3話 異世界へ
「世界を、救う……?」
聞き間違いかと思った。しかし、女死神の表情はどこまでも真面目なもので、それ以外に解釈の余地などなかった。
「ええ。勇者、旅人、マスター、或いはドクター、先生でも良いかもしれません。貴方にはそういった存在になって頂きたいのです」
「いや、無理だろ。常識的に考えて」
一介の大学生に期待し過ぎである。陰気な男子なら誰しも超弩級のチート持ちだと思っているのであれば、それはラノベの読み過ぎだ。ちょっとは現実を見て、筋肉モリモリのマッチョマンにそういう役割を依頼して欲しい。
……と言うか、さっきしれっと救って欲しい世界の中に地球も入っていたのだが、これは一体どういうことだろう。
確かに昨今の世界事情を見るに不況だの、戦争だのと先行きの不安は多々ある。しかしだからと言ってすぐさま絶滅戦争に発展するような程情勢は酷くはない筈だし、有名な世界滅亡の予言のあった日はとっくのとうに何事もなく過ぎ去った。
……あぁ、けどウイルスのパンデミックは現実的にあり得るか。もう終息したとは言え、また新たなる殺人ウイルスがいきなり登場したらそれこそ滅びてしまうかもしれない。
「……餅は餅屋だ。そういうのは頭の良い学者様に頼んでくれ」
「? 貴方は何を言ってるんですか?」
何を言っているのか全く分からないという顔だった。……何だろう、美人だけど凄くイラっとくる。
「イデアは現在、宇宙より来たる邪神の軍勢と戦っています。この戦いは長らく私達イデアが優位に立っていたのですが……邪神がとある神造兵器を破壊したことにより形勢が逆転。私達は窮地に追い込まれました」
女死神が語り出したのはゴリッゴリのファンタジー的な滅び方だった。
「……もしかして、それを俺にどうにかしろと?」
「只人一人の武力でどうこう出来る問題であればこの戦争はとうの昔に終結しています」
「まぁ、そうだよな」
となると、益々ここに俺が居る意味が分からないのだが。
「……続けます。件の兵器は六つに分断され、うち一つは私達の手元に、残りの五つは邪神の棲まう異世界に散らばりました。私達は散逸した五つの兵器の断片【欠片】の回収を計画し、その実行役として貴方を選出しました」
「いや、何でだよ」
「単純に、貴方はこの世界で唯一この兵器に適合する一般の人間だからです」
「だから一般人を戦争に巻き込むなよっ!!」
「……残念ながらそれは不可能です。貴方以外の適合者は――全員が漏れなく重度の精神疾患を患っていて、異世界に送り出したとてまともに動ける状況にありません」
言葉を失う。
一般の意味が、思っていたのと違った。適合者のクセが強いとか、そんなレベルのものだと思っていた。けど、そんな事って。
「それと、一つ言い忘れていましたが、人々の想いから生まれたイデアと地球はお互いに影響を与え合う関係にあります。故に、もしも片方が滅びれば、その際には――もう片方も漏れなく滅びます」
その一言に、思考が止まった。
「――なっ」
「最初に言ったでしょう。貴方が救うのはイデアと地球の二つだと」
つまり……今ここで俺がこの話を拒否すれば、イデアは滅びる。イデアが滅びれば連動して地球が滅びる。そして代役も……実質いないようなもの。
こんなの、地球ごと人質に取られているのと変わらない。徹底して逃げ道を塞いでいく悪辣さに思わず空を仰ぐ。
「責任の重い仕事なのは重々承知しております。ですのでそれに見合う報酬をご用意しております」
「……報酬」
「貴方が散らばった兵器を全て回収したあかつきにはなんでも一つだけ、どんな願いでも叶えましょう」
悪性情報が氾濫する中垂らされた一滴の蜜は、情報の濁流で疲弊した脳にすっと甘やかに染み込んでいく。それが毒入りの蜜だと分かって尚、抗えない。
だって、俺にとってこの権利はあまりにも――魅力的過ぎた。
