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天帝王記  作者: Z−1
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第四章:ベリオン国セリオル

ヨハンの軍勢はすでにラケーテン地方を発ち、セリオル近郊まで迫っていた。翼伯はすでにセリオルの街に到着していた。街にはまだバンセツらしき人影はなく、散策がてら街の様子を見歩く。

南の門から入り、そのまま街中を北上すると、これみよがしと建てられた屋敷が道をふさいでいた。それについて、偶然そばを通った男に尋ねてみる。

「これは、セリオル州長のお屋敷さ。坊主はこの街のもんじゃねぇのか?」

男は屋敷を目のすると顔を顰めるようにそう言った。

「あぁ、ラケーテン地方をずっと北上して来たんです。他にも南から来た人たちはいませんでしたか?」

思い出したように、男は南から沢山の人がやってきたのことを話し出した。その話では、この街に来た多くの者は、そのまま街を通過し北上したという。

「なぜ?特にその人達を養えないほど切羽詰まっているとも思えないのですが」

街の中は華やかとまでは言えないまでも、それぞれが安定した暮らしをしていることが、雰囲気として伝わってくる。そして、大きな宿屋も多く、人手は多ければ越したことのないだろう。しかし、男は気の毒そうな顔をすると、州長の屋敷に目を戻した。

「この、州長は街のこと以外には、興味を示さないんだ。悪く言えば、他方から来た者達に重税や苦役を強いる。それに逆らえば処刑さ」

翼伯は腹の底から熱いものがこみ上げるのを感じた。殺気のこもった視線で屋敷を睨むと、周りの家よりも遙かに大きな窓から、恰幅の良い男が姿を現した。その男が下ろした視線の先に、建物から出て来る、州兵の姿がある。

「兵士?ここは平和主義国じゃないのか?国意に反してる」

「それは、国の志だろうに。今の世の中じゃ、軍を持たない州はないだろう」

翼伯は妙な違和感を知った。それが何か理解することが出来ずに、違和感の根元である兵達を見つめる。

「あれは、小娘連れの女のところに行くんだろうに…。可哀相にね。母親が体調を崩して街を離れられないらしい」

「街を離れる?」

「どうやら、南から逃げてきたんだとさ」

「その親子は何処に?」

男は小首を傾げると、翼伯に好奇の目を向ける。

「さぁね。助けに行く気ならやめた方が良い。確か、あの街路の左の宿屋を曲がった所に小さな宿屋があってね、そこに居たと聞いたが」

既に、州兵達はその指さされた角を曲がるところだった。翼伯が駆け出す。後ろから、おい、と呼び止める声があったが、それを無視して角を目指す。特に面識があるわけでもない親子だが、逃げてきた者をみすみす見殺しにするわけにもいかない。翼伯が角を曲がったとき、目の前には縄で縛られた親とそれを泣いて見ている幼い女の子の姿があった。


「貴様、何者だ?」

州兵の一人が槍を構える。好奇心で覗きに来た者なら、大抵は道を空けるが、翼伯はそれで来たのではない。特に身じろぎをするわけでもなく、その州兵を睨む。

「見ない顔だな。貴様も南から来たのか?」

翼伯がえびらの上部を抜く、州兵達は咄嗟に身構えるが、特に動き出す気はないらしい。

「その人をどこに連れて行くかを、お聞きしたい」

翼伯の言葉に、そのなかのリーダーらしき男が、前に出て来る。翼伯より頭二つ分はでかいが、お腹で鎧が前に出ているのを見ると、それほどの者でもないだろう。男は翼伯を見て、子供だと判断するや、あからさまに小馬鹿にした態度をとる。

「ふん、貴様には関係ないことだ。見なかったことにしてやる、さっさと街を出るんだな」

その男が部下達に目線で行けと促すと、女から伸びる縄を持ち、そのまま翼伯の横を通り過ぎようとする。その者達は翼伯を横目に、どこか間の抜けた、気のない歩き方で向かってくる。また違和感を覚えたが、それが何かはまだわからない。泣きながら、州兵に引っ張られ去って行く女が歩く街中にも、違和感を覚える。街の雑踏が、州兵達が、街全体がただ漠然とおかしかった。


ぼんやりと街を眺めていると、裾が引っ張られるのを感じた。そちらに目を向けると、涙で目を腫らした女の子が、翼伯の裾を握っている。

「お兄ちゃん、だれ?」

おどおどとした様子で尋ねる女の子は、まだ五、六才のように見える。肩まで伸びた髪は、前髪を紐で結いおでこの上にちょこんと乗っている。大きな瞳には、まだ涙が残っているらしく、微かに潤んでいた。

