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天帝王記  作者: Z−1
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第六章:炎の街で

「北門に廻るんだ!ここはもう保たないぞ!!」

バンセツが敵を薙ぎ払いながら叫ぶ。夕刻を過ぎた時、一気にヨハンの軍勢が押し寄せてきたのだ。たった五十程度の数で迎え撃とうとしたが、ラケーテンの時とは違い、相手は闇に乗じた襲撃ではなく、勢いに任せた突撃のため、勢いを止めきれない。一人、また一人と敵の刃に討ち取られていく。

街に侵入を許すと、すぐ火が投げ込まれた。すでに辺り一面は火の海となり、逃げまどう住民達が邪魔で、ロクに身動きが取れない。突き出される槍、振り下ろされる剣、すべてを捌いて応戦するが、やられるのは時間の問題だろう。

「バンセツ様、無茶です。お逃げを」

バンセツの側で声がする。周りには、逃げまどう人々や戦う者達でごった返しているが、バンセツに話しかけた者は、そこに居る様子がない。

「そんなこと言ってるなら、さっさと手伝え!!」

「すでに、ホラストからの援軍が到着しています。バンセツ様は、国にとってかけがえのない御方、どうかお逃げ下さい」

「手伝えと言っているんだッ!!」

「…御意」

敵の群れの中に、突然一人の男が降り立った。その下には、血まみれの兵士達が倒れている。男の手には幅広の大剣が握られている。それに叩き斬られたのだ。

「バンセツ様、引きながらお戦い下さい。すれば、いずれ好機が来ます故」

バンセツは無言で頷く。男は先程、バンセツに耳打ちをしていた男だった。バンセツはふと、尋ねる。

「弁天、リンとかいう小娘はどうしたんだ」

バツの悪そうな顔で、弁天と言われる男は答えた。

「逃げられました。翼伯殿を助けると…」

「弁天…、まずいぞ、それは」

「申しわけございません」

二人は、引きながら敵兵を倒し続ける。バンセツが敵の腕を切り落とす。すると、弁天がその腕を拾い上げた。

「どうだ?」

「ございません」

バンセツが頷く。手の甲に十字の焼き印が無かった。こいつらはヨハンではない。しかし、付けている武具はヨハンのものだった。

後退しながらの戦いは、いつの間にか、周りが敵兵だけになっていた。味方が全員やられたのだ。それか、少し離れた位置にいるのか、味方は弁天以外確認できない。目の前の敵を切り払い、バンセツと弁天は路地に逃げ込む。狭くなれば、四方からの攻撃は凌げる。街は、北へ行くほど、建物が密集していたのだ。

「これも時間の問題だが…」

「ご安心を、来ます」

突然、敵の群衆が真っ二つに割れた。ホラストの軍が着いたのだ。騎馬隊が敵の中を駆けていく、振り回される槍や剣に、次から次へと敵が倒れていった。

「ひとまず安心だな。俺らも屋敷へ向かうぞ」

「御意」

二人はその場をホラスト軍に任せて、屋敷に向かって走って行った。



翼伯は屋敷の門を開いた。忙しそうに動き回っている州兵達が一斉にこちらを振り返る。

「お前ら、ヨハンの軍が攻めて来てるのに何をしてんだ?」

荷車に荷物を載せている者、荷物を積み込んだ荷車を押している者、どうみてもヨハンの軍を迎え撃とうとしていないのは分かる。州兵の中の一人が怒鳴った。

「ええい、また貴様か!今回ばかりは見逃せん。殺せ!」

宿屋で会った州兵だった。州兵達が一斉に武器を構える。その奥には馬車が止まっていた。多分、その中には州長がいるのだろう。慌てたように、馬車を走らせ始めた。

「行かせるかよッ!」

えびらから刀を抜き取り、駆け出す。道を塞ぐようにして、州兵が槍を突き出してくるが、それをモノともせずに、駆け抜ける。

すぐに馬車の横にたどり着いた。車輪に一閃を与える、馬車が傾き、その場に倒れた。中の人間を確認したかったが、それをする前に州兵に取り囲まれた。しかし、州兵は構えるだけで、全員が及び腰になっている。たかが十五、六の少年と舐めてかかったツケだった。

「来るなら来い、こっちも時間がないんだ」

数人が一斉に仕掛けてくる。しかし、どうにも州兵の動きは悪い。訓練をまともにしていないのだ。これでは夫兵以下でしかない。翼伯に届く前にぶつかり合い、互いの標的には当たらない。翼伯は刀を振るい、一人目を鎧ごと断つ。誰もが何が起こったのか理解できていない。唖然とした者達にも翼伯は、躊躇せずに斬りかかる。二人目が首を飛ばされ、三人目が胴体を真っ二つに切られる。そうして、やっと正気に戻った者達は青ざめた顔で後退った。その間に四人目が血を吹き上げていた。


突然、馬が駆け込む音がした。州兵も翼伯もそちらを見る。馬から降りた男は静かな表情で、地に転がる州兵を見て、州兵達を見回したが、最後に翼伯を見たとき、表情に変化があった。驚いていたのだ。

「私は、ホラスト国将軍バレル!そなた達はセリオルの州兵とお見受けするがよろしいかッ!!」

バレルと名乗った男は、すぐさま表情を引き締めて、叫んだ。青ざめて立ちすくんでいた州兵達が、今度は落ち着きが無くなる。一斉に倒れた馬車の方に視線を向けた。その中から、情け無い顔をして、一人の男が這い出てきた。

