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24.温室の中の方舟

「・・・お前ら、遊びに出かけたんじゃないのかよ」


 地下室からリビングに戻ると、全員がリビングで歓談していた。

 アリサなら自分に構わず好きにしろと言いそうな所だが、日が落ちた夜まで全員が俺たちをリビングで待っていたのであった。

 俺はこいつらが俺に何か言いたい事でもあるのかと思い、けしかけるようにそう言ったものの、俺を(なじ)る意図は無いのか、代表するようにモモが俺の前に来て言ったのである。


「・・・ごめんなさい、リヲ、あなたは、私たちの事を気にかけて、叱ってくれたのに、私はそのリヲの優しさに、気づく事が出来ませんでした」


 さっきまで傍若無人に暴言を吐いていた俺に対して頭を下げるモモに、俺は理解出来ずに強く反発する。


「────────は?、何を言っている、俺がお前らに優しくする理由なんて無い、だって全員殺したいくらい嫌いだったんだからな、勝手にしろって話だし、気にかける情けなんて1ミリも持ってない、だって俺は、お前らを・・・殺しに来たんだからな」


「・・・それは、嘘ですよ、だってリヲは、ノワと決闘している時も、私を投げ飛ばした時も、ずっと・・・、悲しい顔をしていたじゃないですか、自分が傷つけられても平気な顔してるのに、私がリヲに斬りかかった時は、まるでこの世の終わりみたいに悲しい顔をしていたじゃないですか」


 こいつは俺に自覚すら無かった俺の内面を理解出来るのか、そんな事を言うが、俺はこのパーティーの異物として、ここにいる資格の無いものとして、それを否定するしか無かった。


「・・・相変わらず脳内お花畑の腑抜けた発言だな、都合のいい解釈だ、俺がお前らに、何の義理があって情けをかける必要がある、まだ出会って一週間も経ってない、リアルでは何の接点も無いようなそんな他人に俺が、特別な感情なんて持つ訳無いだろうが」


「でも、私は私たちみんなは、リヲを知っているような、ずっと前からリヲが仲間だったような、そんな、不思議な感覚を感じていたんです、リヲの言葉はいつもチクチクして遠慮が無いのに、その言葉が当たり前のように受け入れられてしまうくらい、リヲが自然な存在だって、そう感じるんです、そんな人が、ただの他人な訳無いですよね、教えてください、リヲは、本当は誰なんですか」


 モモは真っ直ぐに俺を見つめる。

 ・・・こいつの瞳はいつもブレが無い、信じたら一直線、たとえ自分が傷つこうが犠牲を払おうが、一度信じたら信じ抜くというような強い信念が宿っている。

 だから俺がどんな嘘で煙に巻こうとしても無駄だし、俺はこいつの瞳の前では、どうしようもなく太刀打ち出来ない。

 モモはバカだし世間知らずだしお人好し過ぎて人として関わりたく無いタイプだが、そんなモモに対して俺は、勝ち目がないと思わされてしまうほどに、敵わないと圧倒されるのだ。


「・・・それ、は」


 俺はどう説明したものかと葛藤し、アリサに視線を送った。

 それに対してアリサは、俺の代わりモモに、俺を庇うようにして前に出て説明した。


「リヲは・・・私のもう一人のお兄ちゃん、それだけ、昔は一緒だったんだけど、離れ離れになって、それで今、ようやく再会したの、私の()()()()()が特別なのはモモも知ってるでしょ、だからリヲが強かったり、色々知ってるのはそれで、リヲは私のお兄ちゃん、それだけ」


 アリサにしては珍しく嘘の成分が少ないのは、それだけアリサにとってもモモが天敵だからなのだろう。

 要点をぼかしつつも正直に話したアリサの説明に納得したのかモモはそれに頷いて、そして俺を見て言った。


「・・・お兄ちゃん、だったんですね、マリヲさんとはあまり似てませんけど、でも確かにリサ姉のお兄ちゃんって感じがします、だから、だったんですね、ごめんなさい、リヲ」


 そこでモモは再び頭を下げた、しかも今度は土下座だ。

 俺はモモの土下座なんてアリサ以上に見たく無かったし、見たくなかったからこそ狼狽し、無表情を保てずに困惑してしまう。


「おい、女の子が軽々しく頭を下げるな、アリサのは計算だからいいが、本来お前は誰にも頭を下げる必要が無い、お前が全部正しい、そんな人間なんだよ、そんなお前が俺みたいなゴミ人間に頭を下げるな、下げるにしてももっと相手を選べ、俺に頭を下げるなんて、人生でもっと愚かな汚点にしかならないんだから」


