チビガーム
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
そして俺はというと、そのまま家には帰らずに図書館に向かった。
仕事を始めてから読み始めた資料には専門用語やこの世界独特の言葉が多く、医者に聞くと図書館と秘書庫の存在を教えられ、トールに秘書庫の閲覧の資格を申請すると次の日には権利とカードが与えられた。
トールは相変わらず俺を泳がせて楽しんでいるのか、それとも本当に気に入られてしまったのか。
ともあれ、調べものをする為に図書館に足を運ぶうちに、いつしか本を読み耽る時間が多くなっていた。
外套を羽織りフードを被って裁判所を出て広場に抜けると、足に違和感を覚えて下を見た。
「にゃあ」
足に張り付いていたソレは顔を見るとひと鳴きした。
この生き物は旅商人が賊避けにと好んで使役する虎に似たガームと呼ばれる躾が困難な四足獣…のはずだが、猫より一回りほど大きいソレはどこから迷い込んだのか、無邪気に人懐っこく足にまとわりついてくる。
しゃがんで手を差し出してみると、喉を鳴らして顔を擦り寄せた。
「なんでこんな所にガームの子供が?」
王都に出入りするには人間の確認はもちろん、荷物や連れている動物まで検閲され、やっと門を抜けることが出来るのだ。
しかし仕事に必要がない大抵の生き物は無用なトラブルを避けるため、正門の近くに設置された小屋に登録してから預けることが多い。
荷の多い旅人がペガルスを入門させているくらいで、ペットとして動物を売る店なども見たことがない。
仕方なくチビガームを抱き上げて、審査をしているはずの正門に向かうことになった。
チビガームは腕の中で人間の赤ん坊のように仰向けになり腹を出してリラックスして甘えている。
それにしてもおかしい。
以前なら生命の力で動物を引き寄せてしまうことも当たり前だったが、今ではそれなりに魔力を石に吸収させることで調節できるようになり、垂れ流すことは無くなっているにも関わらず、まだ小さいとはいえ餌を与えなければ凶暴で人に懐かないことで有名なガームがこの懐きよう。
市場に近づくも、他の動物たちが生命力に集まってくる様子もない。
「珍しい甘えたなガームだな」
「にゃあ」
犬派の俺はガームにさして興味がなかった為、もしかしたらこれは別の生き物なのかもしれないと弾力のある肉球を触りながら歩き続け、やっと門にたどり着いたがそこは出入りする人の行列と、それを捌く厳しそうな兵士で溢れていた。
「はあ…」
あそこに割り込むのは面倒だ。
そう思っていた時、ちょうど後ろから声が聞こえた。
「クロウ?こんな所に来るなんて珍しいな」
フードとマスクで顔を隠した俺を見分け、尚且つ気軽に話しかけてきたのは裏門の兵士であるバーチスとベナンだった。
「二人こそ朝は裏門にいただろ?」
「ああ、俺たち今日は午後は休みで…」
答えたベナンが隣に立っているバーチスの腕を肘でつついた。
「コイツが嫁さんにプレゼントを買いたいから一緒に選んで探してくれってんで、市場を見てたらお前を見かけたんだ!」
「あっ!お前っ、言うんじゃねえ!!」
暴露されたバーチスは恥ずかしそうに怒っているが顔にしまりがなく、むしろ嬉しそうだ。
「そうか、ああ…ちょうどいいところで会った、ベナンいいものをやろうか」
「えっ?おう!なんだなんだ?」
ニコニコと嬉しそうに期待して出されたベナンの両手にチビガームを乗せてみる。
「にゃあ…」
「"にゃあ"?」
渡された毛玉が鳴き、それを見てベナンも疑問形で鳴いた。
なぜつられているのか。
「噴水の広場で足にくっついてきたのを拾ったんだ、門の兵士に届けようとしたらあの行列だろ?お前に任せた」
二人に後を頼み、俺は行き先を変更した。
「先生、さっきすごいものを見つけた」
「どうしたんだね~」
ここは国立病院の国医の勇者様専用の仮眠室。
医者はいきなり起こされても怒る様子もなく、枕元のメガネを手探りで取り、のっそりと起き上がりメガネをかけるとやっとこちらを見た。
「ガームっているだろ?その子供が迷子になって兵士に預けてきたんだけどな、そのガラがまさにホワイトタイガーだったんだ」
そう言うと医者は飲み物を入れながら残念そうに言った。
「あとで耳に入るよりは今言っておくが…いや、その前に一応確認させてくれるかね、そのガームは白地に黒の虎柄だったのだね?」
「…ああ、そのままホワイトタイガーってやつだったな、また何か問題があるのか?」
「メラニズム、か。耳に赤い大きなリングはしていなかったかね?」
答えになっていない医者の確認はまだ必要らしく、質問は続く。
「無かったと思うが?」
「では人に慣れていたというのは、君以外が触っても平気な程だったと?」
「ああ、だから飼われてるのかと思ったんだが…」
「ホワイトタイガーをカッコイイと思うかね?」
「は?ああ、よく知らないけど人気だったんじゃないか?」
脈絡のない質問をそこで一区切りすると、医者は残念そうに言った。
「せっかく保護したのに可哀想だが、おそらく殺処分になるだろうね」
「またその手の話か」
もうそんな話は聞きたくもない。
「まあ一般的な知識として聞き流してくれないかね」
そうして医者が言うには耳のリングは飼われているガームの証であること、そして結界術式が張り巡らせてある王都に野良の魔物や生き物が出入りするはずが無いこと、最後にガームに分類される毛色は必ず単色だということ。
「つまり、あれはガームじゃない?」
「間違いなくホワイトタイガーだろうね」
ホワイトタイガーがこの世界にいるのか?