「その権利でを使えば……例えば、離れ離れになってしまった人に預かり物を返すこととかって、出来るのか」
「ええ、勿論可能です。これは奇跡でも尚届かない現象を引き起こす権利。行使すればどんな戯言も現実になる。……杉原清人、貴方の願いは必ず成就する」
ならば、俺の返答は一つしかない。
「……分かった。やる」
「ご承諾ありがとうございます。では、早速ですが貴方の旅のパートナーを紹介しましょうか」
「パートナー?」
「やぁ!! 君が例の杉原清人?」
いきなり背後から場違いに陽気な少年の声が聞こえて、振り返る。
すると、紅葉色のマントを身に纏ったカボチャ頭のナニカが空中をふよふよと漂っているのが見えた。
「僕はジャック。ジャックオランタンのジャックだよ。これから君専属の案内人になるから、よろしくね!!」
まじまじとジャックの姿を見て、思う。人選が何から何まで間違ってやしないか、と。
一口にジャックオランタンとは言っても色んなタイプがある。原典に近い鬼火のようなものから、カボチャ頭のクリーチャー、果てにはカボチャ頭な細身の八頭身まで。多種多様な姿が存在しているのだが……今目の前にいるジャックオランタンは、ゴリッゴリにデフォルメされたマスコットのような風体で、お世辞にも強そうには見えない。
「因みに、【欠片】の場所はバッチリ分かる代わりに戦闘能力は皆無だから、戦闘面に期待はしないで欲しいかな!!」
「……」
世界救わせる気、あるのだろうか。
「貴方の考えも理解できます。しかし、邪神が異世界に持ち込める戦力に制限を掛けているのです。ですのでこちらから持ち込める純粋な戦力は、たった一つしかありません。……ジャック」
「了解かな」
グリムが指示を出すとジャックは懐から木箱を取り出した。……ただこの木箱というのが、大分異質なものだった。
幾重にも護符が貼り付けられ、厳重に封がなされているのだ。中身は恐らくグリムの言っていた兵器、確か【欠片】だったか、それなのだろうが、この見た目からするに呪物が入っていると言われたほうがしっくりくる見た目をしている。
「察しが良いですね。そう、これが私たちの回収対象にして邪神を討滅する為の力。これをお渡しします」
手渡されたそれの封を解く。何者かに導かれるように、自然に。
そして蓋を開けると――血のような深い色合いをした宝珠が現れた。僅かな光の加減によって色合いを変えるそれは無機物にも関わらず脈動しているようにも見える。
これが、兵器……?
「信じられないかもだけど、紛れもなくそれは兵器だよ」
「そう、なのか?」
実感が湧かない。試しに軽く触れてみてもただの宝珠のようにしか――。
『ほう、貴様が新しい生贄か』
「誰か何か言ったか?」
「いいや、僕もグリムも何も言ってないかな」
いや、けれどはっきり聞こえた。ジャックとも違うボーイソプラノの声で、生贄と。
「まぁ、空耳か何かじゃないかな。或いは過去の亡霊の怨念が宿ってたり。そんな見た目でも兵器な訳だし」
「そういうものか……?」
というかそれはそれでヤバい気がするのだが。
そんな事を考えながらも、宝珠を手に取る。
すると、宝珠がまるで生物の心臓のようにドクンと脈打った。
脈打つ間隔は次第に短くなり、宝珠は一際強い光を発すると――
「反応が消えちゃったかな!?」
「え?」
手の中から忽然と姿を消してしまった。
それとほぼ同時に俺とジャックを囲うように足元が発光し始めた。
いきなりの事に困惑している間にも光量はどんどん増していき――
「え? ちょ!? 早くないか!?」
「杉原清人。貴方の健闘をお祈りします」
俺は、訳も分からないままイデアから弾き飛ばされたのだった。
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