60.別れ
「なあ、ローゼ。ジジイに逃げられちゃったけど、呪いはどうなったんだ?」
私の腕の中でアレクは心配そうに尋ねた。
アレクは魔力で暗闇を仄かに照らしてくれていた。
「それがね・・・」
私は去り際の悪魔の言葉を思い出す。
『今回は特別だ。呪いを解いてやったぞ。有難く思うんだな』
確かにそう言った。
そして、確かに腕を食べたのだ。この目で見たのだ。でも、私の腕はちゃんと付いている。
じゃあ、あの腕は誰の腕なんだ?
「そう言えば・・・」
他にも何か言っていた。
「亡霊の腕って言っていた気がする・・・」
「は?」
「もしかしたら・・・」
アレクの頭を撫でていた手を止めた。アレクは不思議そうに首を傾げた。
「分かったかもしれない・・・。誰の腕か・・・」
「は? わっ、うぐっ、苦しっ!」
私はまたまたアレクをギュッと抱きしめた。
「本当に感謝だわ! いろいろな人に守られて助けられて! 本当に本当に私は幸せ者ね!」
「よく分かんないけど放せっ!」
「大丈夫よ、アレク! 呪いは解いてもらったの!」
「そうか、分かった! 解いてもらったんなら良かったな! とにかく放せって! 苦しー!」
「アレクにも感謝~~! 大好きよ~!」
「分かった分かった! もう放せってばぁ!」
そうだ! きっとあの人の腕だ! あの人の!
ジタバタ暴れるアレクに軽く腹に蹴りを入れられた。私は慌てて謝りながら力を緩めた。
★
仄かな明かりの中、私はアレクと向かい合った。
「じゃあ、お前を人間の世界に帰すぞ」
「ええ、お願いね。アレク」
「おう・・・」
「・・・」
「・・・」
二人の間に沈黙が流れる。
堪らなく寂しさが込み上げてくる。
「だから、泣くなってば、ローゼ。帰れるんだからさ」
「うんうん・・・。でも、アレクとはお別れなんでしょ? もう会えないんでしょ?」
「そうだけどさ・・・」
アレクの耳が寂し気に少し垂れた。
「呼んだらまた来てくれる・・・?」
「うーん、それは約束できないけど・・・。でもその時は今度こそちゃんと『願い』決めてくれよ?」
「ふふ、そうね」
私は泣きながら無理やり微笑んだ。
きっと今後彼を呼ぶことはないだろう。本当ならやってはいけないことなのだから。
ここで永遠にさようならだ。
私はアレクの両手を取った。
「アレク、私のところに来てくれて本当にありがとう。あなたのことは絶対に死ぬまで忘れないわ。会えなくても私はずっとあなたのお友達よ。いつもあなたのことを想ってる。大好きよ、アレク」
アレクは瞬きしながら私を見た。だが、すぐに丸まった目が細くなり、口元も弧を描いた。
「うん。俺もローゼの友達だ」
私は最後にアレクを抱きしめようとした時、自分の左手にしているブレスレットに気が付いた。
「あ、そうだ!」
私は急いでブレスレットを外し、アレクの首に掛けた。
ネックレスにしては少し長いが、金色がアレクの緑がかった灰色の肌に映える。どこか悪魔っぽさが増した気がする。何かちょっと悪そうで格好良いかも。
「うん、似合う似合う」
私は満足気に頷いた。
「アレク。これはお友達の証よ。私のことを忘れないでね」
「絶対に忘れないぞ! 忘れるもんか!」
アレクは私の胸に飛び付いた。
私はそんなアレクを抱きしめる。
「じゃあ、行くぞ!」
アレクがそう言うと、私たちは上に向かって上昇し始めた。
グングンとすごいスピードで上昇して行く。
落ちる時と同じくらいのスピードだ。頭に強い風圧を感じる。それでも胸にアレクを抱いているせいで怖くはない。
どこまで登っただろう?
頭上に薄らと明かりが見えてきた。
「ローゼ。俺に名前をくれてありがとう。俺、これから他の奴らにも『アレク』って呼ばせるよ。自慢してやるんだ。俺には名前があるんだって!」
胸に抱いていたアレクが私を見上げて笑った。最後の別れの時がやって来たのだ。
私はアレクの額にキスを落とした。
「じゃあな! ローゼ、元気でな!」
「アレク! 大好きよ! 大好きよ!」
他にも伝えたい言葉はいっぱいあるのにこの言葉しか出てこない。
「アレクっ!」
そう叫んだ時にはもうアレクは私の腕から姿を消していた。
アレクを抱きしめていたはずの腕を呆然と見つめる。その間も私の体はグングンと上昇していき、頭上にある光にどんどん近づいていく。
「アレクーっ! 元気でねー!」
私は下に広がる暗闇に叫んだ。同時に白い光に到達し、その中に吸い込まれていった。




