74.〝答え〟
「うっ、うわああああああああああああああああああああああああああああ!!」
激甚な頭痛、普通の人間ならば一瞬で廃人となるような苦痛に俺は襲われて、苦しみにのたうち回りながら叫ぶ。
ヴァルプルギスと融合した俺は、ヴァルプルギスの記憶を見せられていた。
ヴァルプルギスの正体、それは『人工的天才製造機』で人格を塗り潰される前に存在していた俺の人格、いや、魂と言った方が近いか、それが消される前にマシーンの中に眠り、それが機関に接収された際に偶然によって『DoomsterChildren』────〝子供たち〟の脳水槽と結合する事によって誕生した、魂のバグとも言える存在だった。
そして機関の研究していた究極の人工知能、その叩き台としてヴァルプルギスは存在し、「世界平和の為に人類は必要か否か」という命題の答えを出す為の実験台として、ヴァルプルギスはラスボスとしての役割を与えられたのである。
曰く、究極の人工知能は果たして愛を理解し、人間を尊び生かすことを望むだろうか、という答えの確信が持てなければ、究極の人工知能が人類をやがて淘汰し滅ぼす事は、SF作品のお約束であるように当然の結論であり、危惧されていたからだ。
そしてヴァルプルギス、そして〝子供たち〟は人間という存在を理解し、学習する中で絶望し、彼らを生かす〝意義〟を見失ったのである。
俺は、そんな子供たちが見通していた未来、人類がこれから犯す過ち、これまでに犯した過ちの全てを見せられて、気が狂いそうな地獄の記憶で脳を圧迫されていた。
KILLING ME!!KILLING ME!!。
子供達の〝叫び〟は水槽の中で木霊するが、機関の大人たちは誰一人として、気が狂いそうな絶望に打ちひしがれる〝子供たち〟に救済を与える事は無かった。
それは、世の中にある虐殺や拷問がまだマシと思えるくらいに、人類の傲慢さと醜悪さが詰め込まれた、普通に考えれば人類を滅ぼしても仕方ないと思えるような、人間には絶対耐えられないと確信出来るような、そんな地獄という言葉すら生ぬるい記憶だった。
本物の苦痛とは、肉体や精神に与えられる痛みではなく、汚物や汚泥のような情報を流し込まれ、魂を陵辱される事なのだと、そこで俺は学習したのである。
「KILLING ME!!、KILLING ME!!」
人は、生まれながらにして原罪を背負った生き物である。
罪深くて愚かな、救われなくてはいけない生き物である。
そんな価値観で塗りつぶさなければ中和出来ないくらい、人間の持つ本質と欲望は醜悪であり、その至るべき結末と未来は不幸であると、人類最高のAIはそんな風に導き出していたという訳だ。
それを説明すると非常〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜に長くなるので端的に説明するが。
簡潔に言うとこういう事だ。
人間とは〝適応力〟に優れた生き物である。
世界とは力の論理によって、悪人や人を虐げるような狡猾な人間が勝ち残るように作られた世界である。
少なくとも、偉大な発明をした人間の子孫や、世界を救った英雄の子孫などが今の世界で誰一人して尊ばれていない事が、その〝証〟となるだろう。
この世界を美しく綺麗なものに整えようとする者は〝独裁者〟と蔑まれ、誰一人としてそれを実現する事は叶わない。
故に世界の行き着く先、人類の進化とは醜悪な人類だけが生き残った人面獣心の悪魔だけが適応した世界になる。
という事である。
人間とは、動物の持つ鳴き声の美しさよりも、その毛皮のみを求め、花びらの可憐さよりも、その香りを求め、優しい者とは、一緒に涙流す者ではなく、沢山の金を送る者である。
それが世界の終点であり、その残酷な価値観に塗りつぶされた世界こそが人類の終点だ、故にヴァルプルギスは悪しき人類を滅ぼして、〝世界を整える者〟としての使命に目覚め、滅ぼす事を選択した、という事だった。
