2話 帰路につく、運命の夜
「俺はクロノ・ノーマッド。職業は剣士だ」
………………。
「いや剣士って、おじさん剣持ってないじゃん」
おじさんの表情が固まった。
「剣を使わねぇ剣士がいちゃ悪ぃかよ!あの偉大なるお天道様だって、俺くらいちっぽけな奴のことなんて見ちゃいねーから!見逃してくれるはずだから!」
開き直って早口になるおじさんから焦りが伝わってくる。
「それとな、人に名前を聞いたからには、そいつのことを名前で呼んでやる義務があんだよ。だからお前も、俺のことはクロノさんと呼べ」
今度の真剣な顔つきからは、焦り感情はきれいになくなっていた。
なんか腹立つ。
「分かったよクロノ」
「呼び捨てかよ……まぁいいや」
クロノはため息混じりに座り込むと、話続けた。
「それよりお前、俺の弟子にならねぇか」
弟子?弟子って何だ?子分みたいなもの?え?誰が?………………僕か。
え?誰の…………。
「あ、それは大丈夫です」
「いや何でだよ。てか何だよ今の間。いや結構興味持ってたじゃん!ドラゴンとかスキルの話めちゃくちゃ聞いてたじゃん」
「難しくて何言ってるのか分からなかった」
「嘘でしょ?あんだけ喋らせといて?こいつ怖」
なるほど、クロノが感情の豊か人だというのは分かった。
「お前学校は?」
「学校って何?」
「えーと、勉強するとこ」
「ベンキョウは来年からだって母さんが言ってた」
「ふーん。5、6才ってとこか。うん、やっぱりお前俺の弟子にどう?」
弟子って何だ?…………………………………………………………僕か。
「いや、大じょ」
「まぁ!まぁまぁ!今日は色々あってお疲れでしょう!といったところで夜も遅いし、早く帰って寝ちまいな!明日またここで待ってるから、ゆっくりと考えて来るといい」
クロノはそう言い、手を払いながら歩き出した。
え?帰るの?ちょっと待って、それはいくら何でも急すぎると言うか。
「ちょっと待ってよ!ク、クロノ!」
呼び止めるように伸ばした右手が震えている。
その震える右手を見て気づく。
本当は分かっていたことだった。
こうしてクロノと話せているのも、半分は僕の強がりからくるものだ。
自分の力でどうにか出来ると思っていた。
その傲りを、プライドを、少しでも取り戻そうと強がっていた。
自分が優位に立っていたのは、立った気になっていたのは、村の、それも数人の友達の中だけの話で、自分はたかだか人間の子供で、ドラゴンにとってはただの餌。
再認識する。
そんなの、当たり前じゃないか、と。
「どうかしたか?」
クロノは振り向き、僕を見た。
僕の手の震えを見てクロノは、そりゃそうだと言わんばかりに視線を僕に向けて寄ってきた。
「そりゃ……怖かったよな」
怖かった。
正直、今になって泣きそうだ。
「……家、どこだ?送ってやる」
「…………あっち」
僕は指を指しながら、クロノに送ってもらった。
帰路の途中、会話もなく。
「あれか?」
僕は黙って頷く。
小さな家だが、僕と両親の3人で暮らすには、余裕のある家だ。
そう思う。
家には明かりがついている。
家の前には女性が1人たっていた。
母さんだ。
心配そうに周りを見渡して。
怒られるだろうか。
怒られるだろうなぁ。
目が合う。
「アスラ!どこ行ってたの!」
怒られた。
でも、その感情から怒りは伝わってこない。
「まったく、こんなにボロボロになって!心配したのよ」
母さんは僕を強く抱きしめた。
ボロボロと言っても実際には転んだけだから、軽いかすり傷と、後は泥まみれなのが、母さんの目にはそう映ったのかもしれない。
「すみません。こんな夜遅くにうちの子を送って下さって。よろしければ上がって行ってくだ…………!!」
母さんの顔色が変わった。
その表情は、僕がどれほど愚かなことをしたのか、自覚するには十分すぎるほど青ざめていた。
視線の先にはクロノ。
が、持つ風呂敷。
中身を包んだその風呂敷は、はっきりと中身の形が分かるようになっていた。
母さんは、もう一度僕の姿を見て確認した。
母さんの中で何かが繋がる。それは考えうる中で最も最悪な推測であった。
「良かった……!!」
母さんは再び僕を抱きしめた。
首筋を温かい何かが伝う。
その温かさに溶け込むように、僕は……。
「ごべんなざああぁい!!!!!」
今まで張り詰めていた糸が切れたように、泣いた。
泣いた。
泣いた。
そこから先のことはよく覚えていない。
母さんに怒られて、父さんにも怒られて、とにかく大変だった。
僕も落ち着くまで時間がかかったと思う。
クロノは「またお伺いします」と、そう言い残し、帰って行った。
落ち着きを取り戻した僕は、お風呂の湯船に浸かり今日のことを冷静に思い返していた。
「クロノ・ノーマッド……」
見た目は20代後半くらいかな。
黒髪に、ロングというほど長くはなかった気がするけど、あれは後ろで縛ってたのかな。
黒い丸型のサングラスに黒いローブを羽織っていて、一見すると不審って言葉が似合いそうな背格好だったな。
「お礼、言えなかったな」
また会えるだろうか。
いや、クロノはまたお伺いしますと言っていたらしいから、きっとまた会えるんだろう。
本当に僕を弟子にするつもりらしい。
クロノが僕に気を使ってそう言ってくれているだけかもしれない。
だとしたら僕は、またクロノに迷惑をかけちゃうな。
うん。
やっぱり断ろう。
これ以上クロノの、恩人の手を焼かせるわけにはいかない。
でももし、クロノのやりたいことが、本当に僕を弟子にする事なんだったら。
僕が弟子になることで、それは恩返しになるのだろうか。
その日はすぐ、眠りについた。
今までにない経験をしたら、眠れないことの方が多いことは、知っている。
友達とみんなで、父さんの力も借りてツリーハウス、基地を作った日なんて、全然寝付けなかった。
でも今日は、元々疲れきっていたのもあるだろうけど、本当に怖かった。
今日で全部終わっていたかもしれなかった。
無事に家に帰って、母さんと父さんの顔をまた見れたことへの安心感。
それが僕を眠りにつかせたんだろう。
朝起きたら、母さんと父さんにもう一度謝ろう。
できたなら、感謝も。
そうして僕は、目を閉じた。
「おはよう!目覚めたわね!」
目の前には女性が立っていた。
母さんじゃない。
あまりの展開に頭がついていかない。
「いや?現実の君は眠っている状態なんだから、目覚めたって表現は間違ってるのかな?いやいや?でも現に、私がこうして君と話しているというわけだから、そういう意味じゃ目覚めたともいえるわよね!」
わけが分からなかった。
現実感のない感覚。
どこか、体がふわふわするような。
そうか、夢か。
「ただの夢じゃないわよ!」
幼心を感じさせるほどの満面な笑みを浮かべ、彼女はそこに立つ。
そもそも本当に立っているのか、上下左右の奥行きが曖昧な空間の中で、彼女は1歩踏み出した。
「聞かせてちょうだい。君の話を」