21話 ネフィリア・クラヴァータ
昼食を取り終えてから、俺はまたタタルの森に来ていた。
俺の考える人物が今日もここにいるかは分からない。けれど少なくとも街中を捜索するよりかは幾分か可能性がある気がした。いや、街中に居ない気がするからここに来た、というのが正確か。
「でも人探しならやっぱり街中でやった方が良いんじゃないかなぁ。態々危険なところに来なくても見つかると思うんだけど」
「それに関しては大いに同意だ。けど、何というかこっちにいる気がするんだよ」
一説によると、直感とは断片的な情報を脳で処理する際に発生する過程をすっ飛ばした結論であるらしい。
それが真であるか偽であるかはこの際は問わない。けれど、過程をすっ飛ばした結論であるならば信じてみても良いのかもしれないと、そう思ったのだ。
「君って案外感覚派なんだね」
「まぁそうだな。結構感覚的に行動したほうが良い感じに――ほげッ!?」
いきなり足元が崩壊して肩まで地面に埋まった。足音やら気配に注意し過ぎた結果足元の確認が疎かになって落とし穴を見逃してしまったようだ。
「清人!? 大丈夫かな!?」
「いや、大丈……」
意図的にそこで言葉を切る。これは、全然大丈夫じゃないのではなかろうかと思って。
ゴブリンというモンスターは創作物に於いて子供程度の知能を有しているという設定のものが多い。つまり……今嵌っている落とし穴がゴブリンのものである可能性が、非常に高い。しかも、下に杭などを埋め込んでいないあたり、そういった知能を有していない事が伺える。
「ジャック、可及的速やかに引っ張り上げてくれ」
そうジャックに頼むのだが、当のジャックはプルプルと小刻みに震えていた。
「ゴメン、肩から上だけ地面から飛び出てるのがちょっと面白かった」
プククとジャックは笑うが、俺としては何笑とんねんだ。これがもしゴブリンの罠だったら本当にシャレにならないというのに。
と――俺の耳が誰かがこちらに向かって走って来る音を捉えた。
「不味っ!?」
ゴブリンが来たのかと思い身を固くする。しかし、どういう訳か途中で足音のペースがゆっくりになった。何があったのかと改めて周囲を見回すと。
「……昨日ぶり、清人」
「あ、どうも」
そこには、前回と同じくフードを目深に被った少女が立っていた。
少女は慣れた所作で俺を引っ張り上げると俺の体に付いた土埃をさっと払った。
「落とし穴で足、挫いてない?」
「いや、挫いてない。大丈夫だ」
「ん。なら良かった。私の落とし穴で怪我したら、ちょっと申し訳ない」
私の落とし穴、ということは俺が嵌ったのはゴブリンの落とし穴ではなかったのか。少し安心した。
一体何処の誰だろうか、杭とか置いてないからゴブリンの落とし穴かもしれないとか思ったのは。……俺か。
「ところで何でこんなところに落とし穴を張ってたのかな?」
「……貴方、誰?」
ジャックの質問に対して、少女は小首を傾げる。まぁそれも無理なからぬ事だろう。何せジャックは初対面のときに完全に空気になっていたのだから。彼女からしたら完全初対面な訳だ。
「僕はジャック。ジャックオランタンのジャックだよ。清人の旅の案内人をやってるかな。宜しくね!」
「ん、宜しく」
少女はジャックに対して何ら興味を持たなかったのかひどく淡泊に返事する。ちょっとジャックが不憫な気もするがそれはさて置き。
「それでさっきの落とし穴なんだけど……」
「あれは、私が普段狩りに使ってる落とし穴。何かが落ちたら私に伝わるようになってる。もし人が落ちたら、大変」
「その仕組みで清人が引っかかったのを察知してここまで走って来たんだね。……レスポンスが早くない!?」
「ん、日々の生存戦略の賜物」
