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ユキ

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

部屋を出ようとして、ふとある事が頭に浮かぶ。

「…今日の午後小さいガームを拾って兵士に預けたんだが珍しい毛色で興味が湧いた。持ち主もいないようだったが、あれはどうなるんだ?」

そう聞くと、トールは珍しく少し驚いたようにこちらを見た。


「ほぉ?知らなかったねぇ~、クロウは動物が好きなのぉ?」

「特別に好きという訳じゃない、ただアレは色が好みだったな、まあどうなろうと関係はないが殺すには惜しいと思っただけだ、言っておくが毛皮を飾る趣味はないからな」

そう言うと、トールは葉巻を咥えてから手を振った。

これはもう用はないということらしい。


召喚の失敗隠蔽に処分される予定の生き物だと先生から聞いていたのだから、処分を免れるとも思えないうえに利益が上がらないその後の飼育を国がするとも思えない。

トールがこの事を知っているのかもわからないのだから答えなど期待してはいなかった。

はなから結果は見えていたことだ。


金貨の詰まった袋を見て軽いため息をつきながら家に戻ると、手に持っていた袋を雑に倉庫に放ってからソファで眠った。


──翌日の昼過ぎ、森に立ち入る大人数の人間の気配で目が覚めた。

この森には先生か裏門の兵士が伝令の為に出入りするくらいなものだが、これは裏門の兵士の魔力や気配とは明らかに異なる見知らぬもの達だった。

普段と違う様子にそいつらが到着するのを外の切り株に座って待つことにした。


しばらくすると先導する者に、荷台を引く者と押す者、それを守るように左右を二人ずつで囲みながら、計7人の兵士の列が見えた。

荷台には布がかかった四角い大きな箱らしきもの、その後ろにも何やら袋がある。


「これはなんの騒ぎだ?」

近づいて声をかけると、先頭の兵士が敬礼しながら大声で言った。

「はっ!クロウ様ご所望のガーム様をお届けするようにとのトール様からの仰せで参りました!」

「…そう聞いたのか?」

「はいっ!」


一人が布を取ると、それは大きな檻に入った小さなガームこと、昨日のホワイトタイガーだった。

確かに扱いについて気にはしたが、欲しいと望んだ覚えはない。

さらに言うなれば俺の所持品になるらしいからと、ガームにまで様付けというのはどういった思考回路なのか。

その扱いはまるで戦国時代の殿様のお犬様…。


「飼育に必要な資料と餌もございます!そしてこちらがトール様からの書状になります」

なんということだ、あまりの事態に理解が追いつかない。

「クロウ様、ガーム様の檻や餌はどちらにお運び致しますか?」

「え?あ…、自分でなんとかする、置いといてくれ」

「はっ!」

仕事を果たした兵士たちは大仰に礼をすると、軽くなった荷台を引いて、来た時と同じ列で去っていった。


どうしてこうなったと、トールの手紙を開いた。

「"この生き物はガームの亜種である。大変貴重な生き物なので褒美としてクロウに与える。飼育についての資料を持たせたが躾が困難な場合は速やかに引き渡すよう"」

これは本当にあのトールが書いたのか?


ありえないとは思うがあの陰険なクソジジイが動物好き?

それとも俺が問題を起こすのを待っているのか?


