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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

巡る世界に終焉を

作者: てっか

「!?」

グランツは息が詰まるほどの衝撃と激痛を背中に感じ振り返る。

すると先程まで居なかったはずの人影が後退って行くのがかすむ視界にうつった。

目深にフードを被った人物の顔は見えないが、全体的なシルエットからは女性だと言う事が窺える。

(誰だ…?)

プライベートルームで襲われる事など想定していなかったため、護衛の騎士も室内には付けていない。

しかしもう声を上げる事も出来ず、グランツは崩れ落ちる。

(毒…)

急速に失われる五感にそれを悟るも、為すすべもない。

目の前の人物もいつの間にか消えている。

(ナリアに、おめでとうも言ってないのに…)

婚約者の誕生日を翌日に控えたその日、アルビオラ国の王太子グランツは20年の生涯を閉じたのである。


そして次の瞬間、グランツの眼前には春の日に照らされた窓辺で優雅にお茶を飲む婚約者ーダナン侯爵令嬢ナリアーの姿があった。

「!?」

驚いて立ち上がり、辺りを見回すグランツ。

見慣れた自身の執務室の応接スペースだ。

「どうなさいました?」

きょろきょろと周囲を見回すグランツを不審に感じたのか、カップを置いたナリアが尋ねる。

「いや、先程…」

額に手を当て、ナリアを見やる。

と、ふと覚える既視感と違和感。

目の前の婚約者に引っ掛かるものを感じ、混乱しながらも頭を巡らせる。

(何だ、何かおかしな物を見たような…)

その理由に思い当たった瞬間全身を震えが走り、グランツは思わずといった風にナリアから距離を取る。

「そなただ。そうだ、間違いない」

「殿下?」

フードで顔は隠れていたが、こうして落ち着いて見れば長年の婚約者を見誤るはずもない。

「つい先程だ!そなたが私にナイフを突き立てて…私は、死ん?」

死んだ。

「は?」

そう言おうとして現状との矛盾に気付いたグランツは己の震える両手を見つめる。

(生きている?痛みもない。ではあれは夢?)

しかしそれは違うと咄嗟に否定する。

そもそも自分はいつ執務室に移動したのか。

ほんの数分前までは自室におり、時間も深夜に近かった。

そこに至る経緯も記憶しており、どちらかと言うと今の状況の方が夢と言われれば納得出来る程だ。

(毒を受けてから回復しきるまでの記憶が抜けているのか?)

