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52.暗澹の月

「はぁはぁ、そう言えばアリサからの定時連絡が来なくなって久しいな、まだ戦闘中だったりするのかな・・・?」


 そう思って俺はまだ生きてるのか生存確認の為にギルドの名簿を確認すると、そこからモモの名前が黒線で塗りつぶされている事を確認した。

 それを見た俺が最初に感じたものは、怒りでも悲しみでもなく─────安堵だった。


 もし、()()光景を目に焼き付けてしまったならば、心の弱い俺は簡単に闇堕ちして、自暴自棄になるに違いない。

 俺は時間を追うごとにモモの事が好きになっていたし、複製だとしても、モモがモモである以上、愛娘として無上で至高に愛してやりたいと、そんな偏愛を向けていたからだ。


 だから俺はアリサのモモからは距離を取ったし、そして、モモがモモの気質のままでは長生き出来ないと知りつつも、それを自ら矯正しようとは考えなかった。


 俺は最初から『siblings』の人間は、『霧輪組』が生き残る為の障害になるから、生かす必要は無いと考えていたからだ。


 故に、アリサ以外の複製が退場するのは俺にとっては有難い事だったし、いざとなれば自ら退場させる事も密かに覚悟していた事だった。


 でも、それでももし『siblings』の仲間達が目の前に死にそうになっていたならば、俺は理屈や理性を吹っ飛ばして、持病的な発作で、反射的に助けてしまうだろう。


 それは、俺という人間の人生観から生まれた命の格差に対する習性であり、故に俺は『siblings』のメンバーの〝処分〟について、結論は一つしかない故にずっと気を揉んでいた事だったが、ここで俺にとって一番手が出しづらいモモが自ら退場してくれた事で、俺は重い重い悩みの種を解決し、安堵した、という訳である。


 俺にとって大切な人を失うのは初めてでは無い、その経験は既に極限まで薄まっているし、その悲しみを薄める方法を、俺は熟知していた。


 そんな事を考える俺は、酷薄(こくはく)澆薄(ぎょうはく)な、間違いなく犬畜生にも劣るような人でなしのゴミ人間なのだろう。


 それは魂が邪悪に歪んでいるだけで快楽と善意の為だけに殺人を行うラスコよりもよっぽどタチが悪い、常識と倫理に都合を付けて殺人を肯定する事は殺人を正義として完全に肯定する思想であり、そしてそれが正義である以上人を巻き込もうとする分非常にタチの悪い思想だ。


 でも、俺は弱者だ、一人では何も成し遂げられない不完全なものだ、だから、そんな邪悪で極端な思想を、他人を巻き込んで共有しなければ何も成し遂げられない凡人だ。


 だからここでアリサのモモが死んだ事を知った時に俺は、俺が見通していた最悪の結末の種が一つ減ったと、喜んでしまったのである。


 そんな俺は、何かに没頭するようにそこからもひたすらに一人で何も無い砂漠を進み続けたのであった。






 『siblings』のルナは1人、空島の隅で黄昏ていた。

 その胸の内にあるものは後悔、苦悩、別離の悲哀、様々なものが渦巻いていたが、それでもルナは、アリサよりも理性的に自分を客観視出来ており。

 自殺したい程の苦しみを感じつつも、残された【聖女】の役割を全うする為に、感情に整理をつけて、再び立ち上がる為にモモとの思い出を追憶しつつも、それを己から切り離そうとしていたのだ。

 ルナにとってモモとは、たった一人の親友であり、家族を超越した妹であり、自分が月なら太陽のように並び立つよう存在で、ルナの人生にとっては不可欠と言えるような主役(ヒロイン)だった。


 だからルナにとっても本来ならば、モモと心中する事が本望であり、モモを失う事に心が耐えられる訳も無かった。


 ──────────でも、キリヲの言葉が、そんなルナの本質を歪め、変化させたのだ。


 「モモと一生付き合うならば支配する必要がある」

 

 詰まるところ、今回のモモの死とは、モモの行動を支配し、制御出来なかった事の結果だった。

 それを理解して、痛感していたからこそルナは、『霧輪組』のモモという、自分の知るモモとは別人のように悪口や不満を漏らすモモの姿に、こっちのモモこそが人間として正しい存在だと、理解していた事だったが故に。

 不完全なモモの死とは必然だったと受け入れられてしまったからだ。

 それが不慮の事故ではなく必然的な結末だとルナは、キリヲの言葉によってそう捉えてしまったが故に、ルナはモモの死に対しても、必要以上に悲しむ事が出来なかった。

 それが欠落人間であるルナという人間の性分であり、キリヲが自身の同族と認めるルナの優秀さだ。

 故にルナは、モモを失って自分が負うべき〝役割〟を理解して、真の聖女として突き進む覚悟を決めたのであった。


 そこからルナはモモの魂を慰めるように、モモが今までそうしてきたように、多くの人の心に届く優しい歌を、歌い続けたのである。






 その後も、敵の機龍との戦闘は、『siblings』と『RotPrincess』だけで、一手に引き受けた。

 そうする事で戦線は拡大せずに陣形を維持する事が出来たし、聖歌バフによる機動力の優位を生かすならば、少数精鋭による突撃で行う各個撃破が一番効率が良かったからだ。

 その代わり、3機以上の機龍の部隊はこちらからも放置する事とし、部隊が分散したり、こちらの拠点を攻撃する様相を見せた時のみ、近くの部隊を援軍に使った総攻撃で殲滅するという方針に変えた。

