18.あの日助けて頂いた聖女です
「・・・さて、レインは闘技場にもいなかったし、教会で聖歌の練習してるモモとノワを冷やかしにいくのも舐められそうで嫌だし、どの辺をうろつくべきか」
大半のプレイヤーはボス部屋捜索というダンジョンの探索、奴隷ランクを上げつつ金策も出来る闘技場、そして下層で手付かずになっている隠しダンジョンで金策のいずれかに励んでいる事だろう。
【聖女】のモモは例外的に教会で聖歌の練習をしている訳だが、そう考えると毎回聖女に役割を与えてくるというのは、ゲーム設計的にかなり一人のプレイヤーに対して負担を強いる設計だと思われるが、ただ、これが善人と悪人のデスゲームと仮定するならば、ゼロのいい分の通り、団結の旗印になる〝象徴〟がいた方がいいので、そういう面でも聖女の優遇は善人側にとっては大きなメリット言えるだろう。
聖女の負担とリスクがとてつもなくデカイという一点だけがデメリットだが、真の聖人ならば、仮にこの世全ての理不尽を寄せ集められる事になってもそれを受け入れるという皮肉になっているのかもしれない。
とか思いつつ、俺はモモの他にも3人くらい予備の聖女がいたらいいなとか考えながら、ひとけの無い昼の繁華街で、何か面白そうなもの(えっちなお店)は無いかとイチタを連れてぶらついていると。
「あ、あの!!」
「ん・・・?」
その声の主はお嬢様系のアニメ声というかなり特徴的な声をしていたので一声だけで判別出来たが、俺はなんの用だろう、面倒事じゃなかったらいいなと思いつつ振り返った。
「あ、あの、先日は助けて頂き、ありがとうございました!!」
声の主、20階層で【聖女】として歌っていた少女は、開口一番に頭を下げて俺に礼を言った。
「ああ、お礼か、ま、気にすんなよ、君も【聖女】として前半戦頑張ってくれてたし、それで俺たちも助かってたしな、これも、情けは人の為ならず、って奴かな、ガハハ」
俺は我ながら反吐が出そうな主人公ムーヴのセリフを吐いてるなとか思いつつ、それでもあの地獄を経験して引きこもらずに表に出てきてるだけでも偉いという賞賛の気持ちから、【聖女】を続けて欲しいという気持ちを込めて優しい、サービス満点の言葉をかけたのであった。
つまり俺の善意とは、徹頭徹尾見返りを求めて行われるものなのである。
そして俺の後ろめたいイケメンムーヴは、助けた事で攻略フラグが立っていたのか、目の前の少女に対して覿面の効果を発揮したのであった。
「──────────っ、そんな、気にします、だって命を救われましたからっ、だからなんでもします、お礼をさせてください!!」
そう言って少女は思い切り俺に抱きついてくる。
かなりデザインに凝った、金髪碧眼の美少女アバターなので目立つのだが、幸い人通りの少ない昼の繁華街だったのでそれを咎めるのは謎に対抗心を燃やしているイチタだけだった。
「ウゥ・・・ワン!ワン!」
しかし少女は全く気に留めずに俺に密着する。
流石に人に見られると逢い引きしてると勘違いされて良くない事(痴話喧嘩)に巻き込まれるかもしれないと思い俺は急いで引き剥がした。
少女のレベルは俺と変わらないようであり力負けする事は無かった。
俺は名残惜しそうなあざとい上目遣いをしてくる少女に訊ねる。
「・・・なんでもするって、具体的には何してくれるんだよ?、正直、お前が〝命を救われた〟って仮定するなら、お前の命を俺に捧げる以外の返済方法は無いと思うんだけど、そうだとして本気で言ってんのか?」
今の時点で疑り深い俺は美人局の可能性、もしくは俺が金を持っていると知っての詐欺の可能性を疑っていた。
なぜなら命を救うというテンプレフラグを立てたのは事実だが、それで他人に惚れるようなチョロインがこの世に存在する事自体を疑っていたからだ。
勘違いの無いように言うと、俺はチョロインもテンプレハーレムも嫌いじゃない、ただそれを自分の身に起こる事象、現実で起こりうる現象だと、全く信じていないという事である。
なので俺は、豹変したようなマジレスで少女に問いかけたのだ。
そんな俺の態度に少女は一瞬顔を引き攣らせるが、直ぐに修正して、愛想のいい笑みを浮かべながら、まるで俺に恋してるとでも言わんばかりの調子で言った。
「それは・・・なんでも、です、この世界で私を恋人にする事も、現実世界で私を恋人にする事も・・・なんでもします!!」