考えても納得のいく解釈を得られず動揺するグランツをナリアは暫く眺めていたが。

「殿下、人払いをお願い致します」

「え?」

「私は恐らく、今の殿下の疑問にある程度お答えする事が出来ると思います。ですがそれは、余人の耳目のある場所では出来ません」

じっとこちらを見つめてくる瞳は、自分の顔以上に見慣れたものだ。

しかしそこにフードの人物の影が重なり、まるで見知らぬ女のようにも見える。

訳の分からない状況と常に無い婚約者の様子に、普段から優秀と褒めそやされるグランツにも咄嗟に判断が下せずにいた。

「いくらナリア嬢とは言え、殿下と二人きりにする訳には参りませんよ」

言い淀むグランツをみかねてか、側近のエーゲルが口を挟む。

先王を祖父に持つエーゲルは、公爵家の嫡男でグランツの従兄弟にあたる。

「そうだな。どうした?ナリアらしくもない」

室内で警備に当たっていた近衛騎士のセルシオも訝しげにナリアを見やりながら発言する。

言葉が砕けているのはセルシオがナリアの兄だからだ。

「あなた方は現状に疑問や違和感はないのでしょう?」

自分を注視する二人に確認を取るように質問するナリア。

エーゲルとセルシオは目を見合わせるが、思い当たることも無いようで再びナリアに向き直る。

ナリアは変わらずグランツを見つめており、要求を撤回する気は無いようだ。

尚も迷うグランツにナリアが言い募る。

「殿下、今日は星輝暦686年の白の3月15日です」

「な!?」

それはグランツの思う現在より一年以上過去の日付けだ。

それに衝撃を受けたグランツだが、エーゲルとセルシオからそれが真実と知れると、呆然と席に座り人払いをした。

距離を取り話は聞かないと言う約束で室内に残ったセルシオに背を向ける形で、ナリアはグランツに向き合い話し始める。

それはとても不思議で残酷で、救いのない話だった。


「物語だったと言うのか?」

「はい。前回私が殿下を殺害したのは、それが前回のシナリオだったからです」

それは必ず星輝暦686年の白の3月15日に始まる物語。

前回のナリアは、この日にある男性と出会い後に恋に落ちる。

侯爵令嬢にして王太子の婚約者たるナリアとの出会いが、その男を陰謀へと走らせる。

出来の良い王太子と比べられて育ったその男性は歪んだ欲望を抱えており、王太子の婚約者であるナリアと密通し王太子を手にかけさせる事でそれを果たそうとする。

かねてより夢想していた陰惨な計画を実現させ、自分は表に出ないままに人々を操り悪事を重ねてゆく。

しかし、純真なナリアと付き合う内にその優しさに感化され、柔らかな笑みに絆されて己の行いを激しく後悔する。

数多の人間の思惑が絡まり、犠牲にした人の数は数え切れず。

もはや自分一人の思惑では抜け出せない地獄の中でその男は懊悩する。

既に王太子は命を落としており、ナリアは牢に囚われている。

男の闇に気付きながらも恋情に準じたナリア。

せめてナリアだけでも助けられれば。

だが無情にも男の策は破られ、ナリアは断頭台にて処刑された。

ナリアが最期に見たのは、断頭台に向かって走り寄るその男の姿だった。


「…そなたも結局殺されたのか。その後はどうなったのだ?」

うっかり聞き入ってしまったグランツは、前のめりになっていた姿勢をさり気なく直すと、続きを促す。

「さあ?私の出番はそこで終わりです。他の役者が物語を続け、終わらせたのでしょう」

グランツと違いナリアは話の行方に興味は無いらしく、そう締め括った。

「因みにその、そなたと恋仲になって私を殺させた男と言うのは…」

「エーゲル様です」

話の途中で察していたとは言え、先程まで一緒に仕事をしていた従兄弟を思い出してグランツは苦い表情を浮かべる。

「ご安心下さい。中身は全くの別人です。前回のエーゲル様は随分酷い境遇でお育ちになった()()()()()()()ようで、私達ともほとんど面識はありませんでした」

今の認識ではエーゲルはグランツとナリアの幼馴染である。

幼少期からいい事も悪い事も一緒にやって来た親友と言える。

今更恋仲になったり仲違いする余地はないだろう。

「…また、新しい物語が始まっていると、そなたは思うのだな?」

「ええ。主人公と他の登場人物、ストーリーは毎回変わるので、どのような話が何処で展開しているかは分かりませんが。こうして自由に話せるのは、今私という役者に重要な役割が割り振られていないからです。ですがいずれ、意思を奪われ役を演じる事があるかもしれません」

もちろん殿下も、と付け足してナリアは話を続ける。

「舞台はこの王国、主に王都、王城が多いですね。私の知る限り、舞台が他国に移った事はありません。役者の殆どは王族や貴族、城の使用人です。身分や血筋は毎回同じですが、配役は様々に変わります。例えば、グランツ様が第一王子だというのは毎回同じですが、王太子であるとは限りません。第二王子殿下が王太子であられたり、グランツ様が廃嫡されていたり、物語開始までに亡くなられていたりもしましたが…そういえば、今回は前回と配役が似ていますね」