 そう言って俺はモモの顔を上げさせようとするが、そこでモモは、頑なに俺に逆らって、頭を下げながら言った。


「いいえ、私は今まで、自分の我儘に皆を巻き込んで、迷惑かけて来た事に自覚すら無い悪い子だったんです、お姉ちゃんにも沢山迷惑かけて、それを反省してそんな自分を変えようって、そう思っていた筈なのに、気付けばまた、他人にぶら下がって、迷惑ばっかりかける、そんな私のままでした、リヲが叱ってくれなかったら、私に怒ってくれなかったら、私はずっとこのバカな性格に気付けずにいました、それなのに私は、リヲに逆らって、リヲに剣を向けた、だからリヲ、ごめんなさい」


「・・・別に、お前はアイドルだから、それでいいんだよ、他人から助けられて、持て囃されて、崇拝されて、そんな風に他人から沢山愛されるのがお前という人間の本質なんだから、だから付き合う人間を選別するとか、人の好意に優先順位を付けるみたいな思想を、お前が理解する必要は無いし、理解しなくてもお前は幸せに生きられて、理解しない方がずっと幸せでいられるんだから」


 少なくとも、この世が理不尽や残酷な摂理に溢れていたとしても、モモだけは綺麗事に満ちた、真っ白な世界で幸せになる資格があるのだろう。

 俺という人間と関わる事は、俺の思想に染まるという事は、モモが天から与えられた楽園のパスポートを剥奪するに等しい堕落だ。

 モモに関わった人間はその全てが浄化されて、その信者になる。

 そんな性質をモモは備えているのだから、だったらモモはその〝力〟に無自覚なまま、他者に対して無邪気に公平に接する方が間違いなくモモにとっての幸せと言える。

 知ることは死ぬこと。

 公平と善意がイコールで、不公平と悪意がイコールの世の中である以上、合理主義に則って行動に合理性を求めるというのは、不公平な悪意を容認するという、どうしても救えないものは見捨てるという行為へと導かれる。

 それは、無邪気で無自覚な世間知らずバカのモモには関わる必要も、理解する必要も無い事なのだから。

 だから周りの全ての人間がモモをその世間の汚れから切り離そうとしてモモを温室に閉じ込めようと思うのも、自然で当然の話なのである。


「・・・その事について、私はもう知らないフリはしたくないんです、誰かが得をした分だけ誰かが損をする、私がアイドルデビューした事で解散したグループがいた事、私が聖女になった事で皆を危険に晒している事、私が遊びに誘っている事で、皆が強くなる為に訓練する時間を奪っている事、その全てに無自覚でいた事を、私はもう自覚したんです、だからリヲ、ごめんなさい、リヲが一番、世界で一番私の事を思いやってくれていたのに、その優しさに気づけなくてごめんなさい」


 そう言ってモモは真っ直ぐに視線を合わせた。

 その目は謝罪の誠意ではなく、俺のどんな嘘も見抜いてやると言う、俺の嘘を絶対に認め無いというモモの決意が宿っていた。

 ここでモモの謝罪を受け入れるという事は、俺はこの複製のモモの事すらも特別に思いやっていたと認める事になる。

 だから直視出来ない、視線を逸らしてしまいたくなるが、モモ相手に負けを認めるのをなんとかプライドでねじ伏せる。


「はぁはぁ、・・・くそっ、こいつは、いつもいつも」


 思い通りにいかないし、俺の浅い思惑なんて容易く超越してくる。

 特別で特別で、初めて会った時から二度目の初めてに会った時までずっと、運命レベルで特別なヤツだった。

 だからそんなモモに俺が、どんな策や手管を使用したとしても敵うわけが無かったのだ。


「・・・分かった、認める、俺はお前を、特別に思っている、想っている、でも、だからもう、頭を下げるのは辞めてくれ、アリサならまだ我慢出来るが、お前の土下座は、この世で1番、心にくる」


「分かりました、リヲ、そういう訳ですから、これからもずっと、私たちと一緒にいてください、私をもっと、指導してください、今後はちゃんとリヲの言う通りにします、リヲの優しさを疑ったりしません、だからこれからもずっと、一緒に───────」


「それは」


 出来ない事では無い。


 でも出来るかは分からない事だ。


 ここではい喜んでと言えるほど俺は能天気では無いし、都合のいい嘘つきにもなれない。


 故に再びアリサが、煮え切らない俺に代わるように強く答えた。


「ええ、モモ、リヲはこれからもずっと、いえ、これからはずっと、私たちの味方だから、だからこれからも皆で、このゲームをクリア出来るように頑張りましょう」


 そう言ってアリサが俺の手を握って前に突き出すと、それに重ねるようにしてモモが、皆が、俺の手に合わせた。


 俺はグランディスに残したもう一人のモモたちの姿や、既に遠い世界へと旅立ったレインやポラリスたちの姿を思い浮かべつつ、その、まるで甘い夢のような現実を、受け入れたのであった。

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