62.私の最強の天使(アーサーside/最終話)
私が屋根裏部屋の研究室に駆け込んだ時には、ローゼは鈍い光に包まれていた。
「ローゼ!」
駆け寄って必死に手を伸ばす。彼女は動けないようだ。光に包まれていても顔は真っ青に怯えていることが痛いほど分かる。
「ア、アーサー様・・・」
その声を最後に彼女の体が消えた。床に黒い穴が空き、吸い込まれるように消えてしまった。
「ローゼーっ!!」
私も一緒に飛び込もうとしたが、黒い穴はすぐに閉じてしまった。私は床をガンガン叩いたがビクともしない。
「ローゼ! ローゼ!」
床に向かって必死に叫んでいると、
「こんちくしょー、やりやがったなー、クソジジイが!」
アレクの怒り狂った声が聞こえた。
「アレク! アレク! ローゼが、ローゼが連れて行かれた!!」
「何だって?!」
アレクは飛び起きると、私のもとにすっ飛んできた。
「アレク! 後生だ! どうか助けてくれ! ローゼを連れ戻してくれ!」
私は恥も外聞も捨て、アレクに縋りついた。
「言われなくても分かってるよ!! でもな、頼みがある。お前の血を寄こせ!」
アレクが私に抱き付いた。
「力が必要なんだ。お前の血を寄こせ! 早く!」
「そんなものいくらでもやる! 体中の血を飲み干してくれたって構わない!」
「そんなにいらねーよ。一滴で十分。それ以上は腹壊すし」
そう言うとアレクは私の人差し指に噛り付いた。彼の歯が私の皮膚に食い込む。だが、痛みなど感じている余裕などなかった。
「よし、十分だ。行ってくるぞ! 絶対連れ戻してやるからな! そこで待ってろよ!」
アレクは私に向かって親指を立てると、パッと姿を消してしまった。
一人残され、二人の無事を祈る事しかできない自分の無力さを呪い、生きた心地のしない中、ひたすら彼らの帰りを待った。
真夜中を過ぎても二人は帰って来なかった。絶望感が体を支配し始めた時、床の一部が白く光り出した。さっきローゼが消えた部分だ。
そこからパッと眩い光が発せられたと思ったら、すぐに消えた。
光が消えたその場所にローゼが横たわっていた。
「ローゼ・・・!」
私はローゼを抱き起した。必死に声を掛ける。何度も何度も声を掛けるとやっと目を開けた。
「戻りましたわ・・・、アーサー様。私は生きてますわよ」
戻ってきてくれた! 生きて戻ってきてくれた、私のもとに!
ありがとう、ローゼ! ありがとう、アレク!
私は彼女を力いっぱい抱きしめた。安堵したもののまだ震えが収まらない。
そんな私に彼女が言った言葉。
「呪いは解けましたわ!」
ああ、貴女って言う人は本当に・・・。
本当にどこまで強いのだろう。
当の私は何もしないくせに惨めたらしく未来に絶望しながら長年生きていたというのに、貴女はたった数週間でこの絶望を打ち砕いてしまった。
それも命がけで! しかも他人のために!
自分の無力さと弱さをここまで情けなく思ったことはない。
もっと強くならなくては! 貴女の為に。
今後は私が貴女の全てを守る存在でありたい。
★
星が輝くそんな夜。
夕食の後、ローゼが庭園の散歩に私を誘ってくれた。
「寒くないか? ローゼ」
今は秋。夜になればそれなりに冷える。私は手に持っていたストールを広げ、ローゼの肩に掛けようとしたが、彼女は笑ってそれを拒否した。
「いいえ。しっかりと着込んでいますから全然寒くありませんわ。と言うよりむしろ暑いくらい。ちょっと用心し過ぎました」
ふふふと笑う彼女はとても愛らしい。
腕を組んで庭園内をゆっくり歩く。暫く歩くとベンチがある。
そこに座って夜空を眺めるのが彼女のお気に入りだ。
ベンチに来ると彼女はすぐに座ろうとするので、慌てて制して、持っていたストールを敷く。
「冷えたらいけないだろう」
「心配性ですわね、アーサー様ったら」
また愛らしい笑顔で笑う。この笑顔を見る度に幸福感に包まれる。
彼女の腰かけた横に私も座って一緒に夜空を見上げた。
「今日の満月は綺麗ですわね。秋ですものね~。あ、もしかして中秋の名月? 今日って十五夜?」
たまに彼女はよく分からない言葉を口にする。
「ふふふ、こうしてアーサー様と満月を見れるなんて夢のようですわね。嬉しいですわ」
彼女は夜空を見上げながら、私の腕に手を絡めるとそっと頭を肩にもたれかけた。
何の迷いもなく私に身を任せてくれる彼女が愛おしくて可愛らしくてならない。
本当に未だに夢のようだ。一緒に満月を見ることが出来るなんて。
「これも貴女のお陰だ。感謝してもしきれない」
私は彼女の額に唇を寄せた。私のキスに彼女は幸せそうに眼を細める。
「私だけの力じゃないですわ。そうだったら格好良かったですけれどね。実際に犠牲なってくれたのはウィリアム様ですし、闇から救い出してくれたのはアレクとアーサー様ですし・・・。あれ・・・? 今思い出すと、私って何もしてなくない? ただ問題行動を起こしただけで・・・」
急に思案顔になりブツブツ呟き出した。
何を言い出しているのだろうか。紛れもなく彼女の功績だというのに。
悪魔のアレクも亡霊のウィリアムも貴女だから協力したのだ。貴女だから助けたのだ。
貴女は悪魔や亡霊をも魅了する最強の天使なのだ。
「はは! 確かに問題行動だったことには違いないな、黒魔術なんて。だが、すべてがそのお陰じゃないか。そしてそれは私の為に起こしてくれたんだ。本当に感謝している。ただ・・・」
「ただ?」
ローゼは首を傾げて私を見る。
私はフッと笑って、もう一度彼女の額にキスをした。
「何度も言っているが、もう危ないことはしないでくれ。生きた心地がしない。私の寿命が縮む」
「分かってます、分かってますわよ。もう危険な行動も問題行動も起こしませんわ。アーサー様の寿命が縮まったら困るもの。長生きしてもらう為に呪いを解いてもらったんだから」
「長生きか・・・」
きっと薬のことを言っているのだろう。
血の欲求を抑えるために服用していた薬は毒に近いほど強い薬だった。命に係わることは承知で飲み続けていたのだ。それも今は必要ない。
「ええ、しっかりと長生きしてくださいませね。この子の為にも」
ローゼは私の手を取ると、大きくなった自分のお腹を触らせた。
彼女のお腹の中の子が動く。手のひらから命を感じる。
「もちろん約束する。この子の為にも、そして貴女の為にも」
もう決して貴女を諦めることはしない。貴女が私を諦めなかったように。
絶対に手放さない、この幸せを。貴女という最強の天使を。
私たちはどちらかともなく顔を近づけると唇を合わせた。
完
最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました。




