廊下での光景
全然歓迎されていない生徒会室を出た私は、ふらふらと教室に戻った。荷物を全て置き忘れていたからだ。
教室にはもう誰もおらず、一番後ろの窓際の席にはぽつんと鞄がひとつ残されていた。
「ん~~~、なんだかなあ……」
席に座って、机にだらりと寝そべってみる。
憧れの学園生活。まずは隣の席の子にどぎまぎと声をかけて、そこからじわりじわりと仲良くなって……と。
私はそんなささやかなことを夢見ていた。
だが実際には、隣の子はツーンとしていて、話しかける隙が無かった。
そうこうしているうちに、呼び出しののち、あの有様だ。
「空はキレイデスネ……」
この席からは外の景色がよく見える。
夕方になり少し黄みを帯びてきた空に、白い鳥が一羽で飛んでいる。
稀有な光魔法使い、聖女――
それが私の立ち位置らしい。
……そのまましばらくぼんやりと空を眺めていたが、そろそろ寮に戻らなければならない時間だ。
学園には併設された寮があり、そこにほとんどの生徒が入っているらしい。
そこで私ははたと気が付いた。
つまり、寮でもお友達チャンスがある……!?
同室の子とお喋りして夜更かししたり、一緒に食事をしたり……そうだ、そんなまたとない機会がある。
「よしっ、またがんばるぞ!」
急にやる気に満ちた私は、『人生満喫大作戦』の命題を達成するため、急いで教室を出ることにした。
□□□□
意気込んで教室を出た私だったが、渡り廊下の傍らで壁に張り付く忍びと化していた。
「……が……で」
「……!」
「……だよ~」
何を言っているのかまるで分からないが、目の前の中庭と思しき場所にいたのは、私のことを嫌っていると思われる人たちだ。
入学式の時の銀髪の人――式典でこの国の王子であることが判明。名前は忘れた――に、生徒会室のボスのような眼鏡の人、紫髪の少年に、赤い筋肉の人……その人たちが、一堂に会している。
そしてそこに、藍色の髪の女の子が加わっている。
何事もなく素通りしてしまえば良かったのに、何故だか足がこの場に縫い付けられたように固まってしまった。
「……やはり、セシリアは現れたのですね」
少女の声は、とても落ち込んだものだった。
「大丈夫だ、リディ。このとおり、私はあんなものには惑わされていないよ。本当にあの場所に現れたことには驚いたけれど」
私に向けたものとはまるで違う、甘やかな声が銀髪王子から発せられる。
まさかとは思うけど、「あんなもの」って私のことなのではなかろうか。
私が衝撃を受けていると、生徒会長がその少女に歩み寄り、そっと彼女の頭に触れた。
「……確かにあの光魔法は貴重で、国として保護する必要はある。だが、それだけだ。リディアーヌが懸念するような事態には絶対にならないし、しない」
冷酷眼鏡の人は、そうきっぱりと言いきった。
「そうだよ~! あの子がリディに意地悪したら、僕の魔法でえいやって火だるまにしちゃうから安心して」
紫髪の少年の右手からは爛々とした炎が吹き出す。物騒すぎる。
「……我が剣も、君を守るために」
今まで押し黙っていた赤髪の騎士らしき人物も、令嬢に忠誠を違うかのようにその場に跪いた。
ただ、今は剣を持っていないらしく、エア剣だ。ちょっと癒される。
「みんな……ありがとう……!」
さしずめ、眉目秀麗な美男子たちに取り囲まれている彼女は、小説ならばヒロインだろう。
私はやけに敵視されているけれど。
「彼女が癒しの力を持っていようと、私にとっての聖女は君しかいないよ、リディ」
「バレリオ……」
見つめ合う男女は、完全にふたりの世界である。
――あれ……?
ふわり、と春風が彼らの元へ届く。
桃色の花びらが風に舞い、彼らの髪を揺らす。
男性陣は少女を中心に笑顔を浮かべていて、少女もそんな彼らを見上げて頬を染める。
その様子を見て私は首を傾げた。
――なんだか、この光景を見たことがある。
あれは何だっただろう。挿絵……?
銀髪の王子、紺色髪の眼鏡男子、紫髪のショタ、赤髪の筋肉、それから黒髪の――
「ふっわっっっっっっ!!!」
思わず大声を出してしまいそうになった私は、自分で自分の口を押さえた。
そして彼らに気取られないうちに、急いでその場を立ち去る。よく知らないが、ここを通らなくても寮にはたどり着けるだろう。
そんなことよりも、重大なことに気がついてしまったのだ。脳天には雷に打たれたかのような衝撃が走る。
「……うそ……ほんとに!?」
廊下を駆けながら、私の心臓は痛いくらいに鼓動していた。
――この世界は、ただの異世界ではない。
そのことに気がついたからだ。
ここは、私が生前楽しんでいた『済世の聖女』というファンタジー小説の世界なのかもしれない。
そしてその小説の"ヒロイン"はセシリア・ジェニング。
タイトル通りの光魔法の使い手であり、国を救い、登場人物皆に愛される聖女。
――私のことのはずだけど、嫌われてますよね!?