4話 護衛の申し出
そんな訳で、場面がカットされたみたいに視界が一瞬で切り替わったと思ったら、俺はいきなり異世界に到着していた。
何を言っているのか分からないかもしれないが当の俺も理解が及んでいない。
しかし、実際にそうなってしまったからには認めなければならないだろう。
「ここが、異世界……」
――ここが、正真正銘の異世界なのだと。
目の前に広がるのは思った以上に薄汚い街並み。
夕刻が近いのか辺りは暗い影が落ちているし、そうでなくとも建築物はどれも粗末な出来で黒ずんでいる。
どうせならもっとこう、豊かというか。良い意味でファンタジックな世界観なら良かったのにと思わずにはいられない。
「どうやらここは貧民街みたいだね」
そんな中ニュッとフェードインして来たのはジャックだった。
「……それで、さっきのに何か弁明はあるか?」
「さっきのって【欠片】の事? それなら心配はご無用かな。何せ君が選出された理由は【欠片】に対する適応能力がずば抜けて高いとか何とかだからね」
「高いとか、何とか」
えらくふんわりして抽象的な話だった。もしかしたらジャック自身もあんまりよくわかっていないのかもしれない。
【イデア】の情報管理体制は一体どうなっているのだろうか。
「……あともう一つ聞きたいんだけどこの格好って」
視線を僅かに落とすと胸元には見慣れない真っ赤なリボンが生えていた。
そこから改めて自分の服装を確認すると生前に着ていたダッフルコートもシャツブラウスと濃紺のベストに変わっていて、腰にはウェストポーチが付き、おまけに靴はなんだかオサレな感じのブーツになっていた。
「それは【霊衣】って言ってね。グリムからの贈り物だよ。気温調節に自動クリーニングに自動再生なんかがついた高性能な服かな。それで腰のポーチはアイテムボックス。入れ口こそ小さいけど大量のアイテムを重さを無視してストックしておけるかな」
「見た目以上に凄いんだなこの衣装……」
「あ、けど【霊衣】は防御能力が皆無だから気を付けてね」
「そこどうにかなんなかったのかよ!?」
何だろう。この痒いところにギリギリ手が届かない感覚は。アイテムボックスを着けてくれるならついでに防御力も確保して欲しかった。あれだろうか、RPGよろしく防具に関しては自分で買い揃えろという事だろうか。無一文に酷なことをする。
「それで、こっからどうするんだ?」
「先ずは貧民街を出るべきだね。ここから真っ直ぐ南に進めば貧民街から抜けられるからそっちに向かおうと思うんだけど、どうかな?」
「ならそれで行こう。……ところで、南って言っても具体的にどっちだ?」
「うーんとね、あっちかな」
ジャックが骨の指を指し示した先は光が射さない暗い道だった。
何と言うかRPGだったら野生のゴロツキが際限なく湧いて出てきそうな、そんなダーティーというかアウトローな雰囲気が感じられる道だ。もし地球でこんな道と遭遇しようものなら、きっと元来た道を引き返していただろう。
「マジで?」
「残念ながら大マジかな」
「嘘だろ……」
ジャックの言に思わず頬が引き攣る。
俺に異世界転生のお約束たるチートがある確証はない。となるとここを進むのはどうにも躊躇われる。しかしこのまま立ち止まっていてもどうせ貧民街だ。治安の悪さに変わりはない。
行こう。
意を決して暗がりに一歩踏み出そうとしたその時、
「そこの貴方。少々待ってくれませんか?」
いきなり声をかけられて振り返る。
するとそこには汚い路地裏には似つかわしくない小綺麗な身なりの男性が立っていた。年齢は俺よりも少し上だろうか。糸目が印象的な人だ。
「初めまして。私はエリオット。貴方を【魔素士】と見受けしてお願いがあるのです」
「……【魔素士】?」
と思ったら、いきなり世界観で殴りつけられた。何だ、それ?
「おや、【魔素】の素養を持ちながら【魔素士】をご存知ないとは」
「えっと……お恥ずかしながらこちらには最近来たばかりでして、よろしければ説明していただけると助かるのですが」
「そうですか。では不肖私が簡単にですがご説明させて頂きます。【魔素士】とは空気中に存在する【魔素】という力を行使して超常の力【魔技】を行使する者達の総称、と言えば分かり易いでしょうか?」
「成る程……要するに魔法使い、みたいな感じか」
「魔法使い、というものがどんなものかは分かりかねますが、恐らくはそう間違っていないかと」
異世界というだけあってこの世界は魔法っぽいものがあるようだ。
そして俺にもその素養が少なからずあるとのことでそこは素直に喜ばしい。となると後は俺が何の魔法を使えるかだが……。
「因みに【魔素】は火、水、風、土、闇、光の六つに分けられます。そして貴方はどうやら火の属性に高い親和性を持つようでしたのでお声がけしたのでしたが、よもや自覚しておられなかったとは」
「火属性の魔法使いか……」
特に高いと言われても若干反応に困る素養だった。
何せこの手の異世界モノの物語だと火属性魔法の使い手は不遇というか、不遇とは行かないにしろ咬ませ犬になってしまうパターンが異様に多いのだ。
ただ現実的な用途を考えれば攻撃にも使えるし、光源にもなるし、火の適性は当たりと言って良い筈だ。これで弱かったら泣く。
それはそれとして――
「一つ気になったんですけど、素養があるとか無いとかってどうやって判別してるんですか?」
「それは私の目が少々特殊でして。余り喧伝するものでもございませんが所謂魔眼を所持していまして。【魔素士】とそれ以外の人を見分けられるんですよ。まぁ、あとは場数と経験って奴……ですかね」
魔眼に、場数と経験……。前者はともかくとして俺も場数と経験を重ねたら判別出来るようになれるのだろうか。
「さて、ここで一つお願いがあるのですが、私を都市の中央部まで護衛して頂けませんか? 勿論引き受けて下さるのならばそれ相応の報酬はお約束しますので」
「護衛、ですか?」
「ええ、こういったところを一人で出歩くのは正直なところ不安も大きいですし。私もこんな身なりですからね。とは言っても私自身自衛は出来ますので同伴、というのが正確なところですが」
確かにエリオットさんの身なりは周りの人達と比べても小奇麗だから目立っているし金目の物とかも持っていそうな雰囲気はある。
けれども、何かちょっと引っかかる。
無言のまま返事を保留しているとジャックが、「ここは引き受けてみても良いんじゃないかな」と言った。
「都市の中央なら向かう方向は一緒だし、それに何と言ったって僕たち今無一文だしね」
「……確かにそれもそうだな」
食べるものも無ければ寝るところも無い以上引き受けておくのが吉か。
「分かりました。その話、引き受けます」
「そう言って頂けるとこちらとしても有難い。よろしくお願いします、ね」
そう言うとエリオットさんは人好きのする笑みを浮かべながら手を差し出してきた。
俺も少し戸惑いながらその手を握るとエリオットさんは更に笑みを深めた。