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ユキのご飯

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

餌は何かしらの血の滴る赤身の骨付き生肉。

もしあの白い毛でこれを食べたのだとしたら、口の周りがホラーになっているに違いない。


今さらながら呼んでみたものの、食後は会いたくないと思ってしまった。

「うっ…」

正直を言うと俺はアキトの件以来肉が苦手だ。

見るのは慣れたがそれを食べ物として考えることが出来なくなっている。

そもそも食事を見ると色々な事を思い出し、匂いだけで吐き気や頭痛、目眩が起こり酷い時は吐いてしまう。

食事とは呼べないが基本はお茶がメインで、たまに果物を少し齧って済ませる程度だ。


生命の力で生きることができる身体にとっては口から栄養を摂る必要があるのかすら疑問なので問題は無いのだが。


その時、ガシャンと音がして振り返ると檻の中にユキが戻ってきた。

歩く姿に不調は見られず、ふわふわした白い毛が輝いている。

しばらく見つめ合って、少し近づいてみるが逃げる様子はなく、じりじりと距離を詰めてようやく檻の近くまで辿り着いた。

「ユキ」

「にゃー」


本当にこれは虎なのだろうか。

「ユキ?」

「にゃあ?」

もしかしたら実は虎柄の猫という可能性もある気がしてきた。

目線を合わせるようにゆっくりとかがみ、檻の隙間に指を入れてみる。

するとユキは後ずさって、そのままフレームを抜けて逃げて言ってしまった。


やはりまだまだ時間が必要かとその場を離れようとした時、フレームから白い毛がちらちらと見え隠れしている。

これはと思い立ち、ポケットから先程買ったばかりの真っ赤な涙型の宝石のついたネックレスを取り出して振り子の様に揺らしてみると、ユキが勢いよく飛び出して檻に顔をぶつけた。

「…悪い、そんなに勢いよく来るとは思わなかったんだ」

つい謝ってしまってから、誰にも見られていないかと辺りを見回してしまう。

それでもユキは逃げる様子もなく、宝石にじゃれるように檻の隙間から手を出している。

「ユキ、これいるか?」

「にゃー」

「そうか」


檻の天井にネックレスをぶら下げてやると、前足で器用にパンチを繰り返し、揺れるのを楽しんでいるようだ。

こうしてミミッチには申し訳ないと思いつつも、高価な宝石はユキの遊び道具になった。


「ユキ、俺は明日は仕事でいないけど、いい子に留守番しててくれよ」

そう声をかけると、ユキはまたフレームの中に入っていってしまった。

「メリハリ…ねえ?」

意思疎通どころか姿を見るのも貴重な生き物相手にメリハリも何もあったものではない。


毛布を取り出して檻の中に敷いてから、いつものようにソファで本を読みながら眠った。

〝ガツン〟〝ガツン〟

夜中に奇妙な音がして、檻を見るとユキと目が合った。

「…どうした?」

「にゃぁ…」

どうやらユキが檻に頭突きをしているらしい。

そうか、虎は夜行性だと先生が言っていたのを思い出し、気にしないようにしてまた目を瞑る。

「…向こうの空間で遊んでこい」

〝ガツン〟〝ガツン〟


──しかしその行動はしばらく続いた。

「にゃあ」

もしかして檻から出たいのか、作った空間が気に入らなかったのだろうか?

重い腰を上げて檻に近づくがユキが逃げることはなく、その場でお座りをしている。

「じゃあ開けとくから、おやすみ」

檻の扉を開いてソファに戻り寝転がると、重さこそは感じないが腹にふんわりとした感触が伝わる。

「にゃあ」

昨日まで怯えきっていたのはどうしたのか、打って変わってユキは俺の腹の上にドシッと乗るとそのまま頭を下ろして完全にお眠の姿勢だ。

「わけがわからん」

少しの間ユキの寝顔を見ていたが、眠気に勝てずに再び眠った。


「うにゃー」

「だめだ」

翌朝、檻から出たがるユキに厳しい口調で注意する。

起きるまで腹の上から動くことなく熟睡した一匹と、それを起こさないように身動きの取れなかった睡眠不足の一人はしばしの別れに手間取っていた。

「帰ったら林をもっと広くしてやるから、それまで我慢しろ」

「にゃあ…にゃー!」

「じゃあな」

心を鬼にして檻を閉めて外に出ると、家の中から鳴き声が聞こえる。


少し可哀想な気もするが、聞こえないふりで何とか森を脱出した。

「クロウ、ガームはどうだ?」

動物が好きなのか、ベナンが興味深々に聞いてきた。

「鳴いてる」

「寂しいんじゃないか?」

バーチスも会話に加わり、責めるように俺を見る。


「どうしろって言うんだ。お前たちに飼育を任せようか?」

すると二人は黙り、他の兵士も目を合わせないようにそっぽをむいた。


呆れて足早にその場を通り抜け、裁判所に着くと今度は医者が目を爛々とさせて聞いた。

「ユキの様子はどうだね?」

「夜行性のはずが夜にぐっすり眠ってたんだが?」

「まだ小さいから睡眠時間が長いのじゃないかね?」

もっともらしい事を言われ納得すると、着替えるよう二人の女性に急かされて衣装部屋へ連れていかれた。


そしてこの日もいつも通りに刑の執行が済み、帰る支度を始めた。

「クロウ様、ユキさんとはどんな方ですか?」

基本的には着替え中に手が自由になる時間は再度裁判記録に目を通すため、支度をする女たちは出来るだけ話しかけないようテキパキと動いて、仕事が終わると早々に部屋を出ていくのが恒例だった。