少し演技臭さのようなぎこちなさを感じつつも、まっすぐ俺を見つめる少女の瞳はまるで恋する乙女そのものであり、俺はその勢いに気圧されるようにたじろぎながら、その覚悟を問いかけた。
「お前それ本気で言ってんのか?、俺が40代独身無職童貞だとしても、お前は現実世界で俺の恋人になるのか?、ならないだろうが!、つーか命の貸し借りとか時代錯誤も甚だしいっていうか、そもそもなんでお前は自分が恋人になる事が〝お礼〟になると思ってんだよ、俺を40代無職童貞男だと思ってバカにしてるのか?、ああん?」
美人局だと疑っている俺は、そんな自分の人間性を下げるやり取りによって相手の真意を読み取ろうと出方を伺うが、少女はそんな俺の恫喝にも全く動じる事無く、言い放ったのだ。
「・・・だっ、私、・・・ドルですから」
「ドル?・・・、サドル、エルサルバドル、コンドル・・・コンコルド効果の事か?」
別名、埋没費用効果、ギャンブルで突っ込み過ぎると後に退けなくなるアレだ。
つまり、私、コンコルドだから、売り言葉に買い言葉で引くに引けなくなった、って言いたいのだろうか。
そう思って首を傾げていたら、少女は俺の耳元に口を寄せて囁いた。
「だって私、アイドル、ですから・・・!」
アイドル、そう言えば1階層攻略時に配られた新聞に、そんな内容がちょこんと言及されてたなとか微かな記憶を振り返りつつ、だからどうして?と言った態度で言い返した。
「ふーん、で、お前がアイドルである事に何の価値あんの?、アイドルだったら億超えの資産とか持ってるわけ?、だったら確かに、リアルでお礼するってなった時に、俺はかなりいい思いをさせて貰えるって事になるけど」
「い、いえ、お金はあんまり・・・」
「なんだ、じゃあ三流アイドルか、じゃあ三流アイドルのお前がさ、俺の彼女になってどんなメリットがあるのかな?、教えてくれる?」
俺が否定的に反論してる事が不思議なのか、少女は焦れるように狼狽しながら答えた。
「うぅ・・・なんで、えっと・・・、可愛い彼女が出来て、自慢出来る?」
それは普通は嬉しいだろうし、童貞ならなおさら嬉しい出来事だろう、でも、俺には当てはまらない幸せだ。
「残念、俺には自慢する友達とかいないし、仮にいたとしても、「俺アイドルの彼女と付き合ってるんだぜすげーだろ?」とはならないんだよバカ、昨今のアイドルコンプライアンスのキツさ知らねぇのか?、お前も本当にアイドルなら、事務所から恋愛禁止とか、SNSの監視や彼氏匂わせNGとか注意受けるだろ」
俺が態度を豹変した事により、さっきまで恋する乙女のような態度で俺を見ていた少女も、まるで目が覚めたようにドン引きした目で見ていた。
これが巷で聞く蛙化現象という奴では無いのならば、やはり俺の美人局という予想は当たっていたという事だろう。
少女は苦し紛れに返答した。
「・・・それは、そうですけど、でも、彼氏いるのは普通だし、そもそも恋愛禁止なのもアイドルという〝役〟の話だから、裏では禁止されてないし、禁止する法律も無いって話だって先輩が言ってたし・・・」
「なんだよお前、中古か?、ビッチか?、ここではっきり言わせてもらうぞ、俺は自分が童貞だから言わせてもらうが、アイドルなんて処女しかやっちゃダメな、処女検査必要なレベルで処女である事が商品価値の9割を占める職業なんだよ、だから俺はアイドルと付き合いたいとかは夢にも思わないし、お前がアイドルだって知ったらなおさら付き合いたく無いって思ったよ、お前ドルオタのヤバさ知らないだろ、ドルオタは住所特定や生理特定なんかは朝飯前で、恨まれたら炎上じゃすまない傷を負うんだよ、そんな事故物件と自分から進んで付き合いたいって思う奴がいると思うか?お前が男だったとしても嫌だろ、どうだ?」
俺は敢えて諭すようなやり方で聞き返す。
美人局なのだからもっと邪険にあしらってもいいが、やはりデスゲームなので、恨まれないようにするには俺が変人だったという、〝相手が納得出来る逃げ道〟を用意する必要があるからだ。
変人が相手ならば、美人局といえど、女のプライドを邪険にしても逆恨みされる可能性は下げられるだろう。
「・・・っ、で、でも、私、イケメンのモデルやアイドルから沢山告られてるし、同年代の中でもモテてる方だしっ・・・!」
