1.善人vs悪人のデスゲーム
「これは、次世代AIを生み出す為に行われる〝実験〟である、現実では君たちは卓越した戦闘技術を持つ殺人鬼に敵わないが、この世界の中でならば、殺人鬼とすらも対等の存在である事を約束しよう、善が勝つか、悪が勝つか、その答えを君たちに示してもらいたい、この世界での死は現実の死となる、クリア条件は善人と悪人、いずれかの人間が全滅するか、もしくはこのゲームを正当にクリアするかだ、諸君の健闘を期待する」
「・・・は?、流石にネタだよな?」
新世代のフルダイブ型VRMMO、王道ファンタジータイトルの正式版であるD・D・Oのサービス初日にて、俺たちはゲームマスターからそんな通達を受けたのであった。
ゲームマスターの説明は長かったので要約すると
1.俺たちはキャラクターロスト=死のデスゲームに巻き込まれたという事。
2.この世界は善人と悪人のプレイヤーが半数になっており、どちらかが全滅するか、100層あるダンジョンを踏破してゲームをクリアしないと現実に帰還出来ないという事。
3.俺たちの現実の肉体はのちに医療機関にて保護されて、そこからはフルダイブを維持したまま、死ぬまで思う存分ゲームプレイ出来るという事。
4.その都合により、始まりの町の外に出られるのは全プレイヤーが機関に保護されてデスゲームの準備が整う数日の後の事。
5.そして全プレイヤー収容完了と同時に、PKも解禁される事。
という話だった。
「善人と悪人を競わせるデスゲームって、嘘だろ!?、なんで俺がこんな目に!?」
「しかも悪人側は殆どが犯罪者で殺人鬼まで混じってるだって!?」
「そんな…悪人なんて、どうやって見分ければいいんだよ!!」
広場に集められた全プレイヤーたちはゲームマスターの説明を聞いて多くのものが騒ぎ立てた。
いや、しかしそれは明らかに過半数を超えていなかった。
なぜならここにいる半数は悪人なのだから、悪人側からしてみれば、犯罪者と同居する事など気にもとめない話だし、デスゲームに巻き込まれた事すら不幸とは思わないだろう。
彼らは己の快楽を満たす事だけを優先させる者たちなのだから、だからこのデスゲームに巻き込まれた事も、己の欲望を満たす楽しみの一つに思っているに違いない。
俺はそんな風に分析しながら、注意深く周囲を観察する。
意識を完全にネットに繋げるフルダイブ型VRMMOは高級品であるが故に、当然所有する人間もコアなゲーマーに限られる、それは20〜40代の男性が多く、女性や10代の人間は圧倒的に少数だった。
そこで俺はある事に気づき、同時に一人の男が声を上げた。
「お、おい、こいつの名前・・・」
「殺助・・・、コロス、刑、てか?、こいつ、絶対悪人だろ」
そう、俺たちのプレイヤーネームは当然、ゲーム開始時に独自で設定したものであり、そこにはその人間のネーミングセンスという個性が表れる。
殺や悪といった剣呑な文字を含んでいるプレイヤーも、探してみればいくらか散見された。
プレイヤーネームは初期設定では頭の上に表示されるようになっており、幾人かは非表示設定にされていたものの、開始初期の現在ではほぼ全員が自身のプレイヤーネームを公開設定にしていた。
「ち、違う、これはキテレツ大百科のもじりで・・・、それに、俺なんかよりもっとヤバい名前の奴がいるだろ、ほら、ディック・ザ・vipperとか、完全に殺人鬼のもじりじゃないか!!」
「はぁ?、俺はただの下ネタネームだろうが!、一緒にするな」
「お、おい、こいつの名前、卍ふみお卍って・・・、名前に卍とかナチストだし、ふみおも悪い事してそうな名前だし、絶対悪人だろ!!」
と、一人が口火を切ったのを皮切りにして、プレイヤーネームを攻撃する疑心暗鬼が蔓延する。
幸い今は休戦期間とあってか、善人側のプレイヤーも反撃の心配は無いと、自衛の為に躍起になって悪人探しをしているようだ。
俺のプレイヤーネームは『キリヲ』、本名霧雨マリヲを文字っただけのよくある感じのやつだが、ローマ字で名前にkillが隠れていると言いがかりをつけられてもおかしくない状況なだけに、この流れは不穏だ。
