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54.願い

生きているかもしれない。例の悪魔が。呪いをかけた張本人が・・・。


私はまじまじとアレクを見た。自分でも血が引いているの分かる。


「どうしたんだ? ローゼ?」


小刻みに震えている私をアレクは不思議そうに見つめた。

私は震える手でアレクを抱き上げ、自分の顔に近づけた。


「ねえ、アレク。それが本当なら・・・。その悪魔に会えない?」


「そいつに?」


「それを私の『願い』にしたい」


「それを?」


「ええ」


私は大きく頷いた。


「できる? アレク」


期待を込めた目で彼を見つめる。ドキドキと心臓がうるさい。


「うーん・・・」


私の期待とは裏腹にアレクは首を捻った。


「それは、そいつをこっちに呼び寄せるのか? それともローゼを向こうに連れて行くのか?」


「どっちでもいい! その悪魔に会えるなら!」


私は思わず立ち上がった。私の勢いにアレクは目を剥いた。


「会って直接お願いするの! だって本人しか解けないのでしょう? だったら本人に会わなきゃ! 本人にお願いしなきゃ!」


「でも、呼び寄せたとして・・・、お前が呼び寄せるわけじゃないからお前の願いを聞いてくれるかは分からないぞ?」


「じゃあ、向こうに連れてって!」


「それだって同じことだ。会えたからって願いを聞いてくれるかは分からない」


アレクは困ったような顔をする。


「それでも会いたいの! だって会わなかったら始まらないもの!」


私は構わず叫んだ。


「お願いよ、アレク! その人に会わせて!」





私たちは屋根裏部屋のウィリアムの研究室に来ていた。

出来る限り人目に付かないように、ここでアレクに悪魔を呼び出してもらうことにしたのだ。


「じゃあ、呼び出すぞ。その前に血を寄こせ」


アレクは窓際の作業台に立って私に手を差し出した。


「え? 先に? 後払いって言ったじゃない」


「それはローゼが勝手に言った事だろ? その血が願いを叶える力になるんだ。文句言うな、早くよこせ」


「そうなんだ。じゃあしょうがないわね」


私はブチブチ言いながら、ポケットから小さな箱を取り出した。そこには既に火の熱で消毒済みの縫い針を数本入れてある。私は一本取り出すと針先を自分の左手の人差し指に近づけた。


「じゃあ、いくわよ」


私は大きく深呼吸した。


「いくわよ?」


「おう」


「いい? 刺すわよ?」


「おー、早く」


「本当に刺すわよ?」


「・・・」


「チクってするわよ? いいの?」


「・・・誰に言ってんだ?」


怖気づいていつまでも刺さない私に、アレクは呆れたように目を細めた。


「だって~、痛そうなんだもん」


「やる気あるのか?」


「あるわよ~。だけど、ついうっかり怪我するのと訳が違うもん~。勇気がいる~」


「あー、もう、世話が焼けるな!」


アレクはフワッと浮かんで私の傍に近寄ると、針を持っている私の指を掴んだと思ったら、左手の人差し指にグサリと針を突き刺した。


「痛――っ!」


私は慌てて針を引き抜いた。その傷口から真っ赤な血が溢れてくる。アレクはその傷口に口を寄せた。


「うん。まあまあな味。ジャムの方が美味いや」


まあまあ言うな! 人の血を!

私は急いで傷付いた人差し指をハンカチでくるむと、キッとアレクを睨んだ。


アレクは満足したように唇の周りをぺろりと舐めて、悪戯っぽくニッと笑った。そしてフワリと作業台に戻り、そこに立つと、目を閉じて何やらブツブツ呟き始めた。

暫く呟いた後、パチッと目を開けたと同時にパチンと指を鳴らした。


途端に部屋中が白い光に包まれた。眩し過ぎて咄嗟に両手で顔を覆う。だが、その光はすぐに消えた。

私は恐る恐る両手の隙間から部屋を見回した。ゆっくりアレクの方を見ると、彼の隣にもう一体の悪魔が浮かんでいた。





「おい、小僧。どういう事だ? なぜ俺を呼び寄せた?」


アレクに召喚された悪魔が口を開いた。


「俺は頼まれたんだ。おっさんを呼ぶことが『願い』だったから」


「ほう・・・?」


アレクの答えを聞いて、悪魔は初めて気が付いたように私の方に振り向いた。

ギロリと睨む目はアレクと同じで真っ赤だ。同じなのに鋭い視線に恐怖を感じ、背筋がゾクッと震えた。


悪魔に見つめられ、私は言葉が出なかった。

それは恐怖だけではない。その姿に言葉を失ったからだ。


その悪魔は、腹から下が無残に千切られ、両足が無かったのだ。


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