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爆弾娘

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

すると風呂の扉をカリカリと引っ掻く音がして、開けるとユキが乱入してきた。

「お前、水が平気なのか?」

と、完全に猫のように思ってしまうがこれは虎だった。


トールからの飼育資料にも水浴びを好み、泳ぎが得意と書かれていた。

風呂に少し水を足して温度を下げるとユキは浴槽に飛び込んでザバザバと水浴びを始めた。

ちょうどいい、買ってきたシャンプーで身体を洗うと嫌がること無く大人しくしている。


そこで新たな発見が。

「お前、メスか」

「にゃ?」

「やっぱりアキトは名前のセンスがいいな」

風呂から上がりユキにミルクを飲ませると、中断していた術式をひたすら作り続けた。

いつの間にかユキが腹の上で眠っていたが、昨日ほどは気にならずにそのまま夜を明かした。


昼頃になると約束通り医者が訪ねてきて、ユキを見てから悶絶した。

「かっ…可愛いじゃないかぁ~!!」

「にゃー」

「にゃー!?にゃあと鳴いたのだがっ!?なんて人懐こいのかね!!」


骨抜きにされた先生は、早速スキルでユキの全身を調べていった。

傍目には真顔で撫で回しているようにしか見えないのだが、余程集中して念入りに調べたらしく終わる頃にはぐったりとしていた。


「問題は?」

「不思議なことだがね、装置も術式もないようだね」

「俺も出来る限りのスキルで調べたが、同じく何も見つからなかった」

「ということは、やはりトールは君にプレゼントのつもりで?」

「この際それは置いておくとして」


気味の悪いことは考えないように先生の言葉を遮ると、腹を出してころころとするユキを見て二人で頷いた。

「まあ害もなさそうだ、このまま様子をみるか」

「そうだね」

その時ユキの顔が医者の目の前に迫り、顔を舐められた医者は笑った。

「舌がざらついて痛いよ、可愛いが降ろしてやってくれたまえ」

「ん?」

俺はお茶を用意していた為そちらを見てはおらず、その言葉に首を傾げ、お茶を持って先生の方を見るとユキが宙に浮かんでいる。


「大和くん、なんのスキルを使ってるんだね?」

自分の周りを飛びながら駆け回るユキに医者はデレデレと猫じゃらしのような玩具であやして遊んでいる。

「俺は何もしてない」

「またまた…え?」

そう言うと医者は遊ぶ手を止めてまじまじとユキを見た。

ユキは走るのに飽きたのか、また床の上でゴロゴロとし始めた。


俺は一つの予想が頭に過ぎり、同時に同じ事を思いついたらしい医者と目が合った。

「まさか…」

「魔法!?」

試しに俺が飛び、ユキを呼んでみる。

するとユキは何も無い宙を駆けあがり、俺の胸に飛びついた。

「……なんだこれ」

わしわしとユキを撫でながら医者を見ると、心当たりがあるのか頭を抱えた。


「この世界に来て魔法回路が活発になるのは人間だけではなかったのだね…知らなかった…」

改めて、トールはなんてものを寄越してくれたのか。

「だが先生、毛は白黒だぞ?属性は!?」

「僕にもわからない…、動物は色素と属性に因果関係がない!?そうか!ペガルスと同じ事なのかもしれない!」

「ペガルス?だってアレは羽があるだろう?」


ルンナやブティシーク、ラファエルを思い出すと、確かに立派な羽があったのだから、飛べるのは当然に思っていたが医者の説明は違っていた。

「飛行力学というものがあってだね、あの大きな翼があったとして、さらにそれを羽ばたかせる為の筋力があるとしよう」

「はあ…」

「しかしあの巨体でエンジンも動力も無く空を飛ぶのには大きさや筋力から考えて無理があるのだよ、僕たちの世界の馬が飛ぶのには翼の大きさと筋力がペガルスの数倍以上は必要だろうね」

「…つまり?」

「少なくともペガルスの飛行には翼だけでなく、あの生き物が生まれ持った魔力を使っているということになるのだよ」

「兵士の使役する騎竜は、飛ぶだけでなく風を起こす、それは間違いなく魔法に分類されるが個体の毛色に統一性はないのだよ」

「待ってくれ先生、ガームは!?」

「ガームは空こそ飛べないが、威嚇や咆哮で敵対した者をすくませたり吹き飛ばす、それも魔力の一種だろうね」


と、いうことは何か?

人間だけでなく、そしてユキに限らず地球から来た生き物はこの世界に来ると、本来閉ざされていた魔力回路が働き魔力に目覚める?

「それがユキの場合は飛行!?」


そう聞くと医者はさらに頭を抱えた。

「〝なぜ飛んでいるのか〟がわからない以上、魔法の属性が特定できないのだよ…」

重力、風、他にはなにがあるのかもわからないが、つまり育ってみないとわからない爆弾娘ということか!?

