キシュタン王国よ、さようなら
不思議だけど、私の聖女としての仕事を理解してくれるのは人間より魔物なのよね。
それも、かなり好意的に。だって、吸血鬼や人狼みたいに人の事情に詳しい魔物がいるのよ。
そんな魔物が私の苦労を知って、『大変だな。』なんて言われた時は思わず笑っちゃったわ。
だからこそ、魔王は私と協力する事にしたの。
『ほんの少しだけ魔物に国へ入らせてくれ、代わりに人間を襲わせたりしないから。』という感じで。
それで私は協力してくれる人を頑張って集めて、キシュタン王国の平和を護ってる訳ね。
人間の血しか食べられない吸血鬼に血を分けてくれる人や、人の状態になってる人狼に服を分けてくれる人とか。
そんな努力で成り立っていた平和なのに、どうして国の偉い人は邪魔するのかしら?
一応、ちゃんと言ったのよ。魔物を少しだけ入らせるから、この国の平和は続いているのよって。
魔物の入国を一切禁じたら、魔物が怒って戦争になるわとも。だけど、国の偉い人は一切聞かなかった。
おまけに、私が国を護る聖女なのが気に入らないのか、同僚の聖女に嫉妬されて訴えられちゃったし。
そうして今は裁判の結果、死刑が決まったから処刑の日まで牢屋に入れられてるの。
そして、そんな状況を見かねたのか、魔王がコッソリ牢屋にやって来ちゃった。
短く、シュッとした髪。キリッとした目。スッとした長い耳。そしてスラッとした黒と紫の服。
妖艶さと気品さ、それに優しさも包まれてる美しい姿。そんな彼が今、私の隣にいる。
『全く、人間のやる事はよく分からんな。お前の様な立派な聖女を牢屋に入れるとは。』
「入れただけじゃないわ、死刑もされるの。」
『本当か?まさか人間がここまで愚かとは。国の為に働いた聖女を、あろうことか自らの手で処刑しようとはな。』
そう話す目は、私を憐れんでいる様だった。『聖女・スミヨルよ、私の国へ一緒に来るか?』
「貴方の国まで?」
『そうだ。お前の様な人間を失わせる訳にはいかん。勿論、来た後に私と協力しろとは言わない。今まで十分、我らが魔物を助けてくれたからな。』
魔王の話は意外だった。だって、確かに私は魔物と仲良くしてきたわよ。
だけど人間と魔物は別の種族だし、理解し合えないと思ってた。だからこそ、私の答えは決まってる。
「貴方がそこまで言うなら、勿論よ。さぁ、私を貴方の国に連れていって。」
そう言うと彼は私の手を取って、共に黒い風となった。牢屋と、そしてキシュタン王国に別れを告げて。