「お母さんの友達だよ。なんで、お母さん連れて行かれたか知ってる?」

女の子は、また大粒の涙を流し始めて、横に首を振る。その反応を見て溜息をついた。

「お名前、なんていうの?」

「リン…」

翼伯は正直、困惑していた。今まで小さい子供を相手に話したことがない上に、泣かれてしまい、居場所がないような感じさえする。しかし、リンという子供を見捨てるわけにもいかない。どうにか、安全な場所に連れて行ってやりたいのだが、それをする路銀もない。困っていると、また裾を引っ張られる。

「お兄ちゃんは?なまえ」

「泰翼伯、剣客だよ」

「けんきゃく?」

剣客とつけたのは、商売上の癖だった。小さい子供が剣客を知らないのは当然であるが、言葉のどこから知っていて、どこを知らないのかが、わからない。幼い子供が剣客を知らないことを初めて知った。

「…傭兵みたいな、お金をくれた人を守るお仕事なんだ」

「よーへい?」

子供の表情が変わった。なにかを思い出したような、そして少し嬉しそうな顔だった。

「お父さんがね、そのよーへいだったってお母さんがいってた」

傭兵なら分かるらしい。翼伯はホッと息を吐いた。

「そのお父さんはどこにいるの?」

子供は小首を傾げて、答える。

「とおいところにお仕事行ってるんだって。お母さんがもうすぐかえってくるって言ってたから待ってるの」

この子に父親はいない。それは確かだった。そして母親も目の前で連れて行かれた。運が悪ければ、処刑されることになるだろう。だったらどうする、この子のために命を賭けてまで、州兵と戦う気にはなれない。しかも、この街にも近いうちにヨハンが攻め入ってくるのだ。

いつの間にか、リンは宿屋の中に戻っていたのか、辺りにはいなかった。子供の気心を計りかねる翼伯も、しょうがなしとその場を立ち去った。



陽が落ちて、街には闇が広がっている。翼伯は南門の側に野宿をするつもりだった。あれから、色々と用心棒仕事を探しながら街を歩いてみたものの、雇い入れてくれる主人も見つからずに、この草の布団に身を転がしていた。暗闇になれた目で、平原の向こうの山々を見る。そこは先日、バンセツ達と共に逃げ入った場所だった。今頃は何をしているのか、気にならなくもない。

ふと、周囲に気配を感じる。囲まれているわけではなく、はっきりと気配の場所がわからない。数は一つ、翼伯は傍らに置いた、えびらを手に取り、柄に手を置く。しばらく、息を殺し、神経を周辺に集中させるが、気配は急に消えた。そう、確かにあった気配が跡形もなく消えたのだ。


そこから、一刻が過ぎようかというとき、男とおぼしき者が一人走ってきた。闇に顔を隠して、誰だかわからない。咄嗟に刀に手が伸びる。近づいてくる男は躊躇いもなくこちらへ向かってくる。手には何も持っていない。段々と、姿形がはっきりと見えてくると、翼伯は刀を置いた。

「久し振りだな。坊主」

それは、早朝に別れたバンセツだった。後ろには闇で朧な姿しかわからないが、ひどく疲れた歩き方の男達もいた。

「1日も経ってない。それより、あんな遠くから、よく俺だとわかったもんだ」

バンセツは笑顔を作ると、南門を指さした。

「どうして街に入らないんだ?宿に泊まる金がないってんなら、俺が出してやる」

「いや、この街は州長が駄目だな。逃げてきた奴らも、そのまま街を出ていった」

バンセツが目を丸くする。

「どうしてまた?」

「わからない。州長殿はセリオル外のことに興味を思し召しじゃないのだろうな」

街で仕入れた情報をバンセツにすると、バンセツが困ったように後ろの男達を見やる。どうにかして、その者達だけでも屋根のある場所で休めてやりたいようだ。

「州長は頭の固い男だが、宿屋はそうでもないらしいぞ。先程、娘連れの者が宿を取っていたしな。1日くらいならどうにかなるんだろう」

バンセツはどこか神妙な面持ちで頷くと、男達に声をかけて街中に入っていった。南門からすぐ近くの、割と構えの良い宿屋の戸を開くと、バンセツら男達はその中に姿を消した。

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