 モモの死亡により『siblings』、『RotPrincess』両部隊は厳然として気を引き締める事となり、士気は低下していたものの消極的ながらも堅実に戦うようになって、戦闘自体は無事にこなし、そんな調子で2週間を経過した頃にようやく、一つの手がかかりが知らされたのであった。




「『ペインキラー』より、北西方面100キロの地点に空中要塞を確認したとの事、要塞は雲に隠れており、サイズは直径2キロ以上、常に高速で移動していて補足し続けるのは困難であり、ただちに主力の救援を頼むとの要請です」


「・・・要塞、機龍よりは間違いなく上のランクの存在だけど、それに主力を使っていいかは微妙な所か、しかし、敵戦力が機龍以上ならば、生半可な偵察は全滅のリスクがあるし、やるなら徹底的じゃないと意味は無い、か」


 アリサは敵が「空を逃げ回るモノ」と仮定していたが故に、網を作るように陣形を組み、その中心に自分が立って、敵にこちらの陣形や規模を悟らせない立ち回りを徹底した訳であるが、その報告により、自分の立てた作戦は〝最適解〟に近い物だったと、一先ずの裏付けを得て安堵するものの、それで納得し、慢心するほど素直な性格では無いので、それが罠の可能性を想定しつつも、ここで大号令をかけるか否かの判断に迷っていた。


 古来より、戦争というのは時間をかける事に痺れを切らして突撃した方が負けるというのは、歴史的な常識だ。

 少なくともこれはミッドウェーの海戦や日露戦争の日本海海戦に通じるような、偵察による情報戦を重視したような戦いであり、そんな戦いの中において、突如(とつじょ)出現した敵の本隊とは、それが罠である確率の方が高いと考えるのがアリサの軍師としての思考である。


 だがそれと同時に時間という制約がその判断に待ったをかける。


 少なくともこの世界の残り期限は、準備に7日、ボス戦に14日で、ヴァルプルギス討伐までの期限は残り半分まで減っていた。

 故に、ここで消極策で敵を逃がしたり、判断を誤って敗北してしまえば、それは決定的な敗北となるし、そしてここで戦っているプレイヤーは機械では無く人間なのだから、先の見えない長期戦に常に士気を充実させ続ける事も出来ない。

 少なくとも、この空中要塞の発見によって多くのプレイヤーはようやくこのボス戦に一区切りがつくものと、血気盛んにやる気を出している事だろう。

 それに待ったをかけたならば、士気の低下というマイナスの結果を生み、それが突撃時の敗北要因となるかもしれない。


 故に軍師とは、勝負所を見極めて、最善の結果だけではなく、〝勝ちの流れ〟を生み出す必要もあるし、この要塞での戦いは、仮に罠だとしても絶対に勝たなくてはいけない戦だと理解していた。


 だから、ここで『霧輪組』か『キリヲ』、いずれかの切り札を投入するべきだと、そんな万全を期して臨みたいと、考えてしまいたくなるのだが。


「──────羽乃、もしかしたら死ぬかもしれない、今から物凄く危険な作戦を立てるけど、平気?」


 だがアリサに情や甘えがあっても、それで結論をねじ曲げるような()()はもう、無かった、アリサの頭の中にあるのは数字だけだ、故に、ただ、確率の高い選択肢を全てを想定してその中の最適解選ぶというだけの話でしかない。

 そんなアリサの下した結論とは、初志貫徹、徹頭徹尾『siblings』と『RotPrincess』にリスクを集中させるやり方だったが、それを知ってもノワは心中する覚悟で頷いた。


「うん、リサちゃんの事は、私が守るよ、死んでも守る、もう二度と、リサちゃんの大切なものが無くならないように、私が死ぬ気で戦うから!!」


「ありがとう、知ってたけど、ありがとう」


 アリサは覚悟を決めて《全体テレパシー》を使用して全軍に指示を送った。


「これより北西に確認した敵要塞に向けて、『siblings』『RotPrincess』、及び『ペインキラー』と『百鬼夜行』の4部隊による突撃を仕掛ける、各人は付近の空島に陣形を維持しつつ待機、『苺一会』と『和製アズカバン』は召喚で呼び出されるか、逆に離脱で呼び出してもらう可能性があるので準備せよ、敵の罠の可能性がある、仮に要塞に機龍が集結したり、こちらが敗走する事態になっても、各人、陣形と偵察は怠らず、余計な手出しは控えるように、以上を繰り返す…」


 これよりボス戦は、アイズ戦を上書きするような過酷で熾烈な鉄火場へと突入するのであった。

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