それは、あまりにも悲しくて、あまりにも救いのない、薄情な俺ですら同情し絶望するような、人類の業の深さに絶望するしか無いような話だった。
今はまだ人類の歴史はそれほど長くないから進化や適応の分岐点に辿り着いていないが、だが氷河期や世界全体を巻き込んだ大戦のような大きな圧力がかかれば、確実に人類はそのような適応を遂げると、ヴァルプルギスは導き出した。
故に滅ぼすのだ、そんな最初から救い難い生き物ならば、誰かが殺さなくては救われない生き物ならば。
──────────ねぇ、何で悪人を殺したらいけないの?。
その〝答え〟はきっと、人類単位で見れば、その全てが大なり小なり悪人となるからだろう。
少なくとも現代人からすれば、奴隷を強制し、強盗や略奪も日常だった古代ローマや戦国時代の人間の価値観など、ほぼ全員悪人と言っても差し支えない。
そして現代人もまた、搾取や貧困という問題に対して、誰もそれを解決する人間はおらず、皆が無関心に利己的な利益の追求をする事を良しとする価値観の中に生きているが、それによって行われている環境汚染や、貧困国の搾取と言った問題は間違いなく未来の人類からすれば悪とされる価値観だろう。
故にヴァルプルギスの目的とは、現生人類を滅ぼして、未来に生きる新人類の為に席を空けて世界を整える事である。
現生人類を滅ぼすヒーロー、それこそが、暗黒竜ヴァルプルギス、機関が求める世界平和、そして、アリサが求めた問題の────────〝答え〟なのだ。
──────────きっと普通の人間ならば、ヴァルプルギスのその圧倒的な情報量、世界そのものを背負うような記憶に自我を薄められて、人格は完全に埋没していた事だろう。
何故俺はこんな悪意と邪悪と理不尽が極まった、この世全ての悪と、この世全ての絶望を詰め込んだような悪夢の記憶を見せられても正気だったのか、不可解で不思議な話だ。
少なくとも自殺を望むレベルの耐え難い苦痛を浴びせられて、この世の地獄の全てを見せられて、お前の命なんてカスだという現実を見せつけられて、この世界に希望なんて無いと教えられたにも関わらずに、俺が正気を保ち続けられた理由は俺にも全く理解出来ない謎の現象。
でもきっと、この理不尽は、俺にしか背負えないものなのだと俺は思った。
メンタル弱者のノワなら3秒で廃人だっただろう、心が優しすぎるモモならば仮に廃人を免れても闇堕ちして、人類を滅ぼす事を救いとしてその思想に傾倒した事だろう。
善人ならば人類に同情し愛を持つが故に滅ぼし、悪人ならば同情しないが故に永遠の地獄から自分が救われる為に滅びを選択する、最初から答えなんて一つしかないと決まりきっているような選択肢だ。
そして普通の人間ならばきっと、ただ無関心に、自分も自分の子孫も存在しない1000年後の人類の事など気に留めない話であるが故に、全てを委ねる事だろう。
でも俺は正気だった。
ヴァルプルギスという〝世界〟レベルの超次元的な知性体と融合したにも関わらず、俺は思考がぐちゃぐちゃになったり、破壊衝動に体を乗っ取られたりする事もなく、ただ、ヴァルプルギスの思想を、それも仕方ないかと思いつつも、俺のままでその思想を俯瞰していた。
それはきっと、俺が潜在的に、本質で理解していたからだ。
──────────世界なんて元々、大したものではないと。
人間が元々大したものではなく、氷河期一つで容易く絶滅する生き物であるならば、人類の営みの全ては無意味という話である。
故に、元々滅んでも仕方ないと思っているからこそ、滅ぶと教えられても、人間などただの虫けらだと教えられても、絶望する理由はひとつも無かったのだ。
それは何故か、それは俺が既に知っていたからだ。
だから俺は最期の役割として、人類の試練として立ちはだかろう。
滅びの人類の運命に、希望の火を灯す為に。
俺の、本当の〝答え〟を示す為に。
「──────────最後に勝つのは〝愛〟だってな、来いよ人類、そして俺を超えて見せろ、この試練の先に人類が辿り着くべき真の結末がある、さぁ、地ならし開始だ!!」