「ガームの亜種だと?…何も知らないと思って適当言いやがって」

檻の中のホワイトタイガーに近づくと、昨日とはうって変わって怯えて唸りながら檻の隅で威嚇をしている。

「お前…離れてる間に何をされたんだよ」

檻を部屋に入れ、扉を開けてしばらく様子を見るがいっこうに出てくる気配はない。

無関心を装いながら飼育の資料に目を通して、適当な皿を出して水と餌を檻の中に入れてみる。


そして待つこと半日、水にも餌にも近づくことなくただひたすら檻の隅で俺を警戒し続ける。

生命力を放出してみるが、他の生き物のように過剰に懐いてくる様子もない。

そういえば元の世界では動物に好かれやすいとは思っていたが、そこまで困ったことはなかった。


この世界の生き物が特別に魔力や生命力に反応する性質があるのだろうか。

ましてや目の前の生き物は離れていた時間、どんな扱いを受けていたのか想像もつかない。

近づいて体調の確認も出来ない今は、緑の霧を出して治癒と疲労回復させることしか出来なかった。


わずか一日であの人懐っこい性格がここまで激変するのを見て、今更トールや兵士に突き返す気にもなれないのが頭痛の種だ。

「まず檻というのがなんだかな」

仕方ない、アレを試してみるか。


そうして図書館から持ち出してきた本で確認しながら指先に魔力を集中させてみる。

右手の人差し指の先に濃い緑の小さな光が灯り、そのまま文字を書き連ねるように宙をなぞっていく。

「この模様と文字を併せるのか…」


それは勉強中の魔法術式というものだった。

魔力を紡ぐことで魔法陣を描き、結界やこの世界の建物のように空間を作り出す。

初心者の俺が実際に式や紋様を連ねるには集中力が必要だった。

宙には蛍光ペンで書いたような模様がふわふわと浮いて、その量は次第に増えていく。


ホワイトタイガーはその様子をただ見つめ、俺は作業に没頭した。

まず必要なのは空間、そして理想は水辺のある森林なのだが…その空間を組み立てる術式は魔術師が仕事として請け負うほどの専門技術だ。


一歩間違えたら空間が歪み、中がどうなるかわからないという危険な代物…のはずだった。

しかしこの三ヶ月の勉強の中でなぜか術式は俺の頭にすんなり入り、仕組みや文字を理解するのにそう時間はかからなかった。


あとは実践経験のみである。

「出来た、のか?」

とりあえずの空間を生み出すと、出入り口をガームが通り抜けられる程度の木の丸い枠で囲む。


一見すると部屋の中には壁に丸いフレームが付いただけに見える、しかし覗き込むと真っ暗な30畳程の何も無い土だけの部屋が見える。


そうして森に出て適当な木を何本か間引いて空間に【転送】し、石を積み上げて小さな浅い池を作った。

「どれ」

まずは自分が中に入ってみる。

「暗いな」


どこで忘れたのか、光源を組み込むのを忘れて術式を見直し、紫外線や温度などを含む太陽光に似せた優しい光を天井に設定してから、夜には暗くする事も出来るように術式の本を調べ直した。

「今度はどうだ?」

そう意気込んで再度入ると、まるで森そのものに仕上がった。

あとは様子を見て消失しなければ使えるようになるだろう。


初めての空間術式の完成に一人で満足して、安全が確認出来るまでは出入り口のフレームを外すと、そこには何も無かったかのように元の壁だけが残った。

実際術式を施したのはフレームなので、この木枠さえあれば空間に繋がるのだ。

さらに夢中になって作業をしていると真夜中になっているのに気づき、ホワイトタイガーを見るとやはり首も降ろさず檻の中でただひたすらこちらを観察している。


「お前、本当に昨日のやつだよな?」

なんとなくそんな事を語りかけてしまったが返事が返ってくるはずもなく、脱力して水と餌を変えてからソファで眠った。



「クロウはやっぱり優しいんだよね」

相変わらず夢の中で聞こえる声が自分に都合のいい言葉をかけてくる。

「今回は本当に仕方なくだ、お前がいたら喜んでくれたかな」

「動物は好きだよ、まずは名前をつけてあげたら?」

「俺はそのヘンのセンスが壊滅的なんだ」

「あはははっ、そうなの?それじゃあよく考えてからつけてあげないとね」


心地いい笑い声──。


「名前は必要か?」

「クロウ、別れる時の事なんて考えないで。そうだ、白い国の白い王様の話を覚えてる?」

いつか二人で読んだ絵本の話」

「覚えてるけど、それがどうした?」

「思い出してみてよ、白の国には何があった?」

──何があったか…


「雪?」

「にゃあ」

「あ?」


夢の声が遠くなり、代わりに聞こえたのは鳴き声。

「ユキ…?」

「にゃあ」

ゆっくりと檻の方を見ると、相変わらず場所は変わらずに初めて会った時と同じように鳴く虎の姿があった。

「名前…わかるのか?ユキ」

「にゃあー」

唸り声でも威嚇でもないただ甘えたような鳴き声と、餌はそのままだったが水が少し減っていたのを見て安心した。

「そんな所出てきたらいい」

「にゃあ」


相変わらず隅から動こうとはしない。


「ユキ」

「にゃー」

「そうか、アキトのつけた名前が気に入ったのか」

とりあえず名前が決定し、呼ぶと返事のように鳴き声を返してくる。

昨日よりは警戒心が薄れたらしいユキに、新しい水と餌を出してから術式の空間の確認をする。


「歪みはない、か。まあ大丈夫そうだな」

檻の中に出入り口になるフレームを再度設置して、あとは好きに行き来できればとその場を離れ、お茶を汲んでソファに戻ると一瞬目を離した隙にユキの姿は無くなっていた。

その気配は空間術式の中にあった。

「ユキ」

「にゃぁー」

なんとなく声をかけてみると、フレーム越しに声が聞こえた。

「ん、檻よりはそっちの方がいい」


どうせ近づいても怖がらせてしまうだろう、そう思い檻を閉めて支度をして王都に向かった。

裏門に差しかかると、バーチスやベナンが心配そうに近寄ってきた。

昨日のユキを届けに来た行列が原因のようだ。


「クロウ、昨日はなんだったんだ?」

「あの荷物は?」

「俺たちは知らされてなくて、大丈夫だったか?」

矢継ぎ早にそんな質問と心配をされ、掻い摘んで事情を説明することになった。

「というわけで、バーチスとベナンは知ってると思うけど、珍しいガームを見たと言ったら寄越してきたので飼うことになった」

そう言うと、全員が顔を見合わせてため息をついた。


「何かまずかったか?俺が望んだわけじゃないだろう?」

すると首を振ったのはベナンだった。

「クロウ、お前はガームの躾の難しさを知らないから簡単に言うんだ、情が移る前に返した方がいいぞ」

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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