聖女の光
先生が派遣してくれた護衛騎士と共に、私はようやく救護院へとたどり着いた。
「ここまでで大丈夫です。ニーチラング様、ありがとうございました」
門の前で私は深々と頭を下げる。
道中、ほとんど会話らしいものは無かったが、私が疲れているのに気がついて歩くペースを落としてくれたりもして気遣いの人だった。
(さっきは最高の当て馬キャラだなんて思ってごめんなさい。いい人だからこの世界ではどうぞ幸せに……!)
「ひっ」
彼の幸せを祈りつつ顔を上げると、真顔で私を見下ろしていた。迫力があるのでやめて欲しい。
「帰りも送ろう」
「え!? いやいや、いいです大丈夫です。私の用事はいつ終わるか分かりませんし」
「気にしなくていい。用事までは邪魔しない。終わらせたら教えてくれればいい」
「ひええ……」
これから本当にマル秘なことをしようとしているので、すぐにでも立ち去ってもらいたい。
そう思って申し出を断ったけれど、大型犬が耳を垂れるかのように見るからにしょげてしまった。
責任感も強いのですね!?
(えーと、えーと、どうにかして騎士さまを帰したいな。ヴァンス先生の指示はどこまでなんだろう? うわーん救護院侵入計画が)
食い下がるニーチラングさんを前に、私は必死で言い訳を考える。そして何も浮かばない。
救護院に正面から入っても、きっと先生のお母さんの所には案内されないだろうからと思って、こっそりやろうと思っていたのだ。
あたふたする私をニーチラングさんは不思議そうに眺める。おおかた、誰かのお見舞いだと思っているのだろう。
(そうですよね、お見舞いならば真正面から行って帰ってくるだけですもんね……!)
「あら、どうかされましたか?」
救護院の前で騎士様と佇んでいたら、どこかからそんな声が降ってきた。
穏やかで優しい女の人の声だ。救護院の人かもしれない。
「騒いでしまって申し訳――」
振り返って謝罪をしようと思ったところで、私は言葉を失った。
救護院のものと思われる修道服に似た淡い水色の制服を身に纏い、その女性は穏やかに微笑む。
帽子からのぞく黒い髪とその整った顔立ちは、明らかにヴァンス先生と似ていた。瞳の色は澄み切った青色で、小首を傾げる姿は女神のようだ。
(あれ……ヴァンス先生のお母さん……? 設定から計算すると四十代なんだけど、全然そうは見えない……お姉さん……?)
どう見ても美しすぎるその人を前に、私はぴしりと固まってしまった。推しの母。推しをこの世に産み落としたもうた奇跡の人。
彼女がヴァンス先生を身ごもった経緯や、それからの道のりは小説を読破した私には身に染みるほど分かっている。
きっと当時の彼女はまだ少女だったはずだ。
欲のままに奪われて、とても怖い思いをしたはず。
(ごめんなさい……それでも)
「うっうっ、うえええん!」
「まあ、どうされました?」
「せ、ジェニング嬢、足でも痛めたのか!?」
慈愛に満ちた表情で私を迎えてくれたその人を見て、涙が込み上げてくる。
もっと幸せになれたはずの人。違う人生があったはずの人。
自己紹介をされた訳でもないのに、私はもうこの人がヴァンス先生の母だと確信していた。
病気だと思っていたから、てっきり寝込んでいると思っていたのに、こうして外に出ているのは何故なのか。
制服を着ているということは、患者ではなく救護士だということで、それも不思議だ。
急に泣き出した私のせいで、ヴァンス先生のお母さんと帰らないマンの騎士が戸惑っているのが分かる。
(――それでも、ヴァンス先生を産み育ててくれてありがとうございます……ごめんなさい、ありがとうございます、ごめんなさい……)
心の中で感謝と謝罪を繰り返しながら、私はふたりに見守られながら本日二度目の大号泣をした。
――その時だった。
先生のお母さんに対する感謝と謝罪の気持ちがごちゃごちゃになって、涙が止まらない私からいつものように光が溢れた。
「まあ、貴女は――」
始めは自身を包むだけだったその光は、やがて先生のお母さんの身体ごと大きく包み込む。
「なんだ、この光は……?」
戸惑いの声を上げるニーチラングさんも、そのまま光の住人となった。
(何、これ……)
私を根源とした光はそのままどんどん大きくなり、ついには救護院の建物ごと包み込んでしまった。
辺り一面が白光りし、私でさえ眩しくて目を細めてしまう。
先生のことを想って何度か光ったときでも、これほどの凄まじい光では無かった。
私だけが発光して、しばらくすれば収まるくらいのものだったが、今回は違っている。
(……あ、どうしよう。なんか、やばいかも)
光が強くなるにつれて、私は身体の異変に気が付いていた。
心臓は強く熱く打っているが、手足の感覚はどんどんと薄くなってゆく。
何かに吸い取られるように力が抜けてゆくのだ。地面に立っているかどうかの判断も危うい。
今何が起きているのか。
近くにいた先生のお母さんたちは無事なのか。
視界もなくなり、意識も朦朧としてきて、周囲の光に溶け込んだような気持ちになってくる。
(どうしよう、どうしよう……)
辛くなって瞳を閉じると、そこは暗黒だ。
だけどもう、瞼を持ち上げる力すらもない。
踏ん張ろうとしていたけれど、どうやらそれももう無理そうだ。
「――セシリア!」
限界を迎えた身体がゆらりと倒れてゆくのを感じた。全てが感覚の世界で、それでも私の身体は衝撃を受けることもない。
それどころか、温かく心地のよいものに包まれているような気もする。
(痛くない……よかった。さっき、私の名前を呼んだのはだれだろう)
――先生のお母さんと、先生のお手伝いをしていたあの頑固な騎士様が無事でありますように。
それだけを祈りながら、私は意識を手放した。




