11.殺戮の貧民街
「誰か、誰か助けてくれ、殺人鬼だー!!」
そんな悲鳴が、貧民街に反響する。
だが、俺達はそんな悲鳴がどこからか聞こえてくるのをよそ目に、拠点で猫バーグを喫食していたのであった。
デスゲームに閉じ込められて11日目、所持金を失い《飢餓》やら《睡眠不足》などのバッドステータスが付与されたプレイヤーは臨界点を超え、そして彼らは他の区域に比べて犯罪を犯しやすいという理由から、この貧民街に集中するようになったのだ。
食い詰めものがスラムに集い、そして弱者を襲って糧を得るのは、まさしくこの世の摂理そのものだったのだろう、こんな悲鳴が遠くから聞こえるのも、今日となっては最早日常のようなものなのだ。
騎士達は税金を払っていない貧民街の住人を救わず、そしてプレイヤーも、悪人のプレイヤーに目を付けられる事を恐れ、貧民街には手出しをしない。
貧民街は既に悪人の巣窟として、その拠点となっているが故に、ここは完全なる無法地帯として、昼夜を問わずに殺人が行われるようになったのである。
プレイヤーとNPCとの間にステータスの差は無い、故に一対一ならば、実力次第では確実に仕留められるのがNPCなのである。
故に〝NPC狩り〟は所持金の無くなる10日目を皮切りに、加速度的に増加したのであった。
「今の悲鳴、また誰かが殺されてるんですかね、助けにいかなくていいんでしょうか・・・?」
三人で猫バーグを無言で食していると、モモがぽつりとそう呟いた。
悲鳴や打撃音は、夜間という事もあって遠くまで響いていて、その凶行が付近で行われている事を如実に表していた。
だが俺は無表情にモモに返した。
「モモ、黙って食べなさい」
そう言って俺は、熟練度が上がり昨日より僅かに美味になったが、まだまだ素朴過ぎる味わいの猫バーグを無言で咀嚼する。
「で、でも・・・」
殺人鬼の出没に脅えた様子のモモに、安心させるようにレインが答えた。
「心配しなくても、まだ、プレイヤーキルは解放されてないんだ、ボクらのHPは保護されているんだからね、だから殺人鬼が近くにいたとしても、気にする事は無いさ」
「怖い、そうですね、私は、普通に人間を殺せる人が怖いです、でもそれ以上に、見捨てる事が、何か良くない事のような気がして、だって助けを求めてるのに、知らないフリをするなんて・・・」
「モモ、この街にいるNPCは、狩られる為に存在してる〝餌〟だ、俺たちは生きる為に、殺す事を強いられている、NPC狩りだって好んでやってる訳じゃない、普通に考えてみろ、仮に生粋の殺人鬼だったとして、魂の無いNPCをいたぶる事に何の楽しみがある、奴らは虎視眈々と俺たち善良なプレイヤーの命を狙っているはずだ、ならばNPCを狩っている人間を悪人と看做す事は出来ないし、彼らを咎めるのも筋違いだろう」
「・・・そうかもしれません、私たちだって、猫ちゃん達を狩らないと今日の食事を得られなかった訳ですし、それを間違ってると否定は出来ません、でも」
モモはぎゅっと、胸の前で拳を握り締めた。
「心が、痛むか、でも〝慣れろ〟、慣れるしかないんだ、俺たちが生きていく為には、何かを犠牲にして、奪って、そうした命や財産を踏み台にして、ゲームクリアというゴールまで歩いていくしかないんだから、それがこのデスゲームであり、人生なんだよ、モモ」
人は、犠牲なくして前に進めない、誰かから搾取し、奪った分だけ、自分が豊かになるものなのだから。
新大陸を発見する船を作る為に、大量の奴隷と植民地の搾取を必要としたように、月に辿り着くロケットを作り上げる為に、大勢の物理学者を引き抜き、敗戦国から富を巻き上げる必要があったように。
前に進むというエネルギーには、時として、一人の人間なんてゴミに見えるくらいの犠牲を伴う必要があるという話だ。
