表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

99/194

闘技場の主

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

そう言うと、後ろから様子を伺っていた飯浜が中峰を静止した。

「─まて中峰、シスといったか?心当たりはある。亡命者を取り逃した事と…恐らく我々が国境付近にも簡易的な医療施設と軍医が欲しいと何度か陳情した」

そんなことで、と言いきれないのがこの世界の異世界人の扱いだ。

「その事について何と言われた?」

「王のために死ぬ覚悟の無いものなど要らぬと、総指揮官に言われたが…それがどうした」


一本ずつ、その位なら先生がなんとかすると言っていたな。

「そうか、なら今後は気をつけることだな」

そう言うと中峰は怒りをあらわに声を荒らげた。

「なんだとぉ!?我々がお間違っているというのかあ!!」

中峰とは違い、飯浜は眉をひそめて呟いた。

「…今後…?まさか、あの噂は本当なのか!?」

最初の計画通りに先生が広めてくれた闘技場の意味を半信半疑にも思い出したのか。


そこでスキルを解除し、二人を挑発するように声をかけた。

「勇者様とやらがどれほどのものか、全力で証明してみせろ」


その言葉を合図に二人は連携をとり、間合いを保ちながら交互に攻撃を仕掛けてくる。

力で押し切りながらもその体躯からは想像もつかない程に速度が上がっていく中峰、それを援護して撹乱するように時折数人に見える飯浜。

なるべく派手になるように何度か剣を受けては流し、時には鍔迫り合いに持ち込み接戦を演出した。

中峰は速度系のスキル、飯浜は幻覚系か。


「すごい!さすが勇者様たちだ!」

「シスも二人相手は無理があったのか…!?」

会場も息付く暇のない攻防にヒートアップし、二人を応援する声も聞こえてくるようになった頃、そろそろかとタイミングを見て二人の後ろに回り込んだ。

「痛むが我慢しろ、そしてもう向かってくるなよ」

そう声をかけると二人は後ろを取らせまいと急いで体勢を立て直そうとして左に傾き崩れ落ちた。

「あ…?ぐあっ!!」

「…あああああ!!」

己の左足が切り落とされたのに気づき、一瞬遅れた激痛が身体を襲う。

会場は熱気に包まれ、観客は大興奮でとどめを要求している。

「シスー!!なんと勇者様二人を相手に優勢っ!」


やはりアナウンスは決着を告げることは無かった。

──本当にこの世界のやつらは汚らわしい。


「こんな状態の者と闘って、俺が満足すると思うのか!」

観客席に向かって叫ぶと、客席はザワつきはじめた。

「俺が求めるものは!お前たちが英雄祭に求めるものはなんだ!!」


さらにそう叫ぶとザワつきはまばらになり、アナウンスも途切れた。

「俺たちが求めるものは血ではない!!強者だ!!息を飲むような緊張感!激しい攻防!力と技術の粋を待ち望む!!そうだろう!!誰でもいい!俺を倒してみせろ!!」

そう言って手を広げてみせる。


一度静かになった客席からは再び完成が巻き起こり、その勢いに押されたアナウンスも試合の決着を宣言した。

「そうだーーーー!!」

「誰かシスを倒せる奴はいないのかぁーー!」

沸き立つ観客に左手をかざして見せた後、医療班に運ばれていく二人に目立たないように軽く礼をした。


飯浜は痛みに耐えながらなんとか頭を起こして、姿が見えなくなるまで俺を見ていた。

もしもこの闘技場の噂を耳にしたことがあれば…意図が伝わっていればいいのだが。

「次の相手は誰だ」

予定の狂った試合に遅れていたアナウンスに問いかけると、一人の若者が動きやすそうな鉄製の防具を身にまとい、観客に手を振りながら悠然と歩を進め闘技場中央にやってきた。


