25.オペレーションストロングピーチその2
「どうですかリヲ、こんな感じですか」
40階層の危険なユニークキメラが出没する深林にて、ユニークキメラ『異形生存体』と呼ばれる、ネズミの顔に漆黒の悪魔のような異形の肉体を持つユニークモンスター相手に一人で戦っていたモモが、高性能ユニークレア装備の剣で『異形生存体』の攻撃をいなしながら俺に質問する。
俺たちは弱い奴ら、戦う覚悟の低い奴らの性根を矯正する目的で、「手っ取り早く強くなるなるなら自分より強い奴と死ぬ気で戦うのが一番」という考えの元、モモを40層の凶悪ユニーク相手にけしかけたのである。
ルナとノワも同じだけの強度の試練を既に終えていて、二人は既に消耗しきって憔悴して木陰で休んでいる。
これはあくまで音ゲーの話だが、低難易度を100回ノーミスでクリアするよりも、高難易度に100回挑戦して1回完走する方が経験値的に上達の近道になる、と、昔中学の同級生から聞いた話があったし、それは修羅場を潜って実力を鍛えた俺からしても同意だった。
故に俺はモモたちを手っ取り早く上達させる近道として、危険なユニークとのタイマンをさせているのであった。
俺はモモの質問に答えるように応答する。
「ああ、やっぱりお前は筋がいい、敵の突進の溜めに対して受けるよりも攻めて対応するセンスがいいし、敵との間合いを測るバランス感覚も優れている、だが、今のままでは攻め手に欠けるし、このままではジリ貧でスタミナが切れて負ける、もっと動きの無駄を無くして、敵の反撃にカウンターを狙った手数を増やしていけ、出来るか」
「・・・はい!、やってみます!!」
今でもギリギリでいっぱいいっぱいの様子のモモだったが、俺の無茶振りに対しても反抗せずに、言われた通りに手数を増やそうとカウンターを仕掛けようとする。
それに失敗して何度か攻撃食らってしまうものの、俺はそれに激励を送る代わりに《ヒール》でモモを回復してやる。
モモはやはり天才肌なのか、1度目より2度目、2度目より3度目と、回数こなす毎にみるみる上達していき、気付けば『異形生存体』の攻撃を完璧に見極めて、的確なカウンターで相手を圧倒するという、理想的で完成系のような理想ムーヴを身に付けていた。
「すごい、モモがこんなに早く上達するなんて・・・、私、モモは戦闘センスはからっきしで、私とノワが守ればいいと、ずっとそう思っていたけど、でも、そんな決めつけがモモの本当の才能を押し込めていたって事だったのね…」
ルナは僅かな時間で見違えるような成長を遂げたモモを見て驚ききつつそう呟く。
ルナの見立て通りモモは戦闘センスは実は抜群に高い、それは最初の訓練所での親睦会で騎士ランクCを取って、初心者にも関わらず最前線パーティーの『霧輪組』のロクに護衛のいない【聖女】をこなして来た上に、ラスコ相手に躊躇なくノワに合わせて奇襲を仕掛けた事からも明らかな事だ。
本職がアイドルだから戦闘力を要求する必要が無いだけであり、モモの戦闘センスはちゃんと鍛えればトップ層に迫れるくらいには高い素質を持っている。
甘えに甘えきった、脳みそお花畑の能天気を矯正して戦士としての覚悟を鍛え上げれば、モモが強くなるのは道理だったし、俺に土下座までする〝覚悟〟を既にモモは持っていたのだから、モモが急激に化けるのも必然だったのである。
「はぁはぁ、やりました、リヲ、これで、これで私の事を認めてくれますか・・・?」
『異形生存体』は『命を喰らう者』と同等の凶悪ユニークだ、それを単騎で倒せるのであれば、それはこの世界でも上位30人以内に入る実力者という事であり、モモの実力に文句を言える人間は殆どいないという話である。
