13話 隠し事
いきなりだが俺は真っ暗な空間に横たわっていた。
何を言っているのか分からないと思うが、俺も何が起きているのかまるでサッパリ分からない。何か前も似たようなくだりをやった気もするが、例によって今回も理解の範疇を超えている。
「……いや、マジでどこだよここ」
立ち上がって周囲を見回すが一面に広がるのは黒一色の暗黒世界。
【デイブレイク】とか言う黒いローブの一団と戦闘をどうにか乗り切った事は覚えているが宿に戻った記憶はない。
となるとその間に何者かが俺をここに連れて来た、と言うことになるだろうか。……というかそもそも自然界にこんな摩訶不思議空間が存在するものなのだろうか?
「おーい、ジャック! いないのか!」
試しに声を張り上げてみるが、返事がない。どうやら無人のようだ。
となると本格的に困ってくる。この空間に果てがあるようには見えないし、道案内のスペシャリストであるジャックも不在。他の人物は見当たらず自分の鼓動の音しか聞こえないし耳鳴りしそうだ。
「弱ったな。打つ手なしだ」
ぼーっと突っ立っていても仕方が無いかとその場に胡坐をかいてどっかりと座り込む。時間が解決してくれるさと、楽観的な事を考えながら。
すると――それは地面から突如生えてきた。
「ッ!?」
それは、白い右腕だった。
B級ホラーのような展開に絶句しているとその腕は俺を指さしながら、
『情けない顔だな、宿主。自分が内包しているものの姿見て青褪めるとは。適応能力が不足しているぞ』
聞き覚えのある変声期前の少年の声でそんな事を言った。
「その声……もしかして【魔王】なのか?」
『それ以外あるまい』
改めて【魔王】だと意識してその腕を見る。【魔王】とは思えないような白くて華奢な腕だった。それこそ、女性のものと見紛うような。そんな細腕だ。
『ああ、それと先んじて言っておくが、俺はこれでも元は男だ。昨今のライトノベルとやらでは魔王が女である場合の方が多いらしいがな。実は魔王が美少女だった、などという下卑た妄想や淡い期待は早々に捨てておいた方が良いぞ、宿主』
「下卑た想像も淡い期待もしてないっての。……って、うん?」
ちょっと待って欲しい。昨今のライトノベル、と言ったが【魔王】は現代のサブカルに造詣が深かっただろうか? いや、そもそも【魔王】とはサブカルの概念を解しているものだっただろうか?
『何を疑問に思う必要がある。今や俺とお前は二心一体。俺がお前の記憶を閲覧する事など実に容易い』
「嘘だろ!? それじゃあ、あんな記憶やこんな記憶も……」
『心配しなくても宿主の思うような場面は見ていない。そういった記憶はお前の無意識によって厳重に封をされているからな。まぁ、お前が俺に存在そのものを委ねる、と言うのならその限りではないが』
「この体は渡さないからな」と若干語気を強めながら言うと【魔王】は『分かっている。冗談だ』とあっさり流した。
「ところで、俺はどうしてここにいるんだ? と言うか、ここはどこなんだよ」
『前者に関して言えば無論俺が呼んだからだ。そして後者、この場所についてだがそうだな……所謂精神空間、とでも考えれば良い。安心しろ、お前の肉体は宿屋で泥のように寝ている』
【魔王】が出た時点で何となく予想は付いていたので驚きはしなかった。しかし重要なのはその理由だ。
『お前をここに呼んだ理由は至極単純。お前に興味が湧いたからだ』
「俺に、興味?」
『然り。お前は非力な馬鹿者ではあるが俺の力の断片である【欠片】に適応した初めての人物だ。それに加えて先の強引な適性の引き上げにも耐えてみせただろう。興味の一つや二つ、抱くのもおかしくはあるまい?』
「……って、適性の引き上げってそんなにヤバい事だったのかよ!?」
『【魔素】との親和性がそんなにホイホイと上がると思ったか。それに、そうしたお陰で【魔技】を習得し、一団を撃退する事が出来た。結果良ければ全て良し、だったか。至言だとは思わないか』
「お前がそれを言うのかよ……」
まぁ、実際その結果が最良だったから何も言えないのだけれども。
『それはそうと、お前の体質だ。一体どうなっている』
「体質って言うと、あれか。魂の容量がどうのっていう」
そう言うと【魔王】はビシィッと擬音語が付きそうな勢いで人差し指をこちらに向けて来た。
『それだ。本来一つの肉体の器の中に入れる魂は一つだけ。にも拘わらずお前の容器にはまだ潤沢な空き容量が存在している。つまり、お前の魂は器に比して極めて小さい。人間として異常も異常だ』
「異常、って言われても……」
『お前には何か、思い当たる節があるんじゃないのか?』
「ッ!?」
一瞬、心臓が跳ねた。
『ふむ、思い当たる節はどうやらあるらしいな』
「……探られて痛む腹しかないから、詮索だけは勘弁してくれないか?」
『いっそ清々しいな。……まぁ良い。そう言うのであれば今この場でこれ以上追求はしまい。俺とお前は甚だ不本意ながら一蓮托生。些事に拘泥して足元を掬われてはそちらの方が問題だからな。――しかし一つ。これだけは覚えておけ』
「何だ?」
『知識欲は猫をも殺すと言うが、人は双方に痛みを伴う事を知って尚、他者に踏み込む事を止めないものだ』
「痛みを伴う事を知って尚……」
『分かり難かったか? ならば更に端的に言ってやる』
――俄然、お前に興味が湧いた。
耳元から響く少年の蠱惑的な囁きに先程とは別の意味で心臓が跳ねたのが分かった。
……何だろう。手玉に取られてるみたいでちょっとムカつく。
「じゃあ、俺がお前に踏み込んでも文句は言うなよ」
『不遜極まりない物言いだな宿主。だが許そう。踏み込めるものなら踏み込んでみるが良い』
その一言を耳にして、俺の意識は段々と遠のいていった。




