衛部隊は三人一組で一人の相手と時間をかけて戦い、そして後方部隊は飛び道具や魔法を使ってそれを支援する。
突如として切られた戦端の火蓋だったが、各員自分の役割を理解しているように迅速に行動し、陣形は安定を保って順調に見えるが。
そこで、俺たちを嘲笑うような悪魔のような嘶きが、場を支配するように響き渡った。
「キュルルルルルルウ、ギギギィイイイイイイイイイ、ギュッボッ」
「ディ、ディメンターだ!、ワカメの悪魔!!」
「なんだこいつら!?、こいつがこの階層のボスなのか?」
けたたましい鳴き声をした浮遊するゴースト系モンスターが空から俺たちに襲い掛かる。
ゴーストは物理的な干渉は出来ないようだが触れた物のMPを奪い取り、そして増殖して絡みついて目くらましをするという厄介な性質をしていた。
ゴーストの登場で瓦解し始めた部隊に畳み掛けるように、静かに、静謐に、この部屋の〝主〟は現れた。
それは山羊の骸骨の頭をした、黒衣に身を包んだ巨体の男だった。
「ようこそ、罪深き澱の魂たち、我が名は地獄の門番ヘヴンズ・バロムート、我の糧になる為に御足労頂き、深く感謝申し上げる、ささやかな謝辞として、存分にこの地獄のもてなしを、楽しんで頂きたい──────────
舞い散る花弁は血飛沫!焦土を肥やすは兵の屍!、我が魔導を以て黒魔導の真髄をここに示せ!!
──────────《鮮血の闇儀式》!!」
グシャリ
ヘヴンズの詠唱魔法により、ゴーストに絡みつかれていたプレイヤー達が鮮血を撒き散らして圧殺される。
そして、殺害されたプレイヤーはゾンビとして復活して俺たちに襲い掛かって来た。
「う、うわあああああああああああああああああ!!!、怖い、怖過ぎる!!」
「助けてえええええええええてええ、お母ちゃああああああああああああああああああああん!!!」
そこで部隊の混乱はピークに達して、プレイヤー達は恐怖で頭が真っ白になり、悲痛な叫喚の声を上げながら戦う規律の無い混戦状態となった。
「くっ、みんな!、隊列を維持しろ!!、後衛が隊列を維持出来なくなる、バフが無くなれば戦闘は不利になるぞ、クソっ、テラズ隊、ムタロ隊、逃げるな、戦え!、お前達が逃げれば隊列が維持できなくなる!!」
テンペは必死に指示を出して部隊をまとめようとするが、ゴーストの撹乱とそれを布石にしたボスの即死攻撃、これらのコンボは非常に凶悪であり、数で圧倒的に有利であるにも関わらずプレイヤー達は死の恐怖に怯え、誰も前線に立つ事はままならない。
そして戦場は前衛と後衛が入り交じる完全な混戦状態となり、部隊は間延びして陣形は完全に崩壊した。
ゾンビがゾンビを増やし、徐々に徐々に、プレイヤーはその数を減らしていき、悲鳴ばかりが増えていく、そんなプレイヤー達の間には〝絶望〟という病が蔓延していった。
それはプレイヤー達の体を縛り付け思考を硬直させる死の病だ、しかし、それを根本的に治療する特効薬を、指揮官であるテンペには持ちえない。
故にテンペは、誰よりも果敢にボスの所に突撃するしか無かった。
「みんな!!、俺に続け!!、陣形は後から立て直せばいい!!、俺の背後を守ってくれ!!」
そう言ってボスに一騎打ちを仕掛けるテンペと、それを補佐するその部下たち。
チームのエースが先頭に立つ事で、崩壊していた連合軍の隊列は再び秩序を取り戻し、そしてそこからフォーメーションが組まれていく。
「・・・これは、ブルー○ックでみた展開だ!、そうか、チームのエースが中心になる事で、この混沌と化した集団に共通意識を植え付けたのか!!」
だがそれは、テンペがヘヴンズと互角に戦える想定での話だ。
テンペがヘヴンズと互角に戦えなければ、今度は司令官が不在となり、部隊は再び崩壊するだろう。
このフロアは集めた味方の数がそのまま不利に変わるという、とても理不尽な階層だった。
これが普通のゲームであれば、初見でなければまだ対抗策も練られたものだが。
だがデスゲームであるならば、それはクソゲーと言わざるを得ないような絶望を、プレイヤー達に与えたのである。
命の保証が無いにも関わらず、容赦なく突きつけられる初見殺しは、連合軍のプレイヤーの中に根深い〝恐怖〟を植え付けたのだ。
「ははっ、随分と面白くなってきたね、これならボクらの出番もあるかな?」
「うずうずして来た、オレも早くボスと戦いたい・・・」
「ステイだステイ、俺たちの仕事はモモが安心して歌えるようにする事だし、モモが襲われたら聖歌が途切れてHP、攻撃、魔力が二倍の超絶特攻バフも切れてしまうからな、前線を維持するよりもモモを守り抜く方が大事だし、横槍入れたら後で揉めるだろうしな、俺たちは俺たちの職務を全うするんだ!」
「そういうけどさ、あのテンペって人だけじゃ不安じゃない?、連合軍のボスなのに前線に立ってさ、あの人が死んだら色々やばいんじゃないの?」
「トップが前線に立つのは敬服するけど、指揮権を放棄するのは無責任だし、代わってあげるべきだと思う」
そう言って2人は俺の忠告を無視して飛び出そうとするが、俺は二人の首根っこを引っ張ってなんとか抑える。
「ステイステイステイ!!、言う事聞けよバカ!!、そういうのはもっとピンチになってからやるんだよ!!、最初からヘルプするのは違うだろ!!、だったら俺たちが最初から連合軍の一員として参加しろって話になっちゃうだろ!!、そしたら今までみたいな立ち回りが出来なくなるだろ!!」
俺は必死になって二人を止めるが、状況が劣勢だからか、舞台が白熱してるからか、2週間近くボス戦を出来なかったからか、二人とも血が騒いで仕方ないみたいだ。
俺はおしっこ漏らしそうなくらいに怖い思いをしているというのに、こいつらはマイペースに血の気が多いのは頼もしい事だが、それでもまだ〝勝負時〟では無いので大人しくして貰いたかった。
それから俺たちは、初めて見る連合軍の戦いぶりというもの然と観察させてもらった。
1000人規模の部隊だ、それらを一人で綺麗に指揮するのは難しいかと思われたが、経験者を優先的に上位に配置し、そして階級によって命令系統を厳格化しているこの指揮システムは、各々がそれぞれ考えて行動し、勝つ為の最適解を理解して自ら補助に動くというチームワークを自発的に生み出していた。
前衛はエリートゲーマーを厳選した集団である為に当然の如く精強であり、磐石な盾として敵の攻撃を受け止めて、そして後衛は前衛の補助をする為にゴーストを追い払ったり、適時適切な回復をかけたりスタミナが切れそうなプレイヤーのサポートに回ったりして部隊の円滑油として躍動している。
俺はここにMMOの集団戦闘に於ける理想形の雛型を見た気がした。
今は実戦経験の不足により連携が拙い部分もあるが、連合軍は戦闘を重ねる度に強くなるだろうし、野良で集まった烏合の衆である俺たちよりも遥かに強固な団結心を持っている。
連合軍が経験を積んで戦術と連携が完成形に至れば、それは間違いなくDDOに於ける最強のギルドになると、俺はそれを見て確信したのであった。




