幕間 きっと彼は魔法が使える
「おーい清人ー起きてるかー?」
聞き慣れた声がした。
薄眼を開けると案の定視線の先にはそいつがいて、朝から少しだけげんなりした気分になる。
「……聞こえてる。ってか今何時だと思ってるんだよ」
緩慢な動作で身体を起こすと半目でそいつを睨み付ける。
枕元に置いてあるスマホに映る表示は五時半。朝は朝でも早朝だった。
二度寝を決め込もうとするもそいつは……叶人は情け容赦なく「朝だぞ!」と叫んで俺が夢の世界に戻るのを全力で邪魔してくる。
「昨日録画したアニメ見ようぜ」
「ソレ、早朝からやる事かよ。寝かせてくれ……頼むから」
「お前の昨日の睡眠時間十時間余裕で超えてんだろ! 寝過ぎだよ、寝過ぎ。大人になってロコモティブシンドロームになっても知らねぇからな!?」
「……大人になったらの事なんて、知るかよ」
「だぁー!! この陰気野郎! 根暗! アンポンタン! いいから早く起きてアニメ見るぞ!!」
朝からはた迷惑な奴だ。なんて思いながら渋々。本当に渋々体を起こす。
叶人は一度こうと決めたら梃でも動かないのだ。前に一回一日を全部睡眠に費やそうとした時なんかはずっと枕元で起きろだの何だのとやんややんやとやかましく騒がれて本当に最悪だった。
「それはそうと、誰が引き籠りの童貞ド陰キャ子供部屋おじさんだ」
「俺そこまでは言ってねぇぞ!?」
♪ ♪ ♪
「で、何か申し開きはあるか?」
「えーっと。正直俺もアレは想定して無かった」
リビングでアニメの鑑賞会を終えた俺は叶人に正座をさせていた。
というのも、叶人が見ようと提案した魔法少女のアニメが思った以上に展開がハードだったのだ。具体的には、三話で魔法少女の一人の頭と体が物理的にすれ違った。
「言ったよな。俺はグロとか嫌いだって」
「ま、まぁ知ってるしトラウマになってんのは知ってるけど……」
「その上でのセレクトか?」
「いや、いや、あんなの普通予測出来る訳が無いだろ!? CMとかだって全然怪しい気配しないし!! 魔女のデザインはちょっと独特だったけどまさかこんな風になるなんて……」
「……次は無いからな」
「あっ、はい……」
そう言うと叶人は目に見えてしゅんとした。見た感じは飼い主に叱られた後の犬にも似ている。
好き勝手やっても心の底から憎めないのは、多分この辺が原因なんだろう。
まぁ、だから。グロとか鬱展開が無いのであればこうやって早朝からアニメを見るのも悪くは無いかな、なんて。
「え、マジで!? そりゃあ滅茶苦茶嬉しいな」
「さらっと人の心を読むなよ、全く」
ただこういう所は本当に、心底苦手だけれど。
「じゃあ、次回は普通の学園ラブコメ系にすっか。汗と青春の高校ライフ……憧れるよなぁ」
「高校ライフ、か」
反芻しながら、少し感傷的な気分になる。
俺も、もう少しで高校生になるんだな、なんて。
「……高校生になったら、もっとマシになれるもんなのか」
「心配すんなって。中学と違ってエスカレーター方式じゃあるまいし。お前を虐めてた奴がそっくりそのまま全員同じ高校なんて有り得ないんだからさ」
「そう、だよな」
一応納得をした風に言ってみるが内心に巣食う不安は消えない。
「それに――例え世界の誰もがお前を否定しようが、俺はお前を決して否定しない。俺はずっとお前の味方だ」
そんな時、叶人は不安な内心を見破ったかのようにそんな事を口にした。
「……お前の恥ずかしげもなくそういう事言えてしまう所、本当に苦手だよ」
「でも事実だ。俺がお前の敵だった事、なかったろ?」
――ああ、きっと彼は魔法が使える。
他人の心に寄り添って、不安を鎮めてくれる。そんな温かな魔法が。
「……さっきの事をもう忘れたのかよ」
「あれは事故だからノーカンで頼む」
けれど、同時にこうも思う。
怖いと。
叶人という杖が居なくなった後の俺は一体どうなってしまうのだろうと。ちゃんと真っ直ぐ前に進めるのだろうかと。
「……人ってのはさ。思っている以上に強かなもんなんだよ。死にたい消えたいと思っても体は生を求める。だから杖が無くたって、地面を這っていたって、人間は前に進めるし案外普通に生きていけるさ」
そう言うと叶人ニッと笑った。
杖が無くたって生きていける。その言葉がやけに不吉な響きを伴って耳に響いた。
だから、だろうか。
この会話から暫く経ったある日、叶人は居なくなった。