「・・・ああ、お前を実力者と・・・認める、お前はもう好きなだけスイーツ巡りをしていいし、好きな時に好きな遊びをしてもいい、俺が、認める、もう誰にも、お前を世間知らずの能天気バカなんて言わせない」
「いや、それ言ってたのお前だけだよね」
アリサからそんなツッコミが来るものの、俺はボロボロになりながらも最後まで戦い抜いたモモに抱きついてよくやったと褒めちぎりたい衝動を抑えながら、フラフラとこちらに歩いてくるモモを見守った。
そしてモモはどこに行くかと思いきや、俺の胸に倒れ込んで、そして呟いたのだ。
「リヲ、私、頑張りました、弱音も不満も全部飲み込んで、頑張りました、褒めてください」
おそらく、俺の無茶ぶりにモモが己を奮い立たせる唯一の覚醒剤、原動力となったものが、〝俺から認められる事〟だったのだろう。
俺はやり遂げたモモに報酬の刷り込みをするが如く、モモが望む通りに抱き留めて、頭を撫でてやる。
ちなみに俺は現在『千草』の義体を使用しているので身長はモモの方が僅かに高いのだが、モモは『千草』の平たくも僅かに膨らんだなだらかな双丘がお気に召したのか、顔を埋めたまま気持ちよさそうに骨抜きになっていた。
この経験はポラリスたちとやった『森の悪魔』戦以来とは思いつつも、モモもまだ全然ガキだし、たまには甘えさせてやってもいいのかもしれないと、『霧輪組』で父親役をやっていた記憶を振り返りつつ、モモを甘やかしてやったのだ。
「・・・お前、その様子だと随分手慣れた様子ね、他の女にもそんな風に、たらしこむような態度で甘い顔をしていたの」
甘やかすように「えらいえらい」と言ってモモの頭を撫でる俺を見て、アリサは白い目で俺を睨みつけてくるが、確かに少し甘やかし方が板につきすぎていた感があったので、アリサが嫌悪感を浮かべるのも理解出来た。
しかし如何せんそれは否定しようの無い事実でもあるので、俺はなんと説明したものかと言葉に詰まって、苦し紛れにこう言うしかなかった。
「・・・今思い出したが、昔、お前にもこうしてやった事あったよな、確かお前がまだ幼稚園の頃、俺の誕生日にお前がプレゼントで・・・」
バキッ
俺はアリサから顔面に強烈なパンチを受けた。
「うるさい!、今はお前の話してんの、ああ、やっぱりお前ムカつく、どうせお前、私がいないからって、それで手当り次第に気に入った女を侍らせて手篭めにしてたんでしょ、ああ、やっぱむかつく、いっぺん死んでからやり直してよ」
プライドの高いアリサからすれば、あの日の〝プレゼント〟は一生秘密にしたいものだったのだろう、アリサは俺を一発殴るとそっぽを向いて、俺は「じゃあ今日は一緒にスイーツ巡りしてくれますか?」と言ったモモに、「NPC産のスイーツより俺が作った方が美味い」と返して、その日はアジトでスイーツパーティーをして、その日を終えたのである。
ちなみに、俺の7歳の誕生日にアリサがくれたプレゼントとは、アリサが幼稚園の先生に文字を教わりながら書いた、「お兄ちゃん大好き」のラブレターであり、それは9歳になったアリサが黒歴史として勝手に俺の宝箱から盗んで焼却して、その灰だけが今も俺の宝箱に眠っているという、曰くつきの呪物だった。
・・・ま、今どき兄妹近親相姦なんて流行らないし、成長したアリサが過去の黒歴史を抹消したいと考えるのも自然な事だが。
・・・アリサには遺憾な事だろうが、俺はそのラブレターの内容を一言一句鮮明に、文字としても言葉としても呼び起こせるくらいには、完璧に記憶していたのであった。
だから、もしもアリサが俺を、今の俺をどのようにして従えようとしても、俺はアリサを黙らせる最強の切り札を持っていたのである───────。