「オレだよ!クロウ…っと、今はシスかな?」

こいつが始末対象の最後の一人、笹井ルカだ。

歳は確か25歳、身長は俺と同じくらいの180センチ弱にそれなりに整った顔立ち。

そしてこの世界ではあまり見ない暗めの紺色の髪を肩まで伸ばし、髪をかきあげるその一挙一動は鼻につくモノがある。


しかし剣の腕はそれなりのようで、王都内を闊歩する際には自ら名乗ることも多いため一部にファンを持つのがまたなんとも面倒な奴だ。

「でたーーーー!!今大会注目の勇者様!笹井ルカ様ぁーーーー!!血なまぐさい闘技場に、まるで宝石のように輝くその存在感!!」

「ルカ様ーー!!!」

「シスーー!!やっちまえーーー!!」

「ルカ様ーー!!勇者様の強さを見せてください!!」

「シスーー!!さっきの宣言の後で負けたらカッコ悪ぃぞー!!」


好き勝手並べ立てるアナウンスと観客。

それを笹井は笑顔を絶やさず聞いている。


コイツとは絶対に気が合わないな、そう思い鬱陶しい動作が目に入らないようにユキの事を思い描いた。

空間の拡張はしたものの、十分な運動スペースはあるだろうか、寂しがってやしないだろうか、突然魔法を使って家を壊さないで欲しい。


そんな事を考えていると、笹井は相手にされていない事に気がついたのか、素早く間合いに入ると言った。

「さすが、トール様のお気に入りは余裕があるな」

「そう見えているのか。不愉快だ」

「なあ、今まではトール様が助けてくれてたんだろ?わからないでもないよ、うん」


笹井は一人で納得して爽やかな笑顔を向けた。

「剛田は下品だったからさ、他の勇者の格まで落としかねない。君に始末させたトール様のお気持ちがよく分かる、君にもわかるだろ?」

剛田に対しての感想は概ね同意見だが、本来トールが俺を始末させようとした事も知らないとは。

この男は何か妄想癖でもあるのか、トールに懐いていること自体が俺からしたら末期症状なのだが。


「オレは君の秘密を知ってるんだよ」

ニヤリと笑う笹井の目には確信の光が宿っていた。

「どれだ」

「うん?」

「心当たりが多すぎてわからないから、秘密とやらを教えてくれないか」

「ははっ、君おもしろい」

そう言うと笹井は怒るでもなく軽快に笑った。

「おい!試合はまだかーー!!」

「何を話してんだーーーー!?」


待たされている客席からはヤジが飛び始めたところで、笹井は屈伸をしてから軽い運動程度に攻撃をし始めた。

「睨み合いが続いていたがーーー!!先制攻撃を仕掛けたのは笹井様だあーーー!!」


「もう少し話をしよう」

「勘弁してくれ、この後まだ挑戦者がいるんだぞ」

それでも遊ぶように太刀筋を隠すことなく、ただ剣を振り回すところを見るとまだまだ話は勝手に進むらしい。

「この会場には術式の結界が何重にもかけてあるよな、それをトール様にいじってもらったんだろ?支援魔法かなんか?」

一体何を言っているのか。


「そうでなければ君みたいな一般人が、スキル持ちに勝てるわけないじゃん」

確かにコイツの考えは理解できなくもない。

しかしこいつこそ考えないのだろうか、スキルに勝る剣技を持つものがいるとは。


「あれ、黙っちゃったな、図星?」

剣を受けながらため息が漏れる。

「そんな事実は無い」

「それなら何でさっきの二人に頭なんか下げちゃったの?良心の呵責に耐えられなかったんだろ?君は悪いヤツじゃないんだろうから、こうして話してるんだよ」

「見ていたのか、ただ闘った相手に礼を尽くしただけだ」

「…そういう事にしておくよ!だから取引をしないか?」

とことん面倒な奴だ。


「取り引き?」

「おっ、ノってきたな?」

お前だけがな、頼むからこの温度差に気づいてくれ。


「オレがこの英雄祭をしきってあげるよ」

「いいのか?」

思わず口が滑ると、笹井は、ん?と聞き返した。


「いや、トールとしてはそれでいいのかと、思ってだな」

「もちろん!トール様は君をつなぎに使っただけだろう、オレが仕切るなら喜んでくださるだろうな、きっとオレが今日出場するよう言われたのもその為だと思うんだ」

そのトールに今日始末するべくこの試合に参加させられているとも知らず、ポジティブにも程がある。


「わかるか?剛田がいなくなってから英雄祭のギャラリーは増えた…つまり収益も上がったという事だ。これが意味するところが君に理解できるかな?」

「いや、全くわからんな、元手のかからない催しの開催頻度が増えれば収益も上がるだろう」

形だけの適当なチャンバラが続いているにもかかわらず、観客からはそれなりに見えるのか時折歓声が上がる。


「聞こえるだろう笹井、観客なんて本当の技量もわからないお祭り騒ぎがしたいだけの連中がほとんどなんだ、こんな所になんの価値があるというんだか…」

そう聞くと笹井は心底バカにしたように笑って言った。

「そんな事はどうでもいいんだって、ギャラリーが増えたのは単純に剛田に人気が無かったんだよ、君の手柄じゃない」

そこに繋がるのかと呆れた時、ほんの少しだが笹井の剣の威力が増した。


「それで、取り引きというのはなんだ?お前がここを仕切るとして俺に得はあるのか?」

まだまだ遊びの域を超えない攻撃に、奴の話が終わりでないことが読み取れた。

「殺さないってことだよ、執行人の仕事もあるだろ?」

「…はあ」

「トール様には俺からとりなしてあげようと言ってるんだよ!」


どうしたものか。

本来なら望んでここに収まっているわけではないのだから願ったり叶ったりの悪くない話ではある、と言いたいところだが。

異世界人の生殺与奪がかかっている今ここをコイツに明け渡していいものか。

それ以前にトールがそれを了承するとは到底思えない。


「オレさあ、君のことは嫌いじゃないんだよ」

「突然なんだ、気色の悪い。揺さぶりをかけるにしても下手すぎやしないか?」

「いや、マジでさ!想像してみてくれない?オレ達の権力、財力、人気、そしてこの見た目じゃん?組んだらもっと上にいける!そうしたら今よりもっとトール様のお役にたてるだろ!」

頭痛がしてきた。

ここまで変人で純粋で素直な野心家は初めて会った。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