9.私何もあげられるもの無いからお歌を歌うね
「素晴らしい歌声だ嬢ちゃん、ほら、約束の報酬だ」
「ありがとうございます」
モモは今日もカラオケで100点を取って、そしてその報酬を他の冒険者達に分け与えた。
モモが無一文にならないように、俺とレインが先頭に並んで先にマージンを確保しとく訳だが、当然レインからしても、この行動は異常に見えている事だろう。
「驚いた、自分の利益の為ではなく、ただ他人の為だけに分け与えるなんて、キリリン、何故彼女は無益で無駄な事をしているんだい?」
「それはこいつが世間知らずでとびきりのバカだからだ、自分が貧困になった経験が無いから、貧困に陥ったものを救済する事を当然だと考える、仮に貧困を知っている人間が富豪になったとしても、弱者に施そうなんて思考にはならないだろう?」
「その口ぶりだとまるで君は貧困を知っているようだが、現代日本に生まれてVRMMOをプレイ出来る人間の君が、本物の貧困を知っているとでも言うのかい」
「いいや、ただのゲーム理論の話だよ、どれだけ初心者や新規に優遇した所で、才能ややる気の無い奴は長続きしないし、逆に才能ややる気のある奴は自力だけで上位まで上り詰める、勿論、情報や上達法が上位プレイヤーで独占されてるゲームなら独力の限界はあるだろう、でも、このゲームはそうじゃない、だから仮に彼らが餓死しても自己責任だし、救済する必要も無いけど、あいつはそれを教えられても、それを理解できない〝馬鹿〟なんだよ、猫の時と同じで」
「なるほど、世間知らずであるが故に、善意とか悪意とか、打算とか効率ではなく、与えられた道徳や倫理観が自分の正義という価値観を形成しているという訳だね、人間の世界なんてどこまで行っても自己保存の本能で成り立っているというのに、きっと、自分の周りの優秀な人達の〝持てるものの義務〟を見て、それが正しい事だと錯覚している訳か」
「ま、日本人ならそれが普通じゃないのか、だって強盗殺人とか略奪とか、そういうのは確かに存在しているのに、そういう犯罪が全く身近じゃない訳だし、生活保護もあるからな、結局、本当の飢餓や貧困を知らないから、他者を救済する事の本質を理解出来ないんだろう」
「キリリンはとても政治的な思想をしているね、まるで人間を数字に置き換えて見ているような、そんな無慈悲な合理性を感じるよ」
「別に、世の中を学べば体制とか仕組みが数字でしか判断出来ない無慈悲な社会だってそう思うのが普通だろ、だって貧しい人間は労働時間が長くて寿命短く、金持ちはその逆だ、人間の人生そのものがデザインされた社会こそがイレギュラーの無い平和な世界になる訳だし、だったらそういう社会の中で、無知で世間知らずなバカが量産されるのも必然的だろ」
「必然か、正直ボクには、モモくんの思考なんて人生を100回やり直しても理解出来ないだろうけど、キリリンは理解は出来なくても尊重はしてあげるんだね、ボクなら3日くらい間を空けて、乞食どもが野垂れ死にした所で歌わせるけど、キリリンはモモくんを利用する気とかは無いみたいだし」
「モモの利用価値なんて今だけだからな、下手に世話を焼いて付き纏われる方が迷惑だっただけだ」
「そうかい、ならキリリンはボクの利用価値についてはどう思ってるんだい」
「スラムに拠点作るっていう発想や、スラムの情報に精通している点では優秀だと思っているよ、でも組もうとは思わないな、生存を優先するなら、強い善人と組むのがベストだ、そしてそれは今の状況的には、善人の多いギルドがそれになる」
「じゃあそこに入ればいいだろうに、もう10日近く経つ訳だし、目星が無いわけでも無いだろ」
「・・・断られたんだよ、MMO未経験だからって、10回以上色んな所から」
「あっ・・・、それは災難だったね、でも、それならボクと組む以外の選択肢は、キリリンには無いって事にならないかい」
「・・・お前があのバカを抱えようとしなければ、お前と二人なら、別に構わなかったさ、なぁ教えてくれよ、なんでお前はバカで世間知らずのお荷物を引き取ろうとしたんだ、利用価値なんて皆無だろう」
「でもモモくんは、君と違ってボクを女の子だと見抜いていたし、君より優秀だ、多分、土壇場には強いタイプなんじゃないかな、それに。
・・・正直ボクも、猫狩りは時給が悪くて嫌だったんだよ、それが今は彼女の歌のおかげで最低限のベーシックインカムが手に入る訳だろう、ならこれは、そんなに悪い話じゃないと思うけど」
「今だけはな、でもあいつは、仮に悪人のギルドが全滅しかけてて死にそうになってても、施すぞ、ワ○ピースのサ○ジみたいな事をするぞ、自分は弱くて尻拭いする能力も無いのに、敵に塩を送りまくるんだぞ、そんな奴、味方にいて欲しくないだろ」
「だから、それはキリリンの想像の話だろ、モモくんは確かに世間知らずで愚かかもしれない、でもそれはモモくんの本質じゃない、モモくんは牛と猫がどちらも〝肉〟であると理解したし、紛い物の猫をまるで本物のように庇った、これこそがボクがモモくんを認めるに足る、モモくんの本質の話だよ」
「・・・確かにモモは鋭い所もあると思うが、じゃあ、お前は、あの紛い物の猫も現実と変わらない存在だとでも言うのか?」
「少なくとも、ボクらにとってはそうじゃないのかい、だってボクらも、電脳世界の電子情報だ、現実じゃない、だったら、あの猫と同じで、人格をコピーされただけの紛い物の可能性も、あるよね」
「それは──────────」
一番恐ろしい可能性だが、これが〝実験〟なのならば、このデスゲーム自体がただの設定で、俺たちが本当はAI、コピーされた人工知能に過ぎない可能性も、有り得ない話では無いだろう。
少なくとも、1万人の人間の身柄を拘束するよりも、人格をコピーする方が遥かに、安上がりで現実的だと思われるからだ。
だから、このゲームをただのゲームだと、存在する物をただのデータだとして扱うのは、この世界に生きる〝生き物〟として、正しい行動では無いのかもしれない。
「まぁこれはあくまでも仮説だ、真実は分からないさ、でも、初めてプレイするMMOでそう思って行動出来るっていうのは、モモくんにしか出来ない特別な事だと、ボクは思うよ」
「そう、だな・・・」
────────もしも、俺たちの命がただの電子情報なのならば、その命の価値を決められるのは自分しかいない。
だから〝生き残る〟事よりも〝善く生きる〟事を選んだモモの行動もまた、否定出来るものでは無いのかもしれない。
俺は今までゲーム理論で効率、最適解を求める事に注力して来たし、それを辞めるつもりも無いが。
だがこの時初めて、この世界で〝生きる〟事について、深く考え始めたのであった。




