17.革命の前触れ
「ちっがーう!何度も同じ事言わせるんじゃねぇ!、眠たいならさっさと覚えろ!、〝神聖魔法は悪霊、ゾンビ、悪魔属性の敵には効果的だが、精霊、聖獣、天使属性の敵には効果が無い、と主はお定めになった〟だ、これくらいいい加減に覚えろ!!」
「神聖魔法とか聖魔法とか光魔法とか色々あってごっちゃになるんですよ!、全部ひとまとめにすればいいのに」
「それがこのゲームの細部のこだわりなんだよ!!、神聖魔法は女神の加護、信者ランクが効果値に加算されて、聖魔法はフィールドの属性が効果値に加算され場に光が多いほど程強化される代わりに闇の中では使えない、光魔法はプレイヤーの能力だけが純粋に反映されていついかなる時も一定の効果を発揮する、確かに面倒だが覚えたら簡単だろ!」
「覚えられないから簡単じゃ無いんですよぅ〜」
モモは泣き言を言って就寝前に聖書の鬼勉を強要する俺に泣きつくが、俺は心を鬼にしてモモが覚えるまで反復させたのであった。
あくまで予測の話だが、街の名前がヘルゲートで、神聖魔法や信者ランクの習得を誘導している事から、ここから先の戦いでは悪霊ゾンビ悪魔属性の敵が出てくるという、RPGの中盤に入る事を暗示しているような節を、俺は密かに感じていたのであった。
そして数日後。
「はぁはぁ、うっ・・・、──────────やっとテストで90点取れました!、中学受験の時よりも勉強したかも・・・嬉しくて涙が止まりません!うわああああああああああああん!!」
「まだ満点取れないのか・・・、ちっ、お前がバカなせいで予想以上に手こずったが、とにかくレベル4だ、オルトに報告するぞ!!」
「ぐすっ・・・えっ?、なんでオルトさんに?、このままお布施してレベル5に上げればいいんじゃないですか?」
「1000万じゃ足りるか分からないからな、だからオルトの力でもう500万くらい保険として引き出す必要がある、あくまでレベル4に最速で上げるのは、派閥争いを牽制する為に必要な事であって、ここがゴールじゃないんだよ」
「・・・?、よく分かりませんが、分かりました」
俺は修練場のテスト会場で一緒にテストを受けていたオルトを見つける。
オルトの周りには取り巻きらしき仲間が数人群がっていたので、俺はオルトが一人になるのを待ってから話しかけた。
「すいませんオルトさん、今よろしいですか」
「勿論構わないよ、もしかして、信者ランク4に到達した報告、かな?」
「話が早いですね、それでこの間言っていたように、オルトさんの権限で連合軍に集めてあるお金を融通して貰えないかと、こうして尋ねてきた次第です」
「そう言うと思って、もう準備してあるよ──────────1000万」
そう言ってオルトはじゃらんと金貨の入った袋を取り出した。
「え、1000万?、そんなに用意出来たんですか・・・?」
「まぁ僕らがここに来てもう2週間近い訳だし、徴収した通行料に加えて、団員に稼いで貰ったりギャンブルでコツコツ貯めたりと、色々とね、でも君たちがこんなに早くランク4に到達するのは予想外だったよ、流石、──────たった4人で1階層をクリアした『霧輪組』のメンバーだ」
「・・・気づいていたんですか」
変装が見破られたのか俺たちがボロを出したのか、恐らくその両方だが、気づかれていながら今まで泳がされていたというのは俺としても驚きだった。
「ま、流石に君たちは目立つからね、カントンくんは君と仲良しだって話だし、線と線を繋げるのは簡単な話だよ、それでね、ここに1000万ある、このお金で君たちにある仕事を頼みたいんだけど・・・」
「・・・一時的な連合軍への帰属なら受け入れますけど、永久的な就職はそれなりのポストくれないとちょっと厳しいっすよ、だって俺たち、ノルマとか定時出社とか皆勤賞とか無理ゲーの社会不適合者なんで、重役出勤じゃないとやってけないですから」
「ははっ、正直なんだね、でもまぁ、君をたった1000万でヘッドハンティングするほど安く見積もってるつもりは無いよ、それに、僕に協力してくれるなら──────────最終的には、連合軍ナンバーツーの地位を君に約束しよう」