俺はこの状況の中で自己主張をするのは危険かと思い、目立たないように傍観に徹していたのだが。
そこで一人の男が手を挙げて名乗り出た。
「───────皆、聞いてくれ!!、俺の名前は『テンペ』、今この場に於いて、一つだけ善人と悪人を見分けられる方法がある、それは善人ならば、βテストの情報を開示してくれるという事だ、当然ながら、このゲームにもクローズドβテストという先行公開があった、その期間は二週間、ネットの情報では7層のボスまで撃破したとあった、もし、その情報を秘匿すれば、俺たちはβテスター達に対して物凄く不利な条件で戦う事になるだろう、故に、俺はここで、βテストプレイヤー達からの情報の開示を求めたい」
クローズドβテスト、ゲームの最終調整として、リリース前のゲームを選抜された一般プレイヤーに公開するという、よくあるやつだ。
確かに、βテスター、通称ビーターと呼ばれる存在は、MMO界隈に於いては序盤のスタートダッシュにおいて有利であるし、それがデスゲームであれば尚更そのアドバンテージは大きいが。
補足としてビーターというのは本来の意味はβテスターとチーターを合わせた造語だが、近年ではビーターという単語が浸透しておりビーター呼びが定着していた。
だが、果たしてこれは、ビーターの善人なら公開して当然の話、なのだろうか?。
しかし疑念を口にする間もなく、テンペの発言に何人かの男が相槌を打った。
「そうだな、ビーターを今のうちに洗い出して、そこから情報を隠した奴を悪人として裁けば、今の時点でも確実に悪人を見抜けるって話だしな」
「それにビーターだけ有利な状況でゲームをするのは、命をかけたデスゲームにおいて公平じゃない、ビーターは知っている情報を全て公開するべきだよ、この休戦期間だって、きっと俺たちが話し合って情報を共有する為にあるんだし」
と、MMOの嫌われ者である〝ビーター〟に話題が移ると、今度はビーターをひとまとめにしようとビーター探しが始まった。
自発的に名乗り出た者が現れると、それに釣られるようにして他の者も名乗り出て、そして名乗り出たもの達の告発によりさらに何人かが洗い出される。
中央に集められたビーターの数、およそ200。
ちなみに俺はビーターでは無いし、βテストの情報も全く仕入れていない、何故なら折角の王道RPG型フルダイブVRMMOなのだから、事前情報無しで楽しもうと思ったからだ。
ゲームとは、自分で攻略する楽しみや、自分で発見する楽しみこそ、神ゲーを楽しむ醍醐味というのが親父の教訓だったから。
「集まったのは200人ほどか…、確かβテストの公募人数は1000人、800人近く足りない想定になるが…」
テンペは不満そうにそう漏らした。
勿論ビーターの全員がサービス初日の今日ログインを達成出来た訳でも無いが、200人しかいないというのも帳尻が合わない話だった。
「仮に今日参加しているビーターの数が500人だとしても、半分は悪人だからな、悪人ならば他人の利益の為に動くはずがない、この数は寧ろ悪人を見抜きやすくなったと喜ぶ事だろう」
「そうだな、よし、じゃあ、βテスターの諸君、君たちの持っている情報を公開してくれ、それが君たちが善人である事を示すし、そして悪人達に対する自衛手段にもなる」
テンペにそう促されて、ビーター達は持ち得る限りの情報を公開してくれた。
情報を聞き出した俺たちはひとまずはそこで解散した。
これからの方針は、自発的に攻略を目指す〝攻略組〟のギルドを組織し、そこに善人を集めて悪人に対する抑止力とするという話だった。
始まりの街から解放されるのが何日後になるのかは分からないが、このゲームが善人と悪人の2大陣営戦ならば、最初の工程としてギルド、派閥の組織をするのが最初のチュートリアルになるという事なのかもしれない。
おそらく、デスゲームだとしても善人のビーター達は〝攻略組〟に入るだろうし、〝攻略組〟を中心に、このゲームは展開されていくのだと思う。
俺は宿にて、今日の出来事と、今後の方針についてをまとめる。
ビーターの公開した情報は全部を書き出すと長くなるので、必要な情報だけ抜粋すると。
1.βテストの攻略は、暇人ネトゲ廃人集団である〝攻略組〟によって進められた事。