「トールはこの事は…」

「知らないだろうねえ…何せ人間以外は即処分だ、他の研究者からもこんな話は聞いたことも無いのだよ…」


無邪気に遊び回るユキを見て、二人揃ってため息をついた。

そしてユキの属性がわかるまで森から外に出さないということになり、俺は躾と並行して魔法の訓練までするという課題がついてしまった。

「がんばろうな…」

「にゃー?」


しかし医者はそんな問題に困りながらも、やはり憧れの赤ちゃんホワイトタイガーに目じりを下げた。

「先生、この事はトールには」

「うむ、言わない方が良さそうだろうね」

四日後に優勝者としては三度目の英雄祭を控えているというのに問題が山積みだ、と、ふと医者がフレームに気づいた。


「アレは?」

ハッとして丸いフレームを持ち、俺は慌てて誤魔化した。

「輪っかの通り抜けなんか覚えるかと思ったんだが」

「にゃあ?」

「ああ、歴史としての知識ならそうなるかもしれないが、サーカスで火の輪くぐりをしていたのはライオンが主だったのだよ。虎もいたがね、動物愛護の観点から世界中から反対を受けて、僕の知っている限りではそんなことを動物にさせるところは無くなっていたね」

「いや、火までつけるつもりはないんだが、そんな野蛮な事をしてた時代があったのか…」


やはり時代に食い違いがあるらしく、その話は避けるように続いて医者は俺の耳を見た。

「しかし、大和くんが装飾品に興味があるとは意外だったよ」


横髪に隠れる程度のリングを見つけるとはめざとい。

「気分転換にな、変か?」

「いいや、君なら顔立ちとしても品があってますます美しいじゃないか、似合っているとも!ユキちゃんとお揃いなのもまたいいじゃないか!」

なんとも恥ずかしい台詞を堂々と吐くのかと、聞いているこちらがいたたまれない気持ちになる。

「あ、ああ」

「さて、僕はそろそろ行くとするよ、また大和くんの方からもいつでも来てくれたまえ」

「ありがとう先生」


医者が帰り、フレームを壁に戻すとユキが不思議そうにフレームに近寄った。

「悪い悪い、でもこの事はまだ誰にも知られたくなんだ」

「にゃあ」

早くも動物相手に話しかけることに抵抗が無くなりつつある自分にやばいと思いながら、今後のユキの状態にも対策をとらねばと忙しさに目眩がするようだった。



日は変わり場所は闘技場の英雄祭。

「突然現れ剣神を倒し!未だ無敗のクール&ロードはだれだー!?」

「シスーーーー!!!」

「シス様ーー!!!」

気持ち悪いアナウンスと会場の客席からのコールでシスと呼ばれ、場内に足を踏み出したのは全身黒ずくめの普段着にマントという軽装、そして口元を隠しただけなのだが処刑人のクロウと同一人物と知る者はほとんどいない。

初めて剛田にあってしまった時、クロウシスの“ シス”を借りて名乗ったまま俺は闘技場でその名で通すことになった。


そんなシスとして戦う相手はトールや国がねじ込んだ始末対象の者がその時により数名、そして正規のトーナメントを勝ち抜いてきた決勝戦の一般参加者一名だ。


今日始末するのは三人の異世界人。

反逆の意思ありと見なされたとトールは言ったが、医者からの話ではルクレマールとの国境で、亡命しようとした勇者を取り逃す事件が起こった。


そんなことは度々起きているのだが今回の警備に配置されていた異世界人二人は不運にもたまたまトール、またはそれに連なるかそれ以上の地位の誰かの機嫌を損ねたらしい。


残りの一人は名前を笹井という。

トールに懐く変人であり、日頃から用がなくてもトールに会いに裁判所に来るほどの変わり者を極めたような男だった。

王都でも有名な勇者の一人で、容姿や人に対するあたりが良いと言う評判は良く耳にしていた。

俺が会った事があるのは数える程度だが、顔を見れば話しかけてくる妙に馴れ馴れしいという印象だけだった。


「二人は腕と足一本ずつで終わらせて…」

笹井はどうしたものかと、頭の中で振り分けてからアナウンスをする者にメモを渡すと、意気揚々とそれを読み始めた。

「なあぁーーーんと!シス!国境を警備する勇者様相手に!?二人同時に相手をすると言い出したあぁーーーー!!!」

「シスーー!!格好つけて大丈夫かあーー!?」

「シス様なら勝てるわぁー!!」

「おもしれえーー!!」

観客からは思い思いの雑音が飛び交う。


しかし訳もわからず同時に闘技場に呼び出された異世界人、中峰と飯浜は生き残るチャンスとばかりに突如出されたルールを承諾した。

「シスとやら、後悔しても知らんぞ」

体格のいい中峰は気を引き締めて剣を構え一歩前に、飯浜はその後ろで中峰の心配をしながらも油断なくこちらを見据えた。

【認識阻害】を軽く使い、二人に話しかけた。


「ここに出された心当たりはあるか?」

すると、前に出ていた中峰が訝しげに聞き返した。

「我らがなんだと言うのか?」

「知らないから聞いているんだが?」

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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