「──────────ナンバーツー、つまり、下克上、ですか・・・」
「本当に頭の回転が早いね君は、このゲームの中で先読みして会話出来る相手は君とテンペくらいだ、やはり君はとっても優秀だね、それでどうだい、僕と組んでくれるかな?」
「・・・それは」
話を聞かない事には、と言いたいが、下克上なら計画を人に話すのは相応のリスクをはらむ為に、聞いたら引き返せなくなる話だろう。
俺のこのゲームでの立ち回りは、極力リスクを排除した風見鶏、勝ち馬ライダーに徹する事と考えていた。
それを踏まえればこんな提案を受ける理由は無いし、リスクを背負う必要は無い。
だが、連合軍が派閥争いによって分裂し、弱体化するというのは、プレイヤー全体の利益で見た時には明らかに得になる。
今は連合軍とそれ以外のプレイヤーの対立が徐々に広がりつつあるが、まだ戦争になるほどでは無いと言った状況下だ。
この状況が続けばゲームは連合軍とそれ以外の二色でプレイヤーは分けられて対立し、そこに「善人と悪人」の境界線が作られてしまう。
その時に連合軍が覇権を取っていれば、悪人狩りの名のもとに、他のギルドは粛清の憂き目にあうだろう。
そうなれば連合軍の命令で無理やり戦わされたり、連合軍だから・そうでないから、という理由での殺し合いも起きて、ゲームをまともに攻略する所では無くなる事が予測される。
これは普通ならば他のメンバーやギルドの連中と相談して、慎重に決めるような重大な案件だろう、だが、時として速度とは信頼よりも重視される、それがあるからこそ、オルトは1000万をこの場で用意して円滑、迅速に俺に交渉しようとしている故に、この場で決断するしか無い状況だ。
無言で考え込む俺をオルトは見守り、そしてモモは理解出来ていないように蚊帳の外だった。
この交渉において一番重視するべき点、それはやはりそれによって俺たちが「どれだけの利益」を得られるのか、それを無視して考える事は出来ない話だ。
極論を言えば、金なんてこのゲームの中では「安全」を買える道具では無いし、他のギルドとの信頼を裏切る事は、それは大きな「危険」を支払う事になる。
でもオルトはそれを承知で下克上をしようとしている、ならば、オルトがそれを成功させるかどうかに自分の命運を託すというのは、どれだけ利益を得られるとしても、それは致命傷になりかねない失点になりうる筈だ。
仮に、それでナンバーツーの地位を得たとしても、そこには無数の屍が積み上がるからだ。
恨みを買って得た地位や権力など、この悪人だらけのデスゲームにおいてはそこまでして求めるものでは無い。
だから俺は、オルトに一つだけ質問した。
「・・・オルトさん、聞いた話によると9階層の攻略には甚大な被害が出たそうですね、その上で質問なんですが、オルトさんのそのお金って、──────────もしかして裏金ですか?」
裏金、つまり表に出ないお金。
ヤクザや政治家が賄賂などで使う、犯罪や脱税をして隠されたお金の事だ。
9階層の攻略に100人規模の死者が出たとしたならば、その遺産だけても1000万には届くだろう。
だから俺は、その金の出処が気になったのだ。
連合軍の予算から出た金ならば、それを受け取った俺には連合軍に従う義務が発生するが、裏金ならば最悪知らないフリをして無関係を装う事も出来るからだ。
「へぇ──────────、今この場で、その質問をするなんて随分と鋭いバランス感覚だね、いざとなれば知らんぷりを決め込む、その為の質問だ、やっぱり君、部下に欲しいくらい優秀だね、君となら、このゲームの頂点も目指せるだろう」
まるで勇者を勧誘する魔王のようなセリフだが、俺がこの質問をした事で今までは無警戒だったオルトに、僅かに緊張感と警戒心が芽生えたのが伝わった。
「・・・俺が目指しているのは無事にこのゲームを生き残ってクリアする事だけです、その為には勤勉にもなるし、怠惰にもなる、悪人なら殺害する事も視野に入れます、でも、不要なリスクを負って尻尾を切られるような役割だけはごめんですから」