2.フィールドモンスターは凶暴で直接的な死因になりうるが、倒しても大して経験値も報酬も得られないという事。
3.レベルを上げる直接の手段は、宝箱から拾えるアイテム『生命の種』を食らう事。
4.フロアボスモンスターは階層+5レベルのパーティー100人で挑んでようやくギリギリである事。
5.プレイヤーが死ぬとレベルリセットと同時に、その場にプレイヤーレベルに応じた『生命の種』がドロップするという事。
というのが、ビーターから得られた重要な情報だ。
VRMMOと言えばモンスターとのバトルが醍醐味だろうに、それの報酬が渋く設定されてるのはデスゲームならではと言った所か。
レベルアップが宝箱頼りになるのであれば競争が過激化するだろうし、下手したら宝箱がβテストだけの代物だという可能性すらある。
そしてPKの報酬がその唯一のレベルアップ手段である『生命の種』というのも、PKを助長させる要因になるだろう。
善人と悪人の数が半々であるという事だけが救いのこのデスゲームだが、しかし、生き残るという観点から見れば、この条件は中々きついと言わざるを得ない。
悪人のクリア条件は無差別に殺して善人を滅ぼす事。
善人のクリア条件は善人を演じつつ悪人だけを見抜き、育成リソースを善人だけで独占して悪人の凶行を阻止しつつ、高難易度のゲームを100層までクリアする事。
比較すればこうなるのだ。
より分かり安く説明すると、仮にボスフロアでボスの討伐による大規模な虐殺が起きたとしよう、悪人ならばそこで仲間の死体から生成された『生命の種』を独り占めして知らぬ振りを出来るが、善人ならばそれを生存してるもの達に分け与える〝必要性〟がある。
自分が生き残るという目的の為ならば、自分で独り占めする方が効率的だが、しかし、善人の基準がどこに設けられているか定かでは無い以上、自分が善人であると主張するならば、独り占めは許されないのだ。
自衛の為の殺人だって、証人が無ければ過剰防衛となり、悪人と見なされるだろう、仮に相手が本気の殺意で襲いかかってきて、他にやりようが無かったとしても。
故にこのゲームは、生き残りを目指す、善人を淘汰するという目的の上では悪人が有利であり、そして善人は、自衛もこなしつつ善人として他者に分け与える必要もあり、尚且つ的確に善と悪を見分けなければいけないという話だ。
どう考えても、善人側には勝ち目が無いだろう。
ゲームマスターの話だと、悪人側には殺人鬼のような凶悪犯罪者も混じっているらしい。
だが善人側はどうだろう、殺人鬼と釣り合うようなハイスペックな善人とはいるのだろうか。
仮にガンジーやマザーテレサ、ヒカキンや加藤純一を召喚出来たとしても、釣り合わないだろう。
もしも大谷選手なら、こんな地獄でも何とかしてくれるかもしれないが、残念ながら大谷選手は聖人である前に野球星人であり、こんなデスゲームに巻き込まれる事なんて無いのだ。
つまり、善人側は圧倒的不利なのである。
俺はそれから、自分が善人側で戦うべき理由、善人である必要性、自分が善人である根拠などを色々探してみたが、特に見つからなかったので、そこで結論に至った。
恐らく、俺でなくても、賢い人間であるならば、皆が同じ結論に至ったのだと思う。
・・・だって、死ぬのは怖いし、リスクを極限まで減らす〝合理性〟を求めるのもまた、人間という生き物だろう?。
──────────つまり
「殺られる前に殺るしかねぇ、決めた、俺はやってやる、殺らずに後悔するくらいなら、殺って後悔した方がいいもんな、善人のフリをしつつ、必要とあれば容赦なく悪人に徹して『生命の種』を貪る、恐らくこれがこのゲームの最適解だ」
ゲーム理論、この期に及んでゲーム思考で物事を考えるというのも、いささか薄情で悪人的であるかもしれないが、しかし生き残る為なのだ、仕方ない事だろう。
それに、ゲームマスターが言っていたのだ、このゲームの中ならば殺人鬼とも対等であると。
ならば、対等に戦うのが、対戦する礼儀、なのかもしれない。
俺は殺意という背徳的な覚悟だけを抱え、こうして、史上最悪のデスゲームの賽は投げられたのであった。