グランツが王太子でナリアがその婚約者、セルシオがグランツの護衛なのも前回と同じだ。

「ここまで配役が被るのは珍しいです」

「待て」

つらつらと語るナリアにグランツが手を上げて静止をかける。

「一体コレはそなたにとって何度目だ?」

訊かれたナリアはきょとんとグランツを見つめる。

そしてにっこりと笑って、


「覚えておりません」


その笑みは空虚で、あらゆる物を乗り越え、あらゆる物に踏み潰された末の諦念の産物だった。

かつて繰り返しを止めるべく、ナリアも思い付く限りの事を試みた。

嘆き、藻掻き、疲れ果てて狂いそうになりながらたった一人で戦い続けた。

そしていつだったか、特に事件もなく始終自由意思で動く事ができ、婚約者と結ばれ、子供を設けて幸せに老衰で死んだ事があった。

繰り返しから脱却出来たのだと喜んで迎えた最期。

満ち足りた終わりの先にはしかし、ナリアを嘲笑う"始まり"が待っていた。

恐らくその回では物語に関係する事がなかった為、取り込まれる事なく過ごせただけだったのだろう。

ナリアはただ、蚊帳の外に置かれていただけだったのだ。

どれほど必死で抗っても世界は変わらない。

それに気づいた時ナリアの心は死に、シナリオに忠実な人形となったのだ。


辛い思い出を淡々と話すナリアを見ながら、ナリアの話が本当なら、とグランツは考える。

今自分の中にある20年分の記憶はこれからの物語を綴るための小道具でしかない。

それでも、作られた偽りの記憶の中のナリアはこんな笑い方をする少女ではなかった。

そして今の自分は、彼女にかつての笑顔を()()()()()()と思っている。

(これは、この思いは与えられた役としての?それとも私自身の想いか?)

どちらでもいい。

この場合はどちらでも結果は変わらない。

()()()()()()()()()()()とグランツは思い、その想いのままに行動するまでだ。

「ナリア」

そっと、グランツはナリアの手を握る。

「もう一度だけ、この繰り返しを破る努力をしてみないか?」

虚ろな笑顔を浮かべるナリアの目に、憐れみが滲む。

「殿下…無駄です。何をしてもどうにもなら」

「先程そなたは、今のそなたに演じるべきシナリオがないから自由に出来るのだと言ったな」

諭そうとするナリアを遮って、グランツが言い募る。

「私は、今回の話は私達の話だと思う」

「いいえ、それなら私達はセリフ以外喋れない筈です」

首を振り、否定するナリアの手を引き、鼻が触れそうなほど近くで目を合わせる。

「話している。これがセリフだ。繰り返しを止める為に、この世界の知識と経験を持つ君と何も知らない私が手を組んで戦う。今度こそ、終わりに辿り着くための物語だ」

「そなただけが繰り返しに気付いたのはこの物語の為だった」

「配役が前回と似通っていると言うのも、変える意味がないからではないか?この物語では、繰り返しを知る私達二人が揃っていればあとの設定は重要ではないからだとは思わないか?」


間近で語られる言葉をぼんやりと聞き流すナリア。

与えられる言葉にも熱にもナリアの心は動かない。

石のように沈黙し、与えられる希望を跳ね返し扉を閉ざす。


一方、熱心に言葉を重ねるグランツにも、明確な展望があるわけではない。

人智を超えた事態に困惑し、動揺もしている。

けれど困難に直面した場合、逃げる選択肢は今生の彼にはない。

いかなる国難にも立ち向かえるよう教育され、そうあり続けようと努めるのが"グランツ"の役どころである。

そして、"ナリア" もそんなグランツに寄り添い、共に艱難辛苦を乗り越えてきた"記憶"がある。

だから


(期待する訳じゃない)

(それが、今回の役割だと言うのなら)

(演じるだけ。今までと同じ様に)


ナリアはグランツの手を握り返し、希望に縋る少女を模して涙を浮かべ微笑む。

「はい、グランツ様。私が貴方を導きます。かつて私が歩んだ道を貴方にお見せします。ですからどうかその先へ、私を、皆をお連れください」


きっとまた繰り返す。

何も変わらない。

虚無に落ちる人形が増えるだけ。

ーあぁでも、そうしたら次の始まりにも、


(この人が、居るのかしら)


凍りついたナリアの心は、その思考に特段の意味を見出した訳ではなかったけれど。

無情な世界に対してはあまりにちっぽけな、けれどそれは、確かな変化だった。








かくして新しい物語が幕を開け、彼と彼女がどのような物語を紡ぐのか。

そしてこれが最後の物語になるかは、また別の話。













読んでくださってありがとうございました。

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