43話 ゲームマスター
「さて改めまして、ようこそこの世界へ。私はゲームマスターとして貴方達の来訪を心より歓迎いたします」
『……ゲーム、マスター?』
「薄々気付いているとは思いますがこの世界はゲームの世界。剣があり、魔法があり、そしてモンスターが存在する。この世界をそういう風に設定したのは他ならぬ私なのですからゲームマスターを自称してもおかしくはないでしょう?」
世界を、設定?
何だそれは。そんなもの創世となんら変わらないではないか。
「能書きは結構だ。さっさと要件を言え、さもなくば」
「さもなくば?」
「その首、斬る」
オルクィンジェが眼光鋭く睨みつけるが眼前の邪神はくつくつと嫌らしく笑った。
「首を斬るとは恐ろしい。まぁ今の貴方では私の首は斬れませんし斬られたところで死にはしませんが……しかし私はゲームマスター。プレイヤーの要望を聞く懐の広さこそが肝要。ええ、ではご要望にお応えして要件に入るとしましょうか」
ニャルラトホテプはそこで言葉を区切ると姿勢を正した。
「と言ってもやる事成す事は大して変わりはありません。貴方達はただ敵を倒し、【欠片】を集めればそれで良い。……のですが、単に集めるだけではまだ面白みに欠けるので【欠片】を集めきった暁には私と戦う権利をあげましょう」
「戦う権利、だと?」
「ええ、現在【イデア】と地球に侵攻している【邪神】の大本はこの私。それを直接討つ機会を差し上げる、と言っているのです。RPGであれば当然ラスボスの存在は必要でしょう?」
さも当然のようにそう宣うが、納得よりも恐怖が先行する。
この先強くなる事もあるだろう。仲間が増える事もあるかもしれない。
けれど、眼前の邪神に勝てるイメージが全く出来ない。
「おや、何やら意気消沈しているご様子。本来ならここはもっと喜ぶべき場面だと思うのですがね。何せ地球の勢力ではどうやっても防衛すら出来ませんし。本来ならば絶対に訪れない機会を与えられるんです。それこそ泣いて喜んでも良いでしょうに」
『――は?』
言っている意味が分からなかった。
いや、理解したくなかったというのが正しいか。
もしこれが本当であれば、地球も【イデア】も滅びるということになる。
そんな事、認められる訳が無い。
しかし現実は何処までも非情で、
「……業腹だがこいつの言っている事は正しい。こいつの力は依然戦った時とは比べ物にならない程高まっている。現状では勝ちの目は、無い」
オルクィンジェまでもがそれを肯定してしまった。
「――しかしゲームマスターが盤面に出る、というのはゲームとして致命的な欠陥ではないのか?」
だが、オルクィンジェはやや間を置いてからそう告げた。
するとニャルラトホテプは初めて心底意外そうな顔をした。
「おや、貴方がそんな事を口にするようになるとは少々以外でした。大分彼に毒されたご様子。しかしええ、その懸念は尤もです。ですので私が戦う際には貴方達でもギリギリ倒せるよう弱体化します。具体的には私の保有する権能の一切を封印し、原初の【六陽将】、【憤怒】のニャルラトホテプとして貴方達の挑戦をお受けするつもりです」
「尤も、【欠片】を全て集めきることが出来ればの話、ですがね」と悪意の邪神は付け足す。
それを聞いて一安心……とはならなかった。
だって、ニャルラトホテプは肝心な事についてまだ何も言っていない。
『……待て』
「おや? 何かご質問が?」
『もし、仮にニャルラトホテプが倒せたとして、地球と【イデア】に侵攻してる【邪神】は、どうなる』
そう口にすると、オルクィンジェは目を見開いた。
「ああ、確かに。私とした事がうっかりしていました。そうですね。私がもし仮に敗北したならばその時地球に侵攻する【邪神】達ももれなく全滅する事にしましょうか♪」
狸めと一時だけ恐怖すら忘れて内心で毒ずく。
誰も気が付かなかったらあのまま押し通すつもりだったのだ。
思い至れたからよかったもののこれを見逃していたらと思うと鳥肌が立つ。
『それと、も一つ質問良いか?』
「何でしょう?」
『何でオルクィンジェに取引を持ち掛けたんだ。お前だったら、何時でも全滅させれたんだろう?』
そう言うと邪神はあからさまに落胆したような顔をした。まるで「そんな事も分からないのか」と、そう言うかの様に。
「言ったでしょう、これはあくまでゲーム。序盤から全力で死なせにかかってしまっては私が全く面白くないじゃありませんか。それともゲームマスターの配慮を不要と断じますか?」
言い返す言葉は無かった。
けれどその代わりに胸の奥で燻っていた違和感は解消された。
全てはニャルラトホテプの手の平の上。だからこそ、ニャルラトホテプは取引なんかを持ち掛けたのだ。そっちの方が、長く踊ってくれそうだから。
……どこまでも神経を逆撫でしてくれる邪神だ。
「さてと、程よく空気も重くなってきた事ですし、最後に杉原さんに向けて一つ伝言を残して去るとしましょうか」
するとニャルラトホテプは手を顔に翳すと貌を変化させた。
「また会いましょう、清人?」
ニャルラトホテプが変化した後の貌、それは記憶の中にあるよりも少し成長した唯の貌だった。
――『私の事……好き?』
それが引き金となって彼女の死ぬ直前に放った言葉が脳裏を過る。
『――ッ!!』
心臓が不規則に脈動し、視界が明滅し始める。
忘れようと思った。
でも、その顔が、声が、体温が、匂いが、いつまでも呪詛のように俺の中に残って消えない!!
「それではゲームマスターは立ち去りましょう。過剰に肩入れするのも良くありませんしね。ああそうそう、もう一つ大事な事を言い忘れていました。テテリアを倒した事ですし、テオからハザミに移動する分にはその道中【陽光騎士団】を始めとして【黒の隊】、【六陽将】は一切貴方達に干渉しない事を約束しましょう。試練をクリアした者にはそれに見合った報酬を出すのもゲームマスターの務めです♪」
そう言い残すとニャルラトホテプは霞のようにぼやけて、やがて見えなくなった。
一体の邪神が去った後に残ったのは寒々しく、重い空気だけだった。
「宿主、入れ替われるか?」
『あ、ああ。入れ替わりは、問題無い』
体はまるで鉛のように重かった。一歩歩き出すのも億劫でその場に座り込む。
「清人、大丈夫? 今までに無いキレ方してたけど」
「……正直、キツい」
かつては何度も生き返って欲しいと願った。
けれど――
「それで、その唯ちゃんって何者なの? と言うか、唯ちゃんは君に一体何をしたのさ」
「端的に言うと、唯……高嶋唯は俺の幼馴染だ。それで、何やったかと言うと……目の前で自殺した」
「え?」
自殺と言う言葉に驚いたのかジャックは目を丸くする。
『……自殺だと?』
その時、オルクィンジェが少し妙な反応をした気がしたような気がしたが。きっとそれも疲れからくる深読みだろう。
「……疲れてはいるけど先に進もう。ずっとここに居座るのもアレだしな」
疲弊した体を引きずるようにして俺はミロへと繋がる道への門をくぐった。