これが100層という果てしなく遠い旅路であるならば、ここで死んだNPCの事など、パンの一枚程度に認識しなければ、正気を保つ事は難しいだろう。
だから俺は、震えるモモにただ粛々とした態度で、何事も無いかのように振る舞うのであった。
次の日。
「あれ、今日はカラオケの人、いませんね・・・」
俺はモモを連れてカラオケNPCの所にやってきたのだが、いつもの噴水の前にNPCの男の姿は無かった。
「回数上限が来て一旦クールタイムに入ったか、もしかしたら別の場所に移動してたりとかな、取り敢えず、近くのプレイヤーに頼んで捜索を手伝って貰うか」
俺は乞食に集まっていた他のプレイヤーに、カラオケNPCの捜索を頼んで、モモと二人で街を捜索する事にしたのであった。
ちなみにレインは一緒では無い、レインは団体行動が嫌いらしく、適当に一人でシノギを探すと言って別行動をしている。
そして数時間の捜索の後、一人のプレイヤーから驚くべき情報を告げられた。
「え?、これって、もしかして・・・?」
「カラオケNPCのおっさん、だな、殺られていたのか・・・」
おっさんは金持ちだったのか、高級住宅地の道端で死んでいた。
死因は背後からの一撃、凶器は不明だが、傷の深さからナイフの可能性が高い、それで一撃で倒せるなら恐らく相当の手練だと思われる。
死体が残っている事から1日以内の犯行で、身ぐるみを剥がされている事から強盗目的の犯行だと推察される。
恐らく、高額な報酬を支払える事から、所持金の多いNPCだと狙われての犯行だろう、高級住宅地で完全犯罪を成功させるのは至難の業かと思われたが、まさか成功させる奴がいるとはな。
「・・・これで私の存在価値無くなっちゃいましたね…」
「そうだな、でもまぁ、どうせ遅かれ早かれおっさんは金目当てのプレイヤーにやられて死んでたろうし、それが早まっただけの話だ」
「・・・普通もっと優しい言葉かけたりしませんか?、私、年下の女の子なんですよ?」
「ネトゲならネカマだって有り得るし、俺は男女平等主義者だ、だから女の子だからとか、そんな甘ったれた不平等な意識なんてとっとと捨てちまえ」
「現代日本で生まれ育ったとは思えないような反フェミ思想ですね・・・」
「いや、俺だってフェミニストが間違いだとは思わないし、男が女に優しくするのは当然の事だと思うが、でもそれはちん○をまん○に突っ込みたいという下心があっての話で、ロリ、BBA、バーチャル女子に対して、フェミニストになる必要性を感じないだけだ」
「身も蓋もない事を言いますね・・・、女子校の同級生に聞かせてみたいくらいです」
「てか女子校ってさ、腐女子とかBL好きが多いって聞いたけど、普通に男と付き合ったりするもんなのか?」
「?、BLってなんですか?、婦女子がBL好き?、私はトマトも好きなのでどっちかって言うとBLTが好きかも知れませんが」
「あー、お前オタク系とかネットミームとか全然詳しくない奴か、スマホ持ってまだ一年だもんな、当然チャルドロックでアフィブログやまとめみたいなサイトにもアクセス出来ないだろうし、そら疎くて当然か」
「え、私なんか間違ってましたか・・・?」
「いや、なんでもない、俺が話題を間違えただけだ、おっと、通報されて騎士が来たみたいだな」
とは言っても、騎士に出来る事は何もないだろう。
そう思っていたのだが。
「被害者は【音楽家】ドピュッシー、高額納税者か、ではこれより、上級捜査を開始する」
そう言って男は仲間を呼ぶと、なんとドピュッシーを霊媒によって魂を呼び出したのである。
「ドピュッシー殿、事件当時について何か知ってる事をお聞かせ願いたい」
「俺はいつも通り、音楽のインスピレーションを得るために街に向かう途中だった、そこで正面からフードを被った男、いや女か?、分からねぇ、でも背は中くらいだったな、が走ってきて、そしてすれ違いざまに刺されたんだ、一瞬過ぎて何が起こったのか分からねぇが、それで俺は悲鳴をあげる間もなく死んだってワケよ」