「それは召喚に巻き込まれて僕たちの世界から来たのだが、人間ではないうえに目的の生態情報と違いすぎて本来到着するべき術式の座標からズレたのだろうね」
召喚とはそんなことまで起こるのか。
「だから王都に突然現れた…ということか?」
「うむ、たまにあるのだよ。ある程度の大きい生き物限定だがね」
「それと処分されるのはなんの関係があるんだ?」
「虫や植物なら単純に生態系の心配をするべきなのだろうが、大きな動物は一匹一世代ではこの世界で生きていけないのだからその点は心配はないがね、それより国は召喚の失敗を知られたくないのだよ」
まさかそんな理由であのホワイトタイガーを処分するのか?
「はあ…見つけなきゃ良かった。ホワイトタイガーなんて本当にいたんだな」
「ん?うん…?動物園でしかお目にかかれないのだから、僕も実際に見てみたかったよ」
「先生?」
「なんだい?」
今何かおかしな事を言った気がする。
「虎が動物園でしか見れないって」
俺がホワイトタイガーを知っているのは図鑑の知識のみで、他には漫画やゲームに虎という生き物が出てくるくらいだった。
その中でも特定の品種からたまに生まれる白い虎が人気だったとか。
ホワイトタイガーだけではなく、動物園などの施設で虎は人為的交配に努めたが、最終的には虎という種自体が俺の物心ついてきた頃に最後の一頭が死んだというニュースでもちきりだったはず。
それが動物園とは?
「虎という生き物は絶滅しただろう?まだ寝ぼけてるのか?」
少し茶化して言ってみるが、それを聞いた医者は目を見開いて飲み物のカップを床に落とした。
「まさかと思うのだが大和くん…」
「やはりか、まさかはこちらのセリフだ」
「君は暦で言うところの何年まであちらにいたんだね!?君は僕の知らない歴史…いや!未来を知っているのかね!?」
「この話はやめよう、そもそも同じ世界の出身かも怪しくなってくる!怖いだろ!?」
「そこは地球だから安心したまえ!?もし仮に平行世界があったとして、それでも召喚の座標は同じはずだがね!?」
「そうか…」
なんとも微妙な空気が流れ、そういえばアキトと先生のように召喚時にタイムラグ、と呼んでいいのか微妙なところだが、実際に地球から消えた時とこちらに来る時間にズレが発生することがあるのはわかっていたが、なんとなく話が通じていたせいでお互いの元の世界での暮らしを詳しく話したことはなかったのだと気づいた。
「ホ、ホワイトタイガーは残念だったがね…」
「先に知れてよかった、起こして悪かった」
しかし殺処分となるには少し愛着がわいてしまったのを後悔した。
「話ってのは、何かなぁ~?どんなに忙しくてもクロウの為ならすぐに時間を作ってあげちゃうアタシ、優しいと思わないぃ~?」
「よほど暇なんだろ」
同じ日の夜、裁判所にあるトールの自室に呼び出された俺はソファに座りながら、渡したメモを見るように促した。
「…ふーんふんふん、これはぁ?」
トールはメモを見てからすっとぼけた様子で尋ねる。
「アンタに言われていた英雄祭の出場者で腕がたつ一般人のリストだ」
「ああ~!ご苦労さまぁ~!!しかし少ないねぇえ~え?」
3ヶ月の間に行われた試合は二回、俺は本来一般人相手ならトーナメントで勝ち上がった最後の選手と戦うだけでいいのだが、トールに指示されたのは使えそうな者を見つけたら報告しろという事だった。
毎回百人弱の出場者が集まるにも関わらずリストにある名前は三人だ。
「俺から見て使えそう、で良かったんだろう?文句があるなら自分で選べ」
「すねないのぉー、うんうん、クロウのお眼鏡にかなったのが三人も、ということにしておこうかぁ~!この調子で次からもよろしくねぇ~」
それなりに満足そうなトールは子供の頭ほどのサイズの革の袋を俺の足元に投げた。
「…またか、いらないと言っているだろう」
その袋にはぎっしりと金貨が詰まっている。
確かに最初に給料を要求したのは俺だったが、王都内での支払いは国から必要なだけ支給されることになっており、事ある毎にトールから渡される金貨や宝石には使い道もない。
「じゃあご褒美は何がいいかなぁ~?」
ここまで読んでくださりありがとうございます。