「ふーん、無欲なんだね、君、歳はいくつ?」
「・・・16です」
「そっか、なら受け身でも仕方ないか、でもね、一つだけ教えて上げるよ、世の中っていうのはね、全てが行動の対価で成り立っている、君が怠惰を選ぶ事にも対価は発生するし、僕らが下克上を起こす事にも対価が発生する、それがどういう事か君なら理解出来るだろう、つまり、仮に僕の金が裏金でもそうでなくても、1階層を解放してデスゲームの戦端を開いた君にはこのゲームをクリアに導く責任があるんだよ」
「・・・そうかも、しれませんが」
今更その事について言い訳するつもりは無い。
どの道、あのまま閉じこもっていても俺の貴重な青春の若い時間は浪費されるし、そしてNPCからカツアゲできない善人のプレイヤーだけが不利益を被るのも目に見えていた。
だから俺は自分のした行為を正当化してるし、それにこのゲームは元々アリサが俺に用意した舞台だ、だから俺は誰よりもこのゲームを〝攻略〟する事について本気だった。
でも、それが下克上となんの繋がりがあるのだろう。
そう思っていたら、オルトは急に語り出した。
「・・・僕はね、医大生なんだ、親が医者でね、子供の頃から半ば強制的に勉強させられて、医者のレールを歩いて来ただけなんだけど、この世界で、この、皆が狂ってしまった世界で、僕は、自分の使命を見つけた気がしたんだよ」
「使命、ですか・・・?」
「ああ、この世界には、健全では無い心を持った人間が多過ぎる、直ぐに人を攻撃する人間、失敗の恐怖で働けなくなる人間、人との距離感が分からず悪口ばかり言う人間、他人の優しさを信じられない人間、僕はこの世界で、沢山の心の病を抱えている人達を見てきた、だから僕はこの世界で、病に苦しむ人達を救う事こそ、僕の使命なんだって、そう思ったんだ」
「・・・それはとても、素晴らしい使命だと思います、でもだったらどうして、下克上なんて」
「君だって分かってる筈だろう、連合軍は今のままでは、周りから孤立し、腐敗していくだけだと、安全圏から命令するだけの上層部と、苛烈な出世レースに囚われる中層、そしてそのしわ寄せで無茶ぶりを強いられる一般隊員たち、今の体制には、既に腐敗が蔓延している」
・・・確かに、カントン達もノルマに追われてボイコットやサボりをするくらいに、連合軍の課しているノルマは苛烈だと思うが。
「・・・でもそれって、大組織なら仕方ない事じゃないんですか、権力の仕組みを維持する為には、ある程度強権で押さえつけたり、理不尽を強制したり、そういう力で従わせるからこそ、権力には実効的な支配力が担保されると思うんですけど」
「そうだね、「やりたくないからやらない」を認めてしまったら、この世の汚れ仕事は誰もやらなくなってしまう、だから効率的に汚れ仕事を請け負う人間を生み出すシステムは社会にも組織にも必要になってくる、接待専門の窓際係長とかね、でも、だからと言って今のままでいいとは言えない筈だ、君だってこの〝革命〟をする事の意義を、理解出来ない訳じゃないだろう」
「・・・革命、ですか」
「ああ、この世界の癌を治療して不正を寛解させる為の治療、それは革命しかないだろう、癌にはカンフル剤が必要なんだ、根本を治療しないと全体が死に至る、だから、〝革命〟が必要なんだよ、キリヲくん、僕らで、未来を革命しよう・・・!」
そう言って理想を語るオルトの瞳はどんな政治家よりも輝いている気がした。
理屈を超えて信じたくなるようなそんな熱量を、俺はオルトから感じたのだ。
「・・・一つだけ、約束してください、それさえ守ってくれるなら、俺はなんでもやります」
「分かった、だが安心してくれていい、この戦いは連合軍の内輪だけで行われるものだし、外様は巻き込まないよ、だから君は、これからもマリオくんのままで構わない」
「分かりました、それじゃあ話してください、計画を──────────」




