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6.限界

私たちが結婚してから半年経っていた。


半年なんとか頑張ってみて、ダメだったからもう諦める。

何もしないで最初から諦めるのも良くないと思ったから頑張ったのだ。

でも、頑張っても応えてもらえないどころか、少しでも体を近寄せれば、振り払わんばかりに避けられる態度に、流石にもう心が挫けた。

六か月も誠意を見せれば義理も果たしたろう。


その夜会の翌朝。

朝のサロンで私はアーサーに挨拶をした。


「おはようございます。侯爵様」


アーサーは明らかに顔色を変えた。なぜなら名前を呼ばなかったからだ。


しかし、私はいつもの通りにこやかな顔のまま食卓に着いた。

ただ、違うのは黙って食事を始めたこと。いつもなら必ず私の方から話しかけていた。


だが、私は挨拶以外しなかった。

シーンと静まり返った食事。


いつもだったら私だけが話し、アーサーは一言二言で返事するだけなので、食事はいつも彼の方が早く終わる。そして、食べ終わると私を置いてさっさと退出してしまう。


今回、私は余計なお喋りで無駄に口を動かしておらず、食事に集中できたので、早く食べ終わった。彼は新聞を片手に食事中。


「ご馳走様でした」


私は席を立った。

それに驚いたような表情をするアーサー。


私はにっこりと微笑み、会釈をすると、さっさと退室した。

その日は登城する夫を見送ることもしなかった。


そしてその日の夕食も朝と同じ態度を貫いた。


「お帰りなさいませ。侯爵様」


そして無言で食し、にこやかに先に退出。

この新しいルーティンが始まった。





三日目の朝。


「おはようございます。侯爵様」


私はいつものようににっこりと挨拶をして席に着く。それ以外は食べること以外に口を動かさない。

今日もさっさと食べ終わり、最後のお茶をすすっていると、アーサーが新聞を見ながら口を開いた。


「最近貴女は静かになったな・・・」


わあ! びっくりしたー! しゃべったー! 

もう、やめてよ~、お茶吹くとこだったじゃない!


心の中で慌てふためきながらも、表向きはにっこりと微笑み、カップを置く。


「ええ。心を入れ替えましたの。今まではうるさくして申し訳ございませんでした」


「え・・・?」


「煩わしかったでしょう? 反省しております」


「煩わしい・・・? そのように思ったことは無いが・・・」


「いいのです。そのようなお心遣い頂かなくて」


私はこれでもかと言うほどの完璧な営業スマイルを見せた。


「ご馳走様でした。お先に失礼いたしますわ」


何か言いたげなアーサーを置いて、さっさと退出した。





自分の夫を篭絡するのは諦めたが、侯爵夫人としての仕事まで捨てる事まではしなかった。

いずれ石女扱いされ追い出されることになろうとも、「世継ぎを生めない」以外、自分が非になる理由は作りたくない。ここにいる限りは一家の夫人として誠心誠意、侯爵家を支えようと思い、仕事は頑張っていた。

先代は既に隠居されており、夫人はとうの昔にいない。アーサーが12歳の時に儚くなっており、後妻もいない。

筆頭執事に助けられながら、何とか切り盛りしていた。


新しいルーティンが始まり二週間ほど経過した頃だ。


無言の食事にいい加減嫌になり、早く一人で食べるようになりたいと思っていても、なぜか食事は一緒。

そんな食事の時間が憂鬱になり始めていたある夜。アーサーは仕事で遅くまでかかるようで、一人で食べていた。


ああ! なんて気が楽なのだ!

食事がいつもの2.5倍は美味しく感じる!


「五臓六腑に染み渡るわ~~」


思わず独り言を言ってしまった。

私の独り言を聞いた執事のマイクが、文句だと思って慌てたようだ。


「奥様。どうされました? お気に召さないものがございましたか?」


この年寄りは本当に優しい。

私は慌てて首を振ると、


「違うわ! もうね、とっても美味しくって! 体の隅々まで美味しさを感じているってことよ!」


「それは、料理長も喜びます」


「ふふふ、特に今日は格別! 本当に美味しいわ! 最高!」


「ご機嫌のようで私も嬉しゅうございます」


にっこりと笑う執事に私も微笑み返した。




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