「貴公はセリオル州長…。なぜ、州兵をこのようなところへ集めている?」

州長は肉の付いた頬を緊張で強ばらせながらも、愛想笑いを浮かべようとしている。

「栄華ホラストの将軍様が、このようなところへご足労頂くとは…」

「挨拶など必要ない。質問にお答え頂きたい!!」

バレルの威風堂々とした姿に、翼伯を除く全員が気圧される。州長は額に浮かぶ脂汗を何度も拭っていた。

「そ、それは…住民の避難を手伝わせて」

「街の中にヨハンが入り込み、火を放たせて…、それはどうする気だった」

「今、消火に向かわせるところでした」

「ヨハンの軍は放っておくきか?」

「それも今…。こ、この者が突然、その州兵達を斬りつけて来たのです」

州長が翼伯に指を向ける。バレルがその指を見て、翼伯を見た。しばらく二人は視線を交わし合う。

「そなた名前は?」

「泰翼伯。剣客だ」

「出身は?」

「迅」

「ヨハンに雇われたのか?」

「それは、こいつらの方だろう。俺は、主人の母親を助けに来ただけだ」

翼伯の言う主人とは、リンのことだったが、主人の素性を明かさないのは、剣客をする身としては基本だった。どんなに端金で雇われようとも、それは守る。

バレルは頷き、州長に向き直る。州長は既に緊張のあまり、顔が真っ青になっていた。

「さて、彼は別の件でここを尋ねたみたいだが、ヨハンに雇われたというのは、真実か?」

「で、出鱈目です!いくらホラストの将軍様といえど、無礼が過ぎます!!」

バレルは内心呆れていた。ここまで虚言を言い繕って、しまいには開き直り始めている。ここで、時間を潰すわけにもいかないが、強情な州長相手には時間を喰いそうだった。

突然、翼伯が州長に歩み寄る。刀を州長に向けたとき、バレルは腰の剣の柄に手を掛けていた。

「お前、昨日の女をどうした?」

リンの母親のことを尋ねる。州長は怯えながらも、憎々しげな目つきで翼伯を睨む。

「貴様…、私はベリオル国セリオルの統治を任された州長…ひっ」

言葉の途中で、州長の鼻先で刀が振り下ろされた。目つきが一気に怯えだけを含ませた。

「二度は言わない…」

「知らぬ、私は忙しいのだ、それに流れてきた難民ごとき死んだところで何だというのだ!!もとは、牙に殺されていた…ッ」

いつの間にか、バレルが州長の目の前に立っていた。言葉の過ちに気づいたが、州長にもう言い逃れは出来ない。

「それが本心か。ラケーテンの民を無下に扱い、尚その心痛まぬか。そして一つ気になることを聞いたな。今、攻めてきているのはヨハンではなかったか?牙がこの侵略に力添えしていることを御存知なのか?」

州長の顔が青から赤に変わった。逆上しかかっている。突然背後から甲高い声が聞こえた。

「おにいちゃーん!」

全員が振り返る。

「リンッ!?逃げろッ!!」

「この場を見たもの全員殺せ!!その娘もだ!!」

翼伯の隣で州長が同時に叫んだ。州兵がリンに向かって槍を構え突進していく。バレルと翼伯の周りの州兵が斬りかかってくる。

バレルが剣を抜く。州兵達より一拍遅れて抜いた剣が、州兵達のそれより先に軌跡を描き、胴を断つ。視界の端には、離れた場所にリンと呼ばれる子供が立ち竦んでいる。剣を翻し、目の前に壁として立ち塞がる兵士に突き刺す、その兵士の腰に下げた短剣を抜き、頸動脈に突き立てると、血飛沫が高く上がる。子供の方向に向かって駆けるが、すぐに数人の兵に囲まれる。すでにリンに向かって走っている兵は、数メートルの距離をリンとの間に空けているだけだった。

黒い影が、バレルの横を通り過ぎる。翼伯だった。体には無数の傷がある。斬りつけられて尚、リンという子供のために駆けているのだ。しかし、リンを狙う全員を止めるには遠かった。一人を刀が捉える、肩から斜め一閃に胴を寸断するが、その隙に二人がリンに突っ込む。翼伯を兵が囲む。

「くっそぉお!!リーン!!」

リンの姿が二人の兵によって消えた。兵の影で血が飛び散る。

突然、二人の兵の体が揺れ、後ろに傾くと、地に倒れた。誰もが一度動きを止める。そこにリンの姿はない。そのかわりに、二人の男が立っていた。

「間一髪…」

「どうにか…」

翼伯の知る人物だった。

「バンセツッ!!」

「すまんなぁ、弁天が小娘見失いやがって」

弁天と言われた男は、翼伯を見ると申し訳なそうに目で礼をする。翼伯は小さく頷くと、周りを見る。が、そこには無数の死体が転がっているだけで、すでに、翼伯を追いつめていた兵達はいなかった。

傍らにバレルが立つ。幾人もの血を浴びた鎧は赤く、剣を握る手には血が滴っていた。

「戦場では最後まで気を抜いてはならん」

バレルが静かに呟くと、その後には命乞いをする情け無い声が続いた。

「命だけは…、命だけは」

「ベリオル国王に信を置かれ、州を送られた者が国に反旗を翻す。万死に値する罪だが、他国の者がそれを行っては、国の面目がないだろう。お前の身は都まで拘束させてもらう。そこで、厚情のもと、裁いて頂くがいい」

遅れてきた歩兵らが、バレルの姿を見つけると、駆け寄ってくる。

「このものを捕らえろ。フォートレスまで届け、裁情官邸に引き渡せ」

州長は縄に繋がれ、うなだれたまま門を後にした。バレルがバンセツ、弁天、翼伯と見渡す。

「さて、大筋は読めた。ヨハンは牙に押さえられているな」

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