「それはセフレにしてヤリ捨てようとしてるだけだろ、本気で結婚を前提にして付き合おうって奴が、現役のアイドルと交際なんてする訳ないだろ、なんだよ、やっぱりビッチじゃねぇか─────失せろ!!!、お前にしてもらうお礼なんてねーよ!、お前が17歳以上のお姉さんで、職業がアイドル以外なら、セフレにしてしこたま種付けして、末永く一緒に暮らしてもらう可能性もあるが、お前がアイドルの時点で俺がお前に頼む事なんて何も無いし、この世界での偽りの恋人関係ほど虚しいものも無いからな、だからお前が何目当てで俺に近づいたのかは知らないが、俺が求めるものは何も無いから、本気でお礼の気持ちがあるならこのまま立ち去ってくれ」
平和主義、日和見主義の俺にしてはかなり攻撃的な態度ではあるが、アイドルの癖に恋人関係を交渉材料にしてくるような輩は相当のバカか、それ以上の悪人であり、つまり、俺からすれば利用価値に魅力を全く感じなかったという話である。
そして、俺の偽らざる本心を聞かされた少女は、ドン引きした様子で、ボソッと呟いたのである。
「え、じゃああんた、アタシと同じ、16・・・?」
「・・・ああ、高一だけど、つーかお前も16かよ、良かった、守備範囲外で、仮に実は19歳くらいのお姉さん系って言われたら、少しは後悔する所だったぜ」
中身は大分子供っぽいと思いつつも、声はお嬢様系のアニメ声であり、大人びていた、なので俺の好みのタイプの可能性もあった訳だが、それを排除出来たなら俺がこの先〝アイドルと付き合えたかもしれない可能性〟について後悔する事は一生無いだろう。
そんな俺の開き直った態度に少女はため息をつきながら訊ねた。
「・・・はぁ、ねぇ、あんた、そっちが素なの?、10階層でテンペさんに突っかかった時とか、アタシを二度も救ってくれた時とか、まるで物語の主人公みたいに真っ直ぐで、覇気があって、かっこよかったのに、今のあんたは・・・まるでクズ男じゃない」
俺が素で話したからか、少女もくだけた口調になっていた、お嬢様系の声には似つかしくない口調だ。
確かにボス戦に於ける俺の立ち回りは神がかっていて、それ故に自分でも出来すぎていたと思うが、だとしてもクズ男と言われる程の事はしただろうか。
だとしても俺の結論は変わらんが。
「幻滅したか?、でもこれが俺だ、ありのままのな、人に言いふらさないでくれよ、お前が自分の身分を明かして告白して来たから、俺も俺の素顔でそれを否定するのが誠意だと思っただけだ、ついでに言えばこっちの世界での恋人枠には先約もある、だからどちらにせよ、お前の告白は無意味だったんだからな」
「そっ、か・・・、ねぇ、それでも好きって言ったら、あたしの事、恋人にしてくれる?、アイドル辞めろっていうなら辞めるし、セフレからって言うなら、セフレからでもいいからさ・・・」
今度は恋をした乙女のような演技では無く、自然に出てきた本音を漏らすような、そんな告白だった。
「・・・は、なんでだよ・・・、礼なんて要らないって言っただろ、それに先約もいるし、だから恋人とか要らないのになんで、なんでまだ俺に執着するんだよ」
いきなり全部捨てて俺に尽くすという、俺にとっての急所になるような全面降伏に俺は混乱しつつ聞き返した。
「だって、さっきまではお礼をする〝役〟で話てたけど、今はあたしがあたしの気持ちで話してる、あんたは言葉は汚いし、クソキモイけど、でも・・・正直だし、助けてくれたのに全く恩を着せようとしないし、そこがすごく誠実だと思って、かっこいいって思って、だから本気で、好きになれるって、そう思ったの、それにさっきはちょっと見栄張ったけど、あたし、実は親が超厳しくて友人関係管理されてたから、彼氏どころか友達もいた事無いし、だからちゃんと、処女、だよ・・・」
「うっ・・・」
上目遣いの告白に俺は不意打ちを食らってたじろぐ。
さっきまでの演技臭い表情では無く、その切なげな真摯に訴えかけるような表情には、まるで胸を射抜かれるような、反則的な魅力があったからだ。
俺は苦し紛れに、動揺を拭いとるように、少女に返した。
「・・・お前が俺と同い年のJKって証拠はあるのかよ、アイドル名乗ってるが、お前がアイドルだと証明出来る証拠はあるのか?」
モモやノワの時もそうだが、俺が俺の本音を晒しても突っかかてくる輩には、俺は太刀打ちできないのだ。
だからリアルの追求というタブーくらいしか、少女を跳ね除けられる言葉が思い浮かばなかった。
俺がそう言うと少女は真っ直ぐ俺の目を見て言い放った。
「あるよ、だって私は────────桜梅桃華・・・白子桃子と同じグループに所属するアイドルの、風鳥花月だから」
「─────は?」
───────白子桃子、それはいつか聞いたモモの本名だった。