元々会話らしい会話などした事も無かったのだが、珍しく一人が我慢しきれないといった風に、にやける口元を引き締めながら何か誤解をして話しかけてきた。

「ガームの子供だ、勘違いしたトールが寄越してきた」

「まあ!ガームですか!?」

もう一人も驚いて大きな声を上げた。


「ああ、まだ慣れてないのか餌も食わなくてな、一匹で残しておくのは少し不安だ」

「ガームでしたか…」


最初に話しかけてきた方はどこかつまらなそうに俺の髪をとかした。

「えっと、子供で餌を食べないと申されましたが、まだお小さいのですか?」

ガームと聞いたもう一人は後ろで衣装を畳みながらも、興味があるのか食い下がるようにユキの事を聞いてくる。

「このくらいのサイズだ、歳は…わからん」


手で大きさを表現してみせると服を畳む手を止めて考え込んだ。

「どうした?」

「あ、いえ、私が幼い頃に生まれ育った村に行商がよく来ていまして、その時に小さいガームも見たことがあるのですが…」

「なんだ?」

「今仰られたサイズで、餌は何を?」

「トールが同じ日に持たせた血の滴る何かの生肉だ、細切れを解凍して与えてる」

そう答えると女たちは顔を見合わせてから、遠慮がちに言った。

「あの、おそらくそのユキ様はまだミルクの時期ではないですか?」

「…なんだと?」

「いえ!余計な事を申しました!」

つい声を荒らげると、女は萎縮してかしこまってしまった。


「違うんだ、考えもしなかったものだからつい…すまない、詳しく教えてくれないか?」

「は、はい!もう少し育ってからやっと離乳食の期間と、肉を食べる練習が必要だと聞いたことがあります、お試しになってみてはいかがでしょうか」

なんという事だ、大きい猫だという頭になっていたがあれはまだ赤ん坊に分類されるらしい。


「そうか!確かに水は飲んでいた」

「水も飲めていましたか?」

「み、見てはいないが…少し減っていた」

「でしたらミルクをあげた方がよろしいかと」

行商のミミッチに聞いた時にはそこまでの子供だとは話していなかった。


トールの資料にも成獣の躾しか書かれていなかったはずだが、少し考えればわかったことだった。

やってしまった。

「すまない!もしそうなら可哀想な事をしてしまった!ミルク…それはどこで手に入るか知っているか?」

そう聞くと女たちは驚きながらも、嬉しそうに店の名前と住所を書いたメモを用意してくれた。

「あっ、クロウ様!?お化粧がまだ…」

「後で落とす!それより店に寄ってすぐに帰らなければいけない!本当に助かった!」

ドタバタと荷物を持って部屋を出ていくと急いで教えられた店に向かった。


「クロウ様って、動物がお好きなのかしら」

「お優しい方なのかもしれないわね」

残された女たちがクスクスと笑いながらそんな話をしている事など知る由もなく。



メモの通り辿り着いたのは以前医者と防具を揃える際に来た、異世界人が多く店舗を構える区画にある家畜や騎獣用の商品を取り扱う店。

元の世界でいう生態の販売がないペットショップのようなものだった。


扉を開くと若い男が元気に声をかけてきた。

「いらっしゃいませ!お兄さんは初めて見る顔だね、何が入り用だい?」

「…ミルク」

「鞍に手綱、鞭もあるよ!…え?」


「ガームのミルクをくれ」

「ガームのミルクですか?」

「このくらいのサイズのガームで!肉を食べないんだ!」

「ただいまお持ちします!」

すると店員はなんとも言えない圧に押され、慌てて数種類の缶を集めてきた。


「こちらから幼獣用の粉ミルクに離乳食です。どちらも説明文の通りにお湯に溶かして与えます。ここからは固形肉を食べる練習用の柔らかい加工肉になっていますが、様子を見ながらふやかす程度を調節していただくとよろしいかと思います、ハイ…」

「他にも子供のガームに必要な物があったら全部出してくれ」

「は、はい!」


店員の動きは悪くないのはわかっている、しかし待たされる時間がこうも長く感じるとは。

「お待たせしました!一緒に歩く練習用のリード、あ、えーと、手綱です、他に…」

「説明はいい、また聞きに来る、全部くれ」

「ありがとうございます!それではお会計を!荷物の台車や運搬はいかがなさいますか?」

店員の嬉しそうな顔を見るに、おそらく結構な買い物になったのだろう。

しかしそんな事はお構い無しに、いつかの医者の如く金貨を放る。


「足りるか?箱に詰めてくれ、自分で持って帰る」

「重いですよ!?えっ!!」

それだけ言って、バカでかい木箱を二つ片手に持つと、店員の驚く声とお釣りがー!という叫びを無視して店を出た。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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