「なるほど、犯行時刻は午前10時頃、フードを被っていて性別は不明、死因は刺殺と、他に犯人についての特徴は?」
「分からねぇ・・・、いや、でも、俺が刺された時、刺された俺を見ている女の子がいたんだ、誰か分からないが、小さい子だった、その子なら何か知ってるかも」
「目撃者の女の子がいると、了解した、ドピュッシー殿、あなたの無念は我等が必ず果たそう、安心して天に召されよ」
「ああ、頼むぜ騎士さん、くそう、やっといい譜面が書けそうだったのに、ついてねぇぜ・・・」
そう言ってドピュッシーの霊は消失し、そしてドピュッシーを殺害した犯人は、懸賞金をかけられて指名手配される事になったのである。
その額、なんと100万グラン。
真犯人を見つけて引き渡せば、賞金100万グランが手に入るという、言わば究極の野良クエストが、ここに誕生したという話である。
俺は拠点に帰ると、その話をレインに話したのであった。
「ふうん、100万グランの賞金首ね」
「多分、こいつが王様を殺した殺人鬼の正体で、この膠着状況を終わらせるチュートリアルのクリア条件なんじゃないかって、多くのギルドが捜索に名乗りを上げている、俺たちも明日から参加しよう」
「なんで?」
「え、だって賞金100万だぞ、みんなやってるし、それにチュートリアルは早く終わらせないと困るだろう」
「確かに賞金は魅力的だし、王様を殺した殺人鬼の捜索もしたい所ではあるけど、でも、仮にボクらが犯人見つけて連行しても、それを横取りされないとも限らないし、敵がプレイヤーならば、敵は複数人のグループかもしれない、そうなったら連行出来ないし、恨みを買うのも得策じゃないよね?」
「それはそうだが、でもチュートリアルのクリア条件なんだとしたら参加する意義はあるし、敵が複数だと判明した時点で、大手のギルドに協力を仰ぐ手もある、やりようはいくらでもあるし、やった方が得なのは間違いないだろう、今までだって殺人は沢山起こってるのに、懸賞金がつけられたのはこれが初めてだ、だったら何か重要なイベントが絡んでる可能性があるんじゃないのか」
「・・・どうだろうね、実際の所、ボクは一つ、思ってる事があるんだよ」
「何をだ?」
「チュートリアルのクリア条件さ、この街はたった一人の殺人鬼を見つける為に封鎖されてる訳だけど、仮にもし、この街の殆どが殺人鬼になったら、どうなるのか、ってね」
「・・・確かに、そうなれば封鎖する意味も無くなるが、でも、それはプレイヤーとNPC間の戦争になるって事じゃないのか?、騎士はドラゴンを倒せるくらい強いが、俺たちはレベルも装備も全く育ってない状態だ、そうなったら勝ち目は無いんじゃないのか」
「レベルは確かに上げる手段が無いけど、武器は違うでしょ、武器屋でも騎士でもいいから、殺して奪えばいい、装備さえ整えてしまえば、傾向と対策次第である程度は対等に戦える筈だよ、人数だってボクらの方が多い訳だし」
「・・・確かに、それなら勝ち目はあるのかもしれないが、でも、それは邪道じゃないのか?、やっぱり王道RPGならば、シナリオライターの作ったシナリオがあって、王様を殺した殺人鬼を見つけ出して、そいつを追ってダンジョンに向かうっていう、王道の流れがあると思うし、この街のNPCと会話した感じからも、王様を殺した殺人鬼がキーパーソンなのは間違いないと思う」
「そうだね、確かにそういう展開は王道で必然性のあるものだと思うよ、でも、王様を殺した犯人と、今日の事件の犯人が一緒なんて、限らないでしょ、だって王様を殺した犯人が一緒なら、王様を殺した時点で指名手配されてるって話だし」
「それは──────────」
言われてみれば確かに矛盾している。