そう言う彼女の表情は相変わらず読めなかったが心なしか少し陰っているようにも見えた。
「どうかしたのか?」
「……ん。何でもない。それよりも二人は、どうしてここに? 今の森、何かおかしい。歩き回るの、危険」
「あーそれなんだけど……」
急に切り込まれて答えに窮する。素直に貴女を探しに来ましたと言っても不審だし、ここは無難に説明をした上で助力を願い出るのが吉
「僕達は君をスカウトしに来たんだ。僕達と一緒に【欠片】の回収をしてくれないかな」
「ド直球行ったな!?」
というか説明まで端折ってるし、それで仲間になってくれる訳が。
「ん、良い。おっけー」
「って、良いのかよ!?」
即答だった。
危機感が薄すぎやしまいか。それともこの危機感の薄さは実力の高さ故のものか。どちらにせよちょっと心配だ。
「大丈夫なのか? そんなに安請け合いなんかして。もし嘘だったり罠だったりしたらどうするんだ」
「……嘘?」
しかし、当の本人はきょとんとした様子だった。
「ジャックは嘘を吐いた?」
「いや、嘘じゃない。決して嘘じゃないんだけども、そういうのには気を付けた方が良いんじゃないかって思っただけだ」
「ん、ご忠告ありがとう。感謝」
「大丈夫なのかコレ……」
とは言え戦闘能力の高さはライガとの戦いで既に実証済みだ。仲間になってくれるなら心強いことこの上ない。
「っとと、そう言えば前回名前聞いてなかったよな。良ければ名前を教えてくれないか?」
「私の、名前は……ネフィリア。ネフィリア・クラヴァータ」
「ネフィリア・クラヴァータか。ネフィリアって、呼んでも良いか?」
「ん、だいじょーぶ」
「それじゃあ改めて宜しく頼む、ネフィリア」
「ん、宜しく。……ところで、【欠片】って何?」
「そう言えば端折ってたな。えーっとちょっと説明するのが難しいんだけども――」
こちらの事情について説明する。幸いにも彼女の理解力は高く、言った事にはある程度の理解を示してくれた。
くれたのだが、ここで一つ困ったことがある。
報酬だ。こちらは助力を願う立場だ。報酬が何もないでは示しがつかない。彼女はその話をする前に協力にOKしてくれたが、ここはやはり誠意を見せるべきだろう。
「それで、協力してくれるならそれなりに報酬を出すつもりだけど、ネフィリアに何か欲しいものとかあるなら言ってくれないか?」
ここで小さく「出来得る範囲で」と付け足すのも忘れない。
みみっちいと思われるかもしれないがそもそもの稼ぎが少ないのだ。じゃあ言うなと思われるかもしれないが誠意と金銭はまた別問題だ。
すると彼女は迷いなくはっきりと。
「『とくべつ』」
そう口にした。
「特別? それって何というかプレミアが付いてるものって事か?」
「……今のは、忘れて。言い間違い。私に欲しいものは、無い。お金も足りてる。だから、物は要らない」
「……そうか」
「けど」とネフィリアは続ける。
「私は知りたい。貴方がどんな人間なのか。見極めたい。だから、少しの間近くに置いてくれさえすれば、それで良い」
「本当にそんな事で良いのか?」
そう尋ねると一度頷いた。
「カッコいい姿は見せれないと思うけど、それで良いなら見せてやんよ」
「やんよ?」
あ、ヤバ。
「……何でもない。ちょっと知り合いの口癖が移っただけだ。まぁ、兎に角宜しくな」
そう言うと握手を交わす。ネフィリアの手は白くて小さかったが戦闘を繰り返しているからかその手は固かった。
『さて、良い雰囲気の中失礼するが……宿主、ここは一旦退いた方が良いだろう』
「何かあるのか?」
『そのネフィリアと名乗っている娘も感づいているようだがゴブリンが来るぞ』
ところで、女郎蜘蛛の学名って Nephila clavataなんだよね。