王様を殺した犯人ならば何より優先して捕まえるべき存在であり、先に指名手配するべきだろう。
それなのに未だに指名手配されずに、霊媒すらされずに、現場は保存されて放置されている、これは違和感を感じる話である。
一つ可能性を挙げるとするならば、ドピュッシーを殺した犯人を殺人鬼として吊るし上げる為に、懸賞金をかけたという可能性も、考えられるものだろう。
そこに〝意図〟を絡めて結論を導き出すならば。
「誰かが勇者に殺人の罪を着せようとしている・・・?、確かに、それも王道RPG展開としてありそうなシナリオ、か」
どちらかと言えば邪道よりかもしれないが、冤罪を着せられた勇者が追放されて、それでダンジョンの奥まで犯人を追い詰めるという展開も、まぁありがちなシナリオだろう。
「ま、普通に考えたら、強盗目的の殺人と、王様の殺害は同一視出来ないよね、だったら、どっちを捜索するべきかははっきりしてるんじゃない」
「シナリオイベントの殺人鬼と、ただの懸賞金がかけられただけの一般プレイヤー、プレイヤー側を追っても、リスクとリターンは釣り合わない、か」
「ボクらはお金に困ったら聖剣売ればいいし、最悪、騎士から身ぐるみ剥いでカツアゲしてもいいしね、そっちを捜すメリットなんて、ボクらには無いでしょ」
「・・・そう言えば聖剣、売れば5億グランは下らないって言われたぞ、そんで国宝級の代物だから買い取りは出来ないって断られた」
「あらら、じゃあユニークアイテムは完全にプレイヤー同士のトレード限定になるって訳か、ま、楽に手に入ったアイテムで金策出来ても、それはそれでバランス崩壊してるって話だもんね」
「楽では無いだろ・・・、それで金策はどうするんだよ、猫バーグの保存も今日で切れるし、殺人鬼の捜索は金にならないんだが」
「ま、そこは団長のへそくりでなんとかしておくれよ、ボクも頑張って金策探すからからさ」
「へそくりって、そんなもんあると思ってるのか」
「うーん、ボクの予想では2万くらいかな〜、ま、宿はあるし、食糧は適当に川とか田んぼから取ってくるか、無銭飲食でもすればなんとかなるでしょ」
「・・・ま、そうだな、取り敢えず明日は食糧の確保を考えてから、捜索にあたる事にするよ、お前も捜索するんだよな?」
「まぁ別行動でね、情報収集は単独行動の方が効率いいでしょ」
「ああ、取り敢えずは、その方向性で行くか」
と言いつつ、確かに2万のヘソクリがあるとはいえ、これで何日持つかは分からない。
チュートリアルが終わればマップに出る必要があるし、プレイヤーキルが解禁されるから宿に止まる必要もある。
入り用になる事は必須だし、出来るだけ金は残しておきたい所ではある。
なので捜索を優先するか、金策を優先するかは難しい所だが、日を空けた今なら、またエリーゼから金を巻き上げるにも絶好の機会だろう。
それにしてもドピュッシーを殺したのがプレイヤーだとして、そいつは一体いくら手に入れたんだろうな。
100万の懸賞金がかけられるくらいだから、恐らく相応の金が手に入ったのは間違いない。
高額納税者の上級国民は霊媒により情報を抜き取れる為に完全犯罪の難易度が跳ね上がるリスクを伴うのだから。
そして騎士に聞く所によると、上級国民に対する強盗殺人は死刑、強盗は懲役10年、殺人は懲役50年に及ぶそうだ。
国民ランクで罪の重さが変わる階級社会も、いかにも難易度を設定されたゲームさながらと言った感じだが。
だが、罪の重さはすなわちそのリスクに見合うだけの報酬があるというのもまた、ゲームの原則だろう。
もしドピュッシーの殺人犯が逃げ切りを達成したならば、再び同じような犯行が繰り返されるようになり、この街から安全地帯は無くなる。
そうならない為にも、優先すべきは王様を殺した殺人鬼だが、ドピュッシーの殺人犯も捕まって欲しい